第134話 魔族の少女の素性
魔族の少女の正体が明らかになります。
「どうぞ。遠慮なさらずに召し上がってください」
「「「「「……」」」」」
差し出されたティーカップの中で紅茶のような液体が微かに揺れている。
だが、俺たちの誰もがそのもてなしに手を伸ばそうとはしなかった。
俺たちが今いるのは集落で最も立派だと思われる重厚な石造りの家屋のリビング。
漂う紅茶の香りは王都の高級店を思わせるほど芳醇で、テーブルに並べられた焼き菓子もまた、熟練の職人の手によるものだと一目でわかる。
だが、喉の奥がチリつくような警戒心が食欲を消し去っている。
「……あら?お紅茶は苦手でしょうか。それとも……?」
穏やかな声であるが、シャーロットは剣の柄をいつでも握れる位置に置いたまま鋭い視線を返した。
「失礼な言い草を許してほしいが、人類の敵と言われる魔族から出されたものをはいそうですかと飲もうと思うほど、私たちは馬鹿じゃない」
「仰る通りです。……爺や。人間を見るのは貴方も私も久方ぶりでしょう?警戒されるのは当然のこと。まずは、招いた我々の方から素性を明かすのが賢明というものよ」
少女の魔族が纏うその気品溢れる振る舞いに、側近らしき老年の魔族が深々と頭を垂れた。
「はっ。失礼いたしました。紹介が遅れましたな。……わたくしめはジュウロンと申します」
黒い執事服に身を包んだその老人は白髪の頭頂部から二本の角を生やしている。
その所作は洗練されており、王宮のベテランの従者のようなの品格を漂わせていた。
続いて、少女がしなやかに立ち上がる。
「そして、この方は……」
「初めまして。私はファミーナと申します。まずは私の住まいに来て下さり、誠にありがとうございます」
ファミーナと名乗った十代半ばから後半の年であろう少女は紫紺色のドレスの裾を指先で摘まみ、淑女らしい流麗なお辞儀を見せた。
柘榴石に紫の雫を落としたような妖しくも美しい瞳と黄金を溶かし込んだような黄土色の長髪、側頭部からティアラを模したように伸びる二本の角が特徴的だ。
その風貌は魔族というよりも、どこか遠い異国の貴族令嬢のようだった。
「私はエレミーテ王国の勇者パーティのリーダーを務めるシャーロットだ」
「ロリエよ」
「わたくしはメリスと申します」
「ジャードだ」
「俺はリュウトだ」
俺たちも最低限の礼儀として自己紹介を済ませた。
「……一通りの挨拶は済んだ。さて、ファミーナ。単刀直入に聞くけど、この土地は何なんだ?外からの隠蔽といい、この集落のあり方といい、あまりにも異常なんだけど……」
俺の問いに対し、ファミーナは答えた。
「疑問に思うのは当然でしょう。……実を言えば、皆様が今おられるこの集落なのですが……元々はダンジョンだったのですよ」
「何だと……?」
思わず声を漏らす。
ダンジョンの内部構造を書き換え、生活圏へと転用する。
俺がエレミーテ王国の遊軍調査部隊にいた頃、大掛かりなプロジェクトの時に同じような事象をこの目で見ていて、この身体で体感している。
それだけだったら「なるほどな」ってくらいの気持ちにしかならなかっただろうけど、一番の理由は別にあった。
「なぜ、魔族領の目と鼻の先にこのような集落を?」
もしも前線基地のような類を作るつもりだったら大きな国の近く、それこそフォーペウロからもほど近い場所でやればいいはずだ。
俺の追及に対し、ファミーナは紅茶のカップをそっと置き、まっすぐに俺たちの目を見据えた。
「その理由は……現在の魔王軍の頂点に君臨するリザエラ。その脅威と狂気的な支配から逃れるためです」
「……え?」
予想すらしていなかった答えに部屋の空気が凍りついた。
魔王軍から逃れるために、魔族自らがこの隠れ里のような場所を作ったというのか。
「信じていただけないかもしれませんが、私やジュウロンを始め、この集落に住む者たちは恐怖や暴力で世界を統べることにも、人類をいたずらに屠ることにも、何の価値も見出しておりません。私たちはただ、奪い合う連鎖を断ち切り、魔族でも健やかに生きられる世界を作りたいだけなのです。どうか……そのことだけは信じていただけないでしょうか?」
ファミーナは絞り出すような声で深く頭を下げた。
シャーロットが首を傾げている時だった。
「シャーロット。話ぐらいは聞いてもいいんじゃない?」
「ロリエ?」
その願いを聞き入れることに最初に賛同したのはロリエだった。
「確かに魔族は人類の敵と言われているわ。実際、ここに来る道中、あたしたちは魔王軍の幹部を含めた魔族を何体も倒してきた。だけど、ファミーナだっけ?あたしにはこの子が嘘を言っていたり、陥れようとしているとは思えないのよね。シャーロットだって薄々わかってるんじゃない?」
「それは……」
「それに、ファミーナが魔王リザエラを倒すヒントを少しでも握っていることを考えれば、耳を傾けるメリットくらいはあると思うわよ。こんな身を潜める場所を作ってまで逃げてきたくらいなんだからさ」
ロリエはファミーナに視線をやりながら見識を示す。
彼女の言うことも一理あるし、悪意や敵意は感じられない。
万が一には援護すればいいからね。
「……分かった。まずは話を聞こう」
「ありがとうございます……」
シャーロットの言葉にファミーナは安堵の吐息を漏らし、再び椅子へと腰を預けた。
「勇者パーティの皆様。いえ、人類のほとんどにとって魔族は忌むべき、生かしてはいけない存在と認識されていることは重々承知しております」
俺が生まれる遥か昔からの伝承はこうだ。
魔族は人類の敵……と。
俺が勇者パーティに入る前から、それこそ、冒険者になる前から冒険譚や英雄譚でそう記されていたし、忌避の対象だとも言われていた。
中には人間でありながら、魔族の血が流れているハーフもいれば、力を求めるあまりになることを受け入れてしまった者がいることも知っている。
だが、目の前の彼女が語る言葉には悪しき伝承の毒素を浄化するような不思議な誠実さが宿っていた。
「太古からの伝承によって、魔族と人類を始めとする他種族と憎しみ合ってきました。けれど、魔族の中にも誰かを愛し、平穏を尊ぶ心を持つ者は確かに存在します。いつか、他種族と手を取り合える日が来ると……私は信じているのです」
「理想論としては立派だ。だが、現実は違う。それに、リザエラの支配から逃げることと、この隠れ里のような集落を作ったことに何の関係がある?なぜお前たちはそこまでしてヤツを拒む?」
シャーロットの鋭い質問にファミーナは一瞬、言葉を失いながら視線を落とした。
その細い指先が微かに震えている。
「……そうですね。勇者パーティの皆様には知る権利があり、私はそれを話す義務があります。今の魔王軍が何を企み、どんな道を辿って来たか。そして……私が何者であるのかを……」
ファミーナは有罪を覚悟した罪人のような、あるいは何もかもを投げ打って敵に特攻しようとする無敵の人のような表情で俺たちを真っ向から見据えた。
そして、その唇からこぼれ落ちた言葉は……。
「現代の魔王リザエラ。……あの女は……私の継母なのです」
静寂がリビングを支配した。
俺たちはただ、目の前の可憐な魔族の少女が口にした筆舌し難いほどに重すぎる真実を知った衝撃のあまり、呼吸することさえ忘れかけていた。
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