第130話 【Sideアンリ】リュウトさんと繋がる者
アンリ視点のお話です!
リュウトさんが再びフォーペウロへ戻った二日後……。
「フンッ!」
「アダッ!」
深夜の静寂を切り裂いたのは私の気合のこもった掛け声と酔っ払い客の男性の悲鳴だった。
石畳に組み伏せられた男の喉元から鼻を突く安酒の臭いが漂う。
深夜の酒場通りはこうしたトラブルも珍しくない。
「……もう大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」
暴れていた男性を近くにいた隊員に引き渡し、私は乱れた隊服の襟を正した。
「申し訳ございません。対応していただき、本当にありがとうございます。おかげで店がめちゃくちゃにならずに済みました」
「いえ。通りがかっただけですし、当然のことをやっただけですから……」
深々と頭を下げる店主を軽く窘め、私は再び夜の街へと歩き出す。
その後は大きな騒動もなく、冷え込み始めた夜風を頬に受けながら、無事に夜勤の巡回を終えることができた。
「はぁ……。終わったぁ……」
騎士団の寮に戻った瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。
装備を外すと、肩に食い込んでいた重みが消え、代わりにぐったりしてしまいそうな疲労感が押し寄せてくる。
けれど、その重みは不思議と不快ではない。
ローテーションで夜間の巡回を担った隊員にはその日と翌日の連休が約束されており、夜勤手当もしっかりつく。
これが意外とお得だったりする。
熱いシャワーで汗と酒の臭いを洗い流し、湯気の立つ体で清潔なベッドに潜り込む。
明日も明後日も、私は私のために時間を使える。
そう思いながら、私は眠りに着いた。
◇———
軽く食事を済ませてから、王都エメラフィールの城下町へと繰り出す。
「うーん……。これも、捨てがたいなあ」
私は一軒の服屋に入っており、鏡の前で二着の服を交互に自分へと当て、買うかどうか悩んでいる服を当てながら吟味している。
一つは淡い水色を基調とした清楚で可愛らしいワンピースであり、裾のレースが風に揺れる様を想像するだけで柄にもなく胸が躍る。
対するは大胆なオフショルダーのシャツであり、活動的でありながら、どこか大人びた色香を漂わせるデザインだ。
「こっちは可愛いけど、あっちも捨てがたい。……ううん、でもちょっと攻めすぎかな?」
鏡の中の自分と相談すること数十分。
仕事で見せる鋭い表情はどこへやら、今の私はただの恋する……じゃなく、おしゃれに悩む年頃の娘だと思う。
結局、迷いに迷った末に導き出した答えは、実にシンプルだった。
「……結局、両方買っちゃった」
最終的には両方買うことになった。
我ながら欲張りな気もするけど、まぁいいか。
それから雑貨屋とかを巡りながら、自分の時間を満喫していく。
そんな時だった。
「あら。あなたは……確か……」
「あっ」
店を出たところで、一人の女性と視線がぶつかった。
「リ、リリナさん……ですよね?」
「そうよ。たしか、アンリだったかしら。リュウトと同じ班の……」
「はい、正解です! 覚えていてくれて嬉しいです」
彼女はリリナさんと言う王族専属の医療部隊に所属する僧侶であり、リュウトさんの冒険者時代の仲間でもある。
アイボリーを基調にしたワンピースを着用している辺り、普段の仕事着とは違う、柔らかな私服姿の彼女は同じ女性から見ても見惚れてしまうほど綺麗だった。
「今日はお休みなんですか?」
「ええ。ちょっとした買い出しにね。もしかして、あなたも?」
「はい、そうです。奇遇ですね、こんなところで鉢合わせるなんて」
一通りの挨拶を済ませると、ふっと会話が途切れた。
リュウトさんから彼女の話は何度か聞いていたけれど、こうして二人きりで顔を合わせるのは初めてだ。
気まずい沈黙を破るように、私は思い切って口を開いた。
「あの、リリナさん。せっかくですし、立ち話もなんですから……。もしよろしければ、あそこのお店で一緒にお茶でもしませんか?」
「お茶? ……ふふっ、そうね。私も少し、誰かとお話ししたい気分だったの」
リリナさんは春の陽だまりのような微笑みを浮かべて頷いた。
紙袋を抱え直した私は少し背筋を伸ばして、彼女の隣を歩き出した。
◇———
王都の城下町の片隅にある静かな喫茶店。
派手さや華やかさは控えめであるが、落ち着いた空間だった。
窓から差し込む陽光に目を細めながら、私はリリナさんに問いかけた。
