第137話 魔族との団欒
少しずつ、魔族に対する見方が変わっていくと思いますよ!
人類と魔族は光と影のように決して相容れぬ対極の存在である。
それは文字が刻まれた碑文のように動かしがたい、この世界の前提とされてきた。
遥か古より繰り返されてきた血で血を洗う生存競争の中、人類からすべてを奪おうとする魔族の暴力とそれを智略と勇気で跳ね返そうとする人類の抵抗。
その過程で数えきれないほどの戦士が戦場に散り、数えきれないほどの無辜の民が住まう町々が紅蓮の炎に包まれてきた。
悠久のような長きに渡る底が見えない谷のような根深い因縁が続いているのが世間一般に伝わる因縁や常識であった。
……と言うのが少し前のような話である。
「んっ、このステーキ旨い!」
「当然です!素材の味を活かすため、焼き加減には細心の注意を払っておりますから」
「ふふ、本当に堪らない味ね。王都の高級店でもここまでは出せないわ」
和やかな声が暖かなリビングに響く。
目の前の光景を過去の勇者たちが見たなら、腰を抜かすどころか「何の質の悪い冗談だ」と激昂するに違いない。
俺たち勇者パーティと魔族の少女。
先ほどまでの殺伐とした空気はどこへやら、俺たちは今、平和な宴席を楽しんでいる。
「……にしても、認めざるを得ないな」
「どの料理も美味ですけれど、魔族が振舞う料理をこうして普通に食べられているのがなんだか不思議ですね」
「言えてるけど、一度口にすると癖になりそうだ」
ジャードが肉を頬張り、メリスが上品にスープを口に運ぶ。
テーブルに並べられたのは分厚めのステーキと香ばしい香りを立てる揚げ物、朝採れの野菜をふんだんに使った瑞々しいサラダとフォークを入れた瞬間に溢れ出す半熟卵のオムレツ。
どれもが作り手のもてなしの心が透けて見えるような温かい味がした。
「これ、全部ジュウロンが作ったのか?」
「ええ、そうです。彼はお父様の代から仕えてくれている大ベテランの側近であり、料理の達人でもあるのですから」
「恐縮でございます、ファミーナ様。皆様のお口に合ったようで、老い先短い身としてこれ以上の喜びはございません」
ファミーナの言葉にジュウロンは恭しく、かつ誇らしげに一礼した。
俺は少し気になって、噛み締めた肉の旨味の余韻に浸りながら質問を投げた。
「なあ、これほどの食材はどこから調達してるんだ?ここは魔王の目と鼻の先、隠れ住むにはあまりに過酷な場所に見えるが……」
「ここに住まう同胞たちと協力し、自給自足の基盤を築いているのです。野菜はもちろん、畜産も行っています。リザエラの支配が及ばぬこのダンジョン内の環境を整えれば、食べる物には困りませんよ」
そういえば、ここへ来る途中に見た畑の光景を思い出す。
魔族たちが汗を流して鍬を振り、牛や鶏がのどかに鳴いていた。
魔道具やスキルを用いた効率化はされているのだろうが、そこに流れていた空気は王都郊外の農村と何も変わらなかった。
魔族にも土を愛し、作物を育てる喜びを知る者たちがいる。
その事実が俺たちの胸の奥にある常識を静かに、確実に書き換えていく。
「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」
「お粗末様でございました。残さず召し上がっていただけて、嬉しく存じます」
気付けば、皿の上は綺麗に空になっていた。
腹の中が満たされ、適度な疲労感と満足感が張り詰めていた神経を弛ませていく。
結論から言えば、絶品だった。
……だが、その弛緩した空気を切り裂く声が響いた。
「失礼します。急ぎの報せが!」
「うおっ、誰だ?」
音もなく開いた扉から一つの人影が見え、ジャードが少し驚いた。
そこに立っていたのは一人の女性だった。
黒に近い紺色の髪を高い位置でポニーテールに束ね、側頭部からは湾曲した二本の短い角が伸びている。
魔族特有の浅黒い肌に深海を連想させるような群青色の瞳。
身に纏っているのは夜の闇に溶け込むような、極限まで無駄を削ぎ落とした黒い装束であり、先ほどまで羽織っていただろうフード付きのマントが握られている。
「……誰だ?」
「失礼しました。お食事中でしたか?……ファミーナ様、こちらの方々は?」
「ご安心なさい、カリュミノ。彼女たちは人間ですが、ここに迷い込んだ客人である勇者パーティの皆様ですよ」
「左様ですか……。失礼をいたしました」
カリュミノと呼ばれた女性は俺たちの警戒心を受け流すように静かに一礼した。
その所作には一分の隙もなく、まるで研ぎ澄まされた刃のように鋭利な気配を纏っている。
「彼女はジュウロンと同じく、私の側近を務めるカリュミノです。主に私の護衛と外の情報を拾う諜報を担ってくれています」
「初めまして、カリュミノと申します。以後、お見知りおきを」
彼女もまた、先代魔王ギラドルスの思想に賛同し、あの凄惨なクーデターの夜にファミーナやジュウロンと共に脱出した一人だという。
リザエラの独裁が始まって以来、彼女は時折、魔族領の影に潜んでは隠し通しているこの集落を守るために情報収集に勤しみ続けてきたのだ。
「カリュミノ。……先ほどの顔つき、何か情報を掴んだのですね?」
ファミーナの問いに部屋の温度が数度下がったような錯覚を覚えた。
カリュミノは俺たちを一瞥しながら、わずかに躊躇いを見せる。
「はい。ですが……それをこの人間たちにも明かしてよろしいのでしょうか?」
「私が許します。いえ、彼女たちはリザエラを打倒するための同胞になるかもしれないのです。知ったことは全て話してください」
「……承知いたしました」
カリュミノは一歩前に出ると、懐から使い古された羊皮紙を取り出し、集落の外で得た情報を俺たちにも共有した。
「魔王リザエラの指示の下、幹部を含めた戦闘部隊が編成されたとの情報が入りました。狙いはこの集落とファミーナ様であることが判明しました」
「なっ!?」
それを聞いた俺たちやファミーナの表情が凍り付いた。
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