第129話 出立の時
勇者パーティは魔族領へと向かいます!
「いよいよ、発つのですね」
「はい」
玉座に鎮座するフォーペウロの女王陛下であるエリザナ様の声が謁見の間に反響する。
その隣にはどこか寂しげな瞳を湛えた第一王女レイニース様とフォーペウロ騎士団のトップであるアルフラド団長もいる。
両脇にはこの国の信仰の象徴である四聖女のうち、アイラ様、カトレア様、フローラ様の三人が並んでいた。
彼らの視線は単なる激励を超えた祈りに近い重みを帯びていた。
俺たち勇者パーティ五人はその前に膝を突く。
「あなたたちがこれから踏み入る地は光も届かないだろう魔族領。待ち受けるのは人の想像を絶する困難と強大なる悪意でしょう。……どうか、武運と幸いが共にあらんことを」
「勇者一行に聖なる加護を」
女王の言葉を合図に聖女たちが静かに手を組んだ。
その瞬間、凛とした静寂の中、眼に見えないけど、優しい温もりのような感覚が俺たちを包み込んだ。
それは荒れ狂う戦場でも決して消えることのない、温かな道標のように感じられた。
「ありがとうございます。魔王をこの手で討伐してみせましょう」
シャーロットが代表して応える。
その凛とした声が俺たちの背中を強く押した。
儀式とも呼べる短い謁見を終え、俺たちは立ち上がる。
簡素な形とは言え、こうして清らかで澄み渡るような優しい祈りを向けられたら、応えないわけにはいかない。
俺たちはレイニース様を筆頭にした四聖女に見送られながら、王城を後にした。
◇———
ガタゴトと、一定の刻みで揺れる馬車の振動が座席から背中へと伝わってくる。
「……バアゼルホが遠ざかっていくな」
俺の独り言に対し、隣に座るシャーロットが静かに頷いた。
「そうね。名残惜しいけれど、私たちは前へ進まなくてはならないわ」
「ああ。いつまでもあの街のぬくもりに浸っていると、せっかく固めた気力に穴が空いちまいそうだからな」
俺たちは今、フォーペウロ北方に広がる草原をひた走っている。
目指すは魔族領の境目辺りにある場所だだ。
ふと、胸元で揺れる銀の感触に指が触れた。
ロリエが手元のそれをまじまじと見つめながら、感心したような声を漏らす。
「それにしても、よくこんな物まで用意してくれたわよね……」
「そういえば、レイニース様以外の聖女の方たちが時折王城に詰めていると聞いていましたが……これを作るためだったのですね」
メリスの視線の先にあるのは俺たち全員の首にかけられた、十字架の意匠が彫り込まれた四角い銀のペンダントだ。
俺たちがエレミーテへ一時帰還していた裏で、レイニース様を筆頭とする四聖女が集結し、お抱えの錬金術師たちと心血を注いで開発したものだという。
「自分に降りかかるどす黒い邪気を祓い、精神を安定させる……か。魔族領の深部へ潜る俺たちには何よりのお守りだな」
そっと指先で触れてみる。
ひんやりとした金属の質感の奥から脈打つような、穏やかで温かい波動が伝わってくる。
単なる魔導具だと思わせない、祈りそのものが結晶化したような重みのある力だ。
「触れるだけで分かるわ。この透き通るような聖なる魔力……間違いなく、彼女たちの献身の証ね」
「同感です。レイニース様たちには感謝ですね」
神武具の持ち主であるシャーロットや聖女としての資質を持つメリスの言葉には確かな実感がこもっている。
身に付けているだけで厳しい旅路の不安を和らげてくれるように思えた。
「で、次の目的地は……フォーペウロの北端、国境沿いの町だっけ?」
「ええ。そこで一、二泊はして、最後の準備を整えましょう」
俺は地図を広げた。
「そうだな。エレミーテからもらった特殊な回復薬や魔族との戦いで役に立ちそうな物もそれなりにある。町に着いたら、誰が何を持つか在庫の最終チェックをしておこう。魔族領へ一歩足を踏み入れれば、補給ができる機会は中々ないからな」
「境目の町となると、魔族の斥候や変異した魔物の話も出てくるはずです。情報の収集も欠かせませんね」
メリスの言葉に全員の表情が引き締まる。
かつては別々の場所で戦っていた俺たちが、今はこうして一つの目的のために、同じ馬車で揺られている。
「……ま、気負いすぎても長丁場は持たないわよ。今は少しだけ、こののどかな景色を楽しんでおきましょう」
「お前それ……悪くないな」
「でしょ!」
ロリエのいたずらっぽい笑みとジャードの乗りツッコミのようなやり取りに張り詰めていた空気がふわりと緩んだ。
俺たちは窓の外を流れる草原を眺めながら、束の間の馬車の旅とこれから始まる苛烈な戦いへの展望を語り合うのだった。
来たる戦いは少しずつ、確実に迫っていることを心の隅に留めておきながら……。
◇———
そこには闇の世界という言葉から連想される禍々しさとは無縁の静謐な風が吹き抜ける集落があった。
丘の上にぽつんと佇む一人の影が憂いを帯びながら天を仰いでいる。
「……」
静寂を破ったのは芝を踏みしめる硬い靴音だった。
「お嬢様、やはりここにおられましたか」
穏やかな声をかけたのは黒を基調とした執事服を纏い、魔族特有の褐色の肌と側頭部から反り返るように生えた二本の角、その好々爺然とした風貌と違わない柔和な笑みを浮かべ、彼は恭しく一礼した。
「爺や……。よくここが分かったわね」
「思い詰められた際、あなた様がこの丘に足を向ける確率は私の経験上八割を超えておりますので」
「ふふ、何それ。爺やって、実は予知能力でも持っているのかしら?」
「滅相もございません。ただ長くお側に仕え、お嬢様のことを見守り続けてきただけのことにございます」
「……そう。それもそうね」
少女は力なく微笑み、再び彼方の空へと視線を戻した。
虚空を見つめるように儚い表情を浮かべた女性は同じく魔族のような風貌をしていながら、柘榴石に紫の雫を落としたような不思議な輝きを放つ瞳と黄金を溶かし込んだような黄土色の長髪が風にさらさらとなびかせている。
その美しさは滅びゆく世界の中でそこだけが切り取られたかのように、どこか儚くも幻想的ですらあった。
「私の安寧のために作った場所なんだけど、変わり果ててしまった魔族領を浄化するための最後の砦としてここが機能できる時間も……もう残り少ないのかもね」
ポツリと独り言のように彼女は呟いた。
その声には一族の命運を背負う者のような重圧と拭いきれない焦燥が混じっている。
だが、彼女はそれ以上弱音を吐くことなく、紫紺色を基調としたドレスの裾を翻し、凛とした動作で立ち上がる。
「いつまでも、あんな歪んだ魔王軍の存在意義に縛られているわけにはいかないのよ。……お母様」
最後までお読みいただきありがとうございます。
評価はページの下にある【☆☆☆☆☆】をタップして頂ければ幸いです。
『面白かった』『続きが読みたい』と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、コメントやレビューを頂ければ幸いです。
面白いエピソードを投稿できるように頑張っていきます!