「リリナさんって、リュウトさんと一緒に……その、冒険者をしていたことがあるんですよね?」
私の問いに、リリナさんはカップを置くと、どこか遠くを見るような優しい目をして頷いた。
「ええ。もうずいぶんと前のことになるけれど……パーティを組んでいたのは通算で六年くらいかしらね」
「ろ、六年……」
思わず声が漏れた。
私にとってリュウトさんはエレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊において頼れる同僚なのは本当だけど、期間にすれば、リリナさんたちが共に過ごした月日の半分にも満たない。
その事実が胸の奥で小さな棘のようにチクリと刺さった。
「その時のリュウトったらさ……」
それから始まったリリナさんの話は私がまだ知らないだろうリュウトさんの断片で溢れていた。
パーティにどんな貢献をもたらしてくれたのか。
人となりや性分。
裏でどんな努力をしていたのか。
自分の功績よりも仲間の安全を第一に考える、そんな青臭いまでの献身。
聞けば聞くほど、あの人がかつてのパーティでどれだけの努力をしていたのかが伝わってくる。
「凄いですね……。最前線で戦うだけじゃなくて、そんな細かいところまで。やっぱりリュウトさんは私が思っていた以上に凄い人です!」
身を乗り出して熱弁する私にリリナさんは一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから少しだけ複雑そうな、困ったような微笑みを浮かべた。
「ええ。そうね……本当に、あいつはそういう奴だったわ……」
リリナさんの呟きには深い慈しみとほんの少しの独占欲が混じっているように聞こえた。
当然だ。リュウトさんが遊軍調査部隊に入るまでの同じ時間を共有していたのは彼女なのだから。
私には届かない時間の厚みを思うと、心の端っこがキュッと窄まるような、言いようのない羨ましさが込み上げてくる。
(……随分と褒めるわね。同じ部隊の仲間とはいえ、そんなに熱っぽく……)
「それにしても……」
リリナさんが探るように身を乗り出してきた。
「あなたがリュウトのことを凄く慕っている……というか、高く買っているのが伝わってくるわね。あいつ、新しい職場ではどんな風に働いていたの?」
「はい!リュウトさんは遊軍調査部隊にいた頃からとても活躍されていましたよ。私から見てもあの人は……」
そこからは私の番だった。
気が付いたら、私は夢中になって語っていた。
リリナさんが知らない、遊軍調査部隊の一員としてのリュウトさんや勇者パーティに選ばれるまでにどれだけの活躍を見せていたか。
彼女が知らない今のあの人を伝えたいという、無意識の対抗心があったのかもしれない。
話し合いに夢中になっていると、窓の外は夕闇が濃くなり始めていた。
街灯がぽつりぽつりと灯り、喫茶店の影を長く伸ばしている。
「あら……もうこんな時間。ずいぶん話し込んでしまったわね」
リリナさんがふっと肩の力を抜いて笑った。
「みたいですね。リュウトさんのことについて話していると、本当に時間が経つのを忘れてしまいます」
「……全くだわ。あいつの話で女二人が半日も潰すなんてね」
お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく小さく吹き出した。
「うふふっ」
「ふふっ」
笑いの余韻と共にそれまで二人の間に流れていた緊張感が消えていくのが分かった。
嫉妬や羨ましさのような感情を超えて、私たちは一人の男性を大切に思っているという一点で確かに繋がったと思うのだった。
「もし機会があったら、またお茶でも……いえ、次は飲みにでも行きましょう。私は大歓迎よ」
リリナさんが立ち上がり、私に右手を差し出した。
「はい! ぜひ、こちらこそ!」
私はその手をしっかりと握り返した。
喫茶店を出て、心地良い風に当たりながら帰路に着く。
「ちゃんと話してみると、リリナさん……凄く良い人だったな」
自室へ向かう足取りは心なしか軽い。
六年という歳月の重みは確かに私にはないものだけど、それを思うと、悪い気はしない。
「もしも……リュウトさんが何かしらの形で戻ってきたら……」
夕空を見上げ、遠く離れた地にいるはずの、あの頼もしい背中を思い浮かべながら、私は再び歩き出した。
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