第135話 人間と魔族の友好を目指した者
魔王リザエラが誕生したお話です!
この世界において、人類と魔族は光と影のように決して相容れぬ対極の存在であった。
魔族と人類は太古の昔より激しい敵対関係にあった。
魔族の頂点に君臨する魔王と人類の希望とされる勇者。
それぞれが軍勢を率い、協力関係を結んだ者同士の戦いは何年にも、幾度にも渡って対立していった。
魔族は奪う者であり、人類は抗う者。
その境界線は友好などという甘い言葉では到底埋まらぬほど深く、暗い溝であった。
だが、そんな呪われた歴史の歯車を自らの手で止めようとした者がいた。
先代魔王ギラドルス。
人類との和平を提唱したその男は魔族史上最大の異端児であった。
「本気なのですか?魔王様?人類と和睦を結ぶなどと……」
「ああ、本気だ。このまま人類との蟠りに終止符を打たなければ、遠からず共倒れになる。憎しみの遺産を次の世代に引き継がせてはならん。だからこそ、我々が今、この手で終止符を打つのだ」
魔族の多くは自分の欲望や利益のためには手段を選ばず、人類に破壊と不幸をもたらすことを楽しむ性分であるが、このギラドルスだけは違った。
魔族が持つだろう、本能的な残虐性から切り離されたかのように高潔な精神の持ち主だった。
他を圧倒するような強さと魔力を秘めながら、彼はそれらを自身ではなく、周囲のために振るった。
無益な殺生は誰のためにもならないことを常々訴え、魔族領を豊かにするための開拓の重要性を説き、人類と手を結び、共に未来を歩もうとする道を本気で模索している、当時の魔族にとっては異常にも等しい理想を掲げたのである。
当初は反発も大きかったが、彼の真摯な瞳や言葉を裏切らぬ行動の積み重ねに一人、また一人と心打たれる魔族が現れ始める。
その中で後に王妃となるフェメルアと言う女性と結ばれ、結婚した。
ギラドルスの理想に深く共感し、慈愛に満ちた心で彼を支え続け、二人の間には希望の光が宿った。
「フェメルア!」
「あなた……見て。生まれたわ。私たちの宝物が」
「おお……。これが我が子か……。なんと小さく、温かい命だ」
誕生した赤子はファミーナと名付けられた。
最愛の妻と守るべき愛娘ができたギラドルスにとって、その日々は戦場の勝鬨よりも美しく、何物にも代えがたい宝のような日々だった。
しかし、至福の日々が崩れるのは突然だった。
「フェメルア……っ。なぜだ、なぜお前が……ぐぅう……」
ギラドルスにとって最愛の妻であるフェメルアは大きな病気を発症したことによって、この世を去った。
彼女の死は魔王領全土を深い悲しみに沈め、ファミーナは涙が枯れるまで泣き続け、太陽も同然の存在を失ったギラドルスの心から、かつての活力が少しずつ削り取られていった。
そんな時、一人の女性の魔族と出会った。
「魔王様……。フェメルア様の代わりになどなれませんが、せめてそのお心の隙間をわたくしにお埋めさせてください」
それはファミーナの乳母を務め、影の護衛として献身的に尽くしてきたリザエラであった。
彼女は誰よりも熱心にファミーナの世話を焼き、折れそうなギラドルスの精神を支え続けた。
その献身を愛だと信じ込んだギラドルスは彼女を新たな嫁として迎え入れる。
それは同時にリザエラがファミーナの継母になることが決まった瞬間でもあるのだった。
ギラドルスの思想に多くの魔族の支持や共感を得ている彼であったが、中には反発している者も一定数いるのもまた事実だった。
それでも、ギラドルスは自分の夢と理想に突き進むことを諦めず、ファミーナに愛情を注ぐことも忘れなかった。
ある日の夕暮れ、家族の絆を確かめ合う穏やかな時間のはずだった。
「……ぐ、ぅ、あ……っ!?」
