第133話 魔族が住まう集落
謎の場所に足を踏み入れます!
「魔族や魔物の気配は……今のところ皆無だな」
俺は研ぎ澄ませた感覚を周囲に張り巡らせながら短く応えた。
隠し通路を暴いたその先にある剥き出しになった道は、まるで世界の裏側に迷い込んだかのような異様な静けさに満ちていた。
「それにしても、驚くほど静かね……。風の音すら、外とは質が違う気がするわ」
「ええ、不自然です。まるで、森全体が息を潜めて、わたくしたちが通り過ぎるのを待っているような……」
シャーロットの呟きに、メリスが不安げに声を重ねる。
この場所が魔族領の喉元であることを考えれば、この静寂は安らぎと言うよりもむしろ、獲物を誘い込む食虫植物の内側のような粘り気のある悪意を感じさせそうだ。
「気を引き締めろよ。ここから先は地図も理屈も通用しない場所があるかもしれないからな」
「それは言えてるわね。」
ジャードが盾を握り直しながら低い声で警告し、ロリエも気を引き締める。
現在のフォーメーションは未開地探索における基本的な布陣だ。
斥候役の俺が先頭に立って罠と奇襲を警戒し、中央にロリエとメリス、彼女たちを挟むようにして、シャーロットとジャードが周囲を固める。
「リュウト、先行する貴方の背中は私たちが守るわ。……無茶だけはしないで」
「分かってる。任せてくれ」
シャーロットの信頼に応えるように頷き、俺たちはさらに奥へと足を進めた。
隠し通路を歩き始めて十分、時間にしてそれほど経っていないはずだが、空間の濃度が目に見えて変わっていく。
「……っ?止まれ」
俺が鋭く制すると、後方の四人が即座に武器を構え、気配を殺した。
剣を引き抜こうとしたシャーロットたちの動きを手で制し、俺は前方の変化を注視する。
「敵か、リュウト?」
「いや……まだ分からない。だが、これは……?」
神経を尖らせ、五感を一つの針のように研ぎ澄ます。
前方の闇の先にうっすらとだが、青白い燐光が揺らめいているのが見えた。
同時に鼻腔をくすぐったのは血の匂いでも腐敗臭でもなく、どこか懐かしく、穏やかな春の草原を渡るそよ風のように澄んだ空気だった。
普通に考えたら平和的な要素と歓迎すべきだが、警戒を緩めるわけにはいかない。
「よし。俺が先行して、どんな場所で何があるのかを確認してくる。……皆はあの岩陰に身を潜めて待機していてくれ」
俺が指し示した巨大な岩塊は奇襲を避けるには絶好の遮蔽物だった。
「わかったわ。リュウト、何かあればすぐに撤退してよ。深追いは厳禁だからね」
「ああ、行ってくる」
シャーロットの真剣な眼差しを背に受け、俺は単身その場所へと向かった。
<感覚操作>で視界を強制的に底上げすれば、闇は昼間のような明瞭さで暴かれていく。
それに加えて足音を殺し、呼吸を潜め、影に溶け込ませながら、一歩、また一歩と光が強くなるにつれ、不穏な確信が胸の中で膨らんでいく。
そして、視界を遮っていた最後の巨木を回り込んだ瞬間、俺は息をすることさえ忘れた。
「こ、これは……嘘だろ……?」
そこに広がっていた光景は、俺の予想をいろんな意味で裏切るものだった。
網膜に焼き付いたその色と形を反芻しながら、俺は喉まで出かかった叫びを押し殺し、足早に仲間たちの元へと引き返した。
◇———
一度シャーロットたちの下へと引き返した俺は見たままの情報を共有していた。
「それは本当なの?」
俺の報告を聞いたシャーロットが信じられないと言いたげに眉をひそめた。
「ああ。最初に見た時は目を疑ったけど、幻影とかの類じゃないのは間違いないと思う。だが、罠や伏兵の気配は今のところない」
「そこまで言うなんてな。まずは、自分たちの目で確かめるしかなさそうだ……」
「リュウトさんがハッキリと見たのでしたら本当だと思いますけど、わたくし自身も見ておきたいです」
「あたしも賛成。仮にリュウトの言っていることが一から十まで確かにしても、どうしても信じられないからさ……」
(いや、全て事実だとしても、もしかしたら……?)
ジャードやメリス、ロリエは信じてくれているような姿勢を見せてくれているけど、それでも厳しい表情を崩さない。
一分にも満たない短い協議の結果、俺たちは警戒を最大限に引き上げながら、その場所まで足を踏み入れた。
そして、俺たちの目に飛び込んできたのは――。
「ここだ……」
「……えっ?な、何、ここ……嘘でしょ?」
シャーロットの喉が引き攣ったように鳴る。
そこに広がっていたのは小さくも温かな光を感じさせるような名もなき集落だった。
裕福さや華やかさとは程遠い、質素な石造りや木造の家々はあるものの、平和な町特有のどこからか炊事の香ばしい匂いが漂ってきそうに明るかった。
何より俺たちを驚愕させたのはそこに住まう住人たちだった。
浅黒い褐色肌と頭部から生えた多様な形状の角と、紛れもなく魔族と呼ばれてもおかしくない特徴を備えた者たちだった。
ある者は農具を手に語らい、ある者は子供たちの頭を撫でて笑い合っている。
略奪も殺戮もそこにはなく、慎ましい生活の営みだけがそこに存在していた。
「まさか、優しい方の魔族だけが集まる場所とかじゃないわよね……?」
「さっきも言っただろ。俺だって目を疑ってるんだ」
シャーロットの呟きに対し、俺は猜疑心を剥き出しにして答える。
俺だって、とんでもない罠に嵌められ、残酷な結末へと手招きされているのではないかって疑念を抱いている一人なのだから。
この違和感に耐えきれず、一度引き返すべきだと俺が判断した時だった。
「どなた様でしょうか?」
「「「「「ッ!?」」」」」
背後からかけられた声を聞いた俺たちは全身の毛を逆立てて振り返った。
完全に虚を突かれた。
「あなた様方は……人間……でしょうか?」
そこに立っていたのは一人の少女と彼女を守るように寄り添う壮年の男性だった。
どちらも魔族そのものと思わせる風貌であったものの、その眼差しには敵意も殺気もなく、ただ、道に迷った旅人を案じるような純粋でひたむきな思いやりだけが宿っているように見えた。
「ご安心ください。私たちはあなた方に危害を加えるつもりはございませんよ」
そう言う少女の表情は暖かくも慈悲に溢れているように見えた。
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