第127話 【Sideシャーロット&メリス】決意と温もり
再びシャーロット&メリス視点のお話です。
「よし。……ちょっと、詰め込みすぎたかな。でも、備えあれば憂いなし、よね」
テーブルの上に置いた外傷や魔力を回復させるポーションの瓶がカチリと微かな音を立てた。
王都エメラフィールにある勇者パーティの邸宅の一室、私は出発の準備を整えている。
慣れ親しんだはずのこの部屋も、パッキングを終えて生活感が薄れるとどこか余所余所しい空間に見えてしまいそうだ。
今回の一時帰還はあくまで立て直しのためであり、国王陛下に魔王軍との戦果報告、仲間であるジャードの新しい防具の調達の目的を果たし、ようやくキリがついた。
明日の朝、私は一緒に戻って来ているリュウトとメリスと再びフォーペウロに行かなければならない。
あんまり長い時間、間を空けるわけにはいかないからね。
「良いリフレッシュにはなったんだけど、それはそれでな……」
窓辺に寄りかかり、夜風に熱を冷ます。
数日前、フォーペウロの王都バアゼルホで受けた魔王軍の奇襲。
あの光景は今も脳裏に焼き付いている。
仲間たちの奮戦によって、幹部であるメルミネとシェリーの討伐には成功したけど、勝利の代償は小さくなかった。
私たちは傷つき、消耗し、態勢を立て直さざるを得なくなり、エレミーテに一時帰還している。
束の間の休息にはなったけれど、平和な日常に身を浸せば浸すほど、気力に穴が空きそうになってしまう。
立て直しの意味で戻っていたけど、明日フォーペウロに戻ると思ったら、ある種の虚しさを覚えつつある。
「……なんてね。らしくないこと考えちゃった」
窓に映る自分の顔を指先でなぞる。
魔王軍の幹部であったメルミネとシェリーによる謀略を目の当たりにした私自身、いや、勇者パーティ全員が直感しているかもしれない。
戦いは既に佳境に入っている……と。
これからの戦いに向けて、それぞれができ得る限りの準備や足りないモノを埋めようとする行動を取っている。
恐らく、魔王軍の方も本腰を入れてくるだろう。
私たちが足を踏み入れる魔族領は奴らの本拠地のような場所であり、魔族や魔物にとってのホームグラウンドと言ってもおかしくない。
毒の沼、視界を奪う霧、そして狡猾な罠。
何より、残る幹部格と戦う可能性も大いにある。
だが、それでも……。
「……私たちなら、できる」
ふと、暗い部屋の中で自分に言い聞かせるように呟いた。
未知の脅威や不安を数え上げればキリがない。
けれど、あのバアゼルホの地獄を共に生き抜いた、私の背中を預けられる最高の仲間たちがいる。
彼らとなら、どんな不条理な運命だって切り拓いていける。
根拠なんてないけれど、積み上げてきた絆だけは信じて疑わない。
そうでしょ……。リュウト……。
◇———
「綺麗な月ですね……」
出発を前日に控えるわたくしは実家のお屋敷で一晩を過ごすことになりました。
明日にはこの実家のお屋敷を離れ、再び最前線へと赴きます。
勇者パーティの仲間であるシャーロットさんやリュウトさんが「家族との時間を大切にしてきなさい」とわたくしの背を優しく押してくれました。
その気遣いが今は何よりも胸に沁みます。
悔いを残さないための機会を下さったのですから……。
「メリス、入ってもいいかしら?」
「お姉様?」
不意に部屋の扉の向こうから控えめなノックの音が響きました。
声の主はわたくしの姉であるセアラお姉様です。
私は急いで椅子から立ち上がり、扉を開けてお姉様を部屋へと迎え入れました。
「夜分に失礼するわね。……少し、顔が見たくなって」
お姉様の微笑みはどこか儚げで繊細に見えました。
私たちは向かい合って座り、しばらくの間、言葉もなく静寂な空間に耳を澄ませていました。
「明日なのね……」
沈黙を破ったのはお姉様でした
「はい。明日、王都を発ち、フォーペウロで待つロリエさんとジャードさんと合流します。ここでの御用も無事に済みましたから」
「そう、それは何よりね……」
お姉様は柔らかく微笑みましたが、その瞳の奥には、言い出せない何かを抱えているような陰りがありました。
そして、ふと視線を落として沈黙が続くこと五秒後……。
「メリス。……本当にごめんなさいね」
「お姉様……? 急に、どうされたのですか?」
突如として零れ落ちた謝罪の言葉にわたくしは戸惑いを隠せませんでした。
お姉様の手は膝の上でかすかに震えています。
「本当なら、勇者パーティに加わるはずだったのは姉である私だったはず。あなたがわたくしの身代わりになって、あんなに過酷で、いつ命を落としてもおかしくない旅路を歩ませることになってしまった。……代われるものなら、今すぐにでも代わってあげたい。今のあなたは強く見えるけれど、それでもわたくしは、応援する以外できない自分が許せないの」
お姉様の言葉はずっと胸の奥に閉じ込めていた後悔の塊のようでした。
これから私たちが向かうのは魔族領であり、生きて帰れる保証などどこにもない。
実の妹を死地へ送り出すような責め苦に内心苛まれていたのでしょう。
「お姉様、顔を上げてください。……そんな風に気に病む必要なんて、どこにもないのです」
「でも……っ!」
「いいえ、聞いてください」
私はお姉様の震える手を取り、そっと力を込めました。
かつては守られるだけだった私の手も、いつの間にか硬く、強くなっていました。
「わたくしが志願したのはお姉様を安全な場所にいさせてあげたいという気持ちがあったからです。ですが、この道を選んだのは他でもない、わたくし自身の意志です。旅の空の下で学んだことは数え切れません。それはお屋敷の温室にいたままでは決して得られなかった輝かしい経験です。魔王軍との戦いは怖くないと言えば、嘘になります。ですが、わたくしは一人ではありません。皆が一緒に戦ってくれるから、わたくしはわたくしでいられるのです。あの方たちは……わたくしにとって、背中を預けられる存在なのですから」
脳裏に仲間たちの顔が浮かびます。
強くて頼りになるシャーロットさん。
不器用ながらも優しくて思いやりの深いジャードさん。
魔法に関して類まれな才能と強い自信を持ちながら、明るくも仲間想いなロリエさん。
そして、義理堅くて誠実でいながら、確かな強さと信念を持つリュウトさん。
そんな素晴らしくて凄い方々がいるから、修羅場や強敵を前にしても恐くない。
私が伝えたのは飾り気のない本心です。
誰かのためだけではなく、自分の意志で、大切な仲間と共に戦いたい覚悟が今の私を支えている。
「だから、寂しくも恐くもありません」
「……強くなったわね、メリス。言葉だけじゃなくて、旅を通じてあなたが乗り越えてきたものを教えてくれている気がするわ」
お姉様の瞳に溜まっていた涙が一筋、頬を伝いました。
「ありがとうございます、お姉様」
私は精一杯の微笑みを返しました。
すると、お姉様は立ち上がり、静かに両手を広げました。
「メリス、最後にお願い。……抱きしめさせて