第132話 怪しい林
手掛かりを掴み始めていきます。
石造りの壁が、夜の冷気を吸い込んでしんしんと冷える。
町外れの林から戻った俺たちは騎士団駐在所の無機質な石壁と使い込まれた地図が広がる重苦しい円卓の前にいる。
魔族領の近くにある町に足を踏み入れた俺たち。
それから情報集めに勤しんでいたシャーロットたちと集めた情報を共有し合う。
その中で話題に上がったのは案の定……。
「……なるほどね。今いる町の北側にある林の中に林の中にそんな気配があったと……」
「うん、まぁ……」
俺はシャーロットたちと合流した後、得られた情報を共有し合った。
それぞれが持ち寄った情報を突き合わせると、この町を蝕む現実は想像以上に深刻だ。
数ヶ月前、魔王軍の末端と思われる部隊に襲撃されて以来、この地の土壌は変質し、作物が中々育たない状況が続いている。
「王都からの支援物資がなければ、今日食べるものにも困る有様らしいよ。騎士団が数名派遣されてはいるけれど、それでも厳しいってさ……」
シャーロットの言葉を受けた俺たちは沈痛な面持ちで頷く。
魔族領が近いというだけで、ただの日常が否応なしに削り取られる。
そんな土地の過酷さを俺たちは改めて突きつけられていた。
「それでも、リュウトが見つけてきた違和感は収穫だと見ているわ。今後のヒントにもなりそうだし……」
その言葉を聞いた俺は少しだけ肩の荷が下りるのを感じた。
「それにしても、この駐在所がしっかり機能していたのは幸いだったな。ちゃんとした宿屋も期待できない荒れようだったから、野宿も覚悟していたんだが……」
今いる建物はフォーペウロ王国騎士団の駐在所であり、国境付近の監視を担う騎士たちの拠点だ。
俺たちが勇者パーティだと名乗ると、二つ返事で空き部屋を貸してくれた。
広さも六畳一間で華やかさとは無縁だが、ちゃんとした寝床を確保できるのはありがたかった。
「食料の調達はともかくにしても、拠点の確保は大事だからな」
「言えてるな。リュウトならではの意見だ。俺も同意だぜ!」
「ありがとうな!」
「さあ、今日はもう遅い。明日は夜明けとともに、リュウトが言っていた林を捜索することにしよう!」
◇———
窓の外からは辺境の町特有の湿った風の音が聞こえてくる。
「ふぅ……。そろそろ、寝るか」
独り言ちて、染みの浮いた天井を見上げる。
瞼を閉じれば、今日見たあの光景が網膜の裏に焼き付いた残像のように鮮明に蘇ってきた。
あの林の入り口で垣間見た剥き出しの異質。
「ありゃあ、一体何だったんだ……?」
形こそ人間に似ていたが、存在の密度がまるで違った。
一瞬だけ脳裏を過ったのは夜闇のように鈍い光沢を帯びた浅黒い肌と頭部から天を突くように生えた鋭い角の輪郭だ。
「まさか、な……」
一抹な可能性を頭の片隅に置きながら、俺は眠ることにした。
明日になれば、きっと分かることを信じて……。
◇———
翌朝、俺たちは簡素な食事を済ませ、昨夜に足を運んだあの林の入り口へと戻ってきた。
鉛色の雲から漏れる僅かな光は林の入り口で霧に吸い込まれ、その先はどろりとした闇が口を開けている。
「ここなのね……」
シャーロットが鞘の中で剣が躍らぬよう鯉口を切り、慎重に足を踏み出した。
「ああ。手掛かりがあるとすれば、この場所だ。……昨夜、俺の感覚を揺さぶった何かがこの中にあると思う」
俺の言葉にパーティの面々に緊張が走る。
魔族領の深奥に繋がるこの林は不気味さを鬱蒼と漂わせ、踏みしめる土は腐葉土というよりは死骸の堆積に近い感触がしてならない。
それぞれが警戒心を抱きながら、先へと進んでいく。
「無駄に静かね」
「リュウト、何か感じるか?俺の鼻にはこの湿った土や葉っぱの匂いしか入ってこねえが……」
「今のところは何もない。……いや、何もなさすぎる。魔物どころか、小動物の気配すら皆無だ」
「もう一時間以上は進んでいるはずです。それなのに、何の接触もないなんて……まるで、何かに避けられているような気がしてなりませんよ」
戦いがないことは幸運だが、魔族領の境界付近でこれほどの静寂が続くのは、異常という他ないことを暗に示す証拠でもあった。
その時だった。
「リュウト。その顔つき……何か、感じているのね?」
シャーロットの鋭い指摘に俺は短く「ああ」と応え、足を止めた。
「悪いが、少し集中させてくれ。……ここからは通常の索敵じゃ通用しない気がする」
俺は深く息を吸い込み、意識を研ぎ澄ませる。
固有スキル<感覚操作>を全開にし、視覚と聴覚を引き上げていく。
さらに魔力の波長を読み取る<魔力確認>と空間の微細な歪みを捉える<感知向上>を複雑に、編み込むように組み合わせていく。
雪崩れ込むような勢いで飛び交う情報の洪水に普通とは異なる何かがが見え始めたその時だった。
「むっ……?」
俺の喉から短い呻きが漏れる。
皆に「静かに」とジェスチャーを送り、俺は自分の唇に向かってゆっくりと手を伸ばした。
何もないはずの空間だが、そこには全神経を集中させなければ決して気づけない、不気味な震えを伴った魔力の残滓が漂っていた。
「……まさか?」
俺は五感を研ぎ澄ませ、その透明な膜の継ぎ目を指先で探り当てる。
布を切り裂くような感触ではない、もっと生々しい、生き物の皮を剥ぐような不快な抵抗感を抱いた。
俺は両手に魔力を流し込み、一気にその膜を振り払うように引き剥がした。
「なっ……!?」
「嘘でしょ……?」
背後でシャーロットたちの息を呑む音が聞こえた。
目の前の景色を見て、言葉を失った。
「こ、これは……?」
現れたのはこれまでの景色とは一線を画す異様な光景だった。
薄暗い森の奥へと続く一本の道ながら、そこには外部の光とは異なる、青白い燐光を放つ植物が群生し、不気味な静寂を湛えた一本道が彼方へと伸びていた。
まるで、招かれているような、試されているような、そんな錯覚さえ抱かせる道がそこにはあった。
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