突如、ギラドルスが胸を抑えながら悶絶した。
料理に盛られていたのは並の魔族ならば一口で絶命する劇薬だった。
魔王と呼ばれる力を持っていたがゆえに即死こそ免れたものの、体内を煮え返る鉛を流し込まれたような激痛が駆け抜ける。
「お父様?」
「魔王様、どうなさいました?」
悲鳴を上げるファミーナや側近のジュウロンの声が響いた次の瞬間、扉が乱暴に跳ね除けられた。
雪崩れ込んできたのはギラドルスに忠誠を誓っていたはずの魔族たちであり、その手には主君を討つための抜身の刃や鋭い槍が握られていた。
「……反乱、か……ッ!」
「お父様!」
「ジュウロン!ファミーナを連れて行け!ここから……できるだけ遠くへ!」
自分の身体に鞭を打ちながら立ち上がったギラドルスはジュウロンに指示を飛ばす。
側近のジュウロンが苦渋の表情でファミーナを抱き上げる。
「失礼いたします、姫様……!魔王様、どうか……!」
「行け!我が娘を……未来を頼む……!」
ジュウロンが窓を破り、闇へと消えていく。
その背中を見送り、ギラドルスは死力を振り絞って立ち上がるも、目前には牙を剥く反逆者たち。
そして、それらの背後から優雅ながら、氷のように冷ややかな声が響いた。
「あら。娘の方は取り逃がしてしまったのね。詰めが甘いこと」
「……なっ、お前……?」
奥から一人の女性の声が響き、その姿を見たギラドルスの顔に驚愕が張り付いた。
「無様ね。ギラドルス……」
現れたのはリザエラだった。
優しい妻としての面影はまるで見えず、その瞳に宿るのは燃えるような野心と夫であった男への剥き出しの蔑み。
「リ、ザ、エラ……お前が……首謀者だったのか……?」
「あら?酷い言い草ね。私はただ、魔族が真に進むべき未来を示そうとしているだけよ。あなたのような愚か者の見る青臭い夢なんて、魔族には何の価値もないの」
リザエラが指を鳴らすと、多くの騎士たちによる幾本もの槍が毒に蝕まれたギラドルスの体に容赦なく向けられた。
「ク、ソ……。同胞をまた……争いの渦へ……戻すというのか……」
「そうよ。魔族は踏みにじり、蹂躙し、支配する者。和睦などという下らない幻想に囚われてしまったあなたはここで消えるのが慈悲というものよ」
城壁の外からは和平を支持していた家臣たちが次々と惨殺されていく断末魔が響いてくる。
ギラドルスは血の海に沈みながら天を仰いだ。
かつて愛したフェメルアとの誓いやファミーナに見せたかった光溢れる世界。
それらの何もかもが、リザエラの冷笑とともに塵となって消えていく。
「……フェメルア。すまぬ……。ファミーナ……生きろ……」
それでも、ギラドルスは振るえる身体を突き動かさんばかりの力を振り絞り、リザエラが仕向けた集団に立ち向かった。
しかし……。
「ふぅ……。これで邪魔者は完全に消えたわ」
奮戦空しく、先代魔王のギラドルスは人類との共存を夢見た偉大なる変革者は最愛の妻の形をした悪魔の手によって、その生涯を閉じられた。
返り血を浴びたリザエラは城の目立つ場所に移動すると、その亡骸を高々と抱え、狂気すら感じさせる笑みを浮かべて宣言する。
「ギラドルスは死んだ!魔王軍に相応しくない弱き王は我が手によって粛清された!今より、我こそが魔王!人類を蹂躙したい野心を抱きし者は我に従え!人類を、この世界を、魔の炎で焼き尽くすのだ!」
こうして、魔族領に最悪の一夜が訪れた。
人類との和平を夢見た希望が潰えたあの日から歴史は再び、魔王軍による血塗られた殺戮の時代へと戻されることになったのである。
そして、魔王軍の頂点に立ったリザエラが誕生するのだった。
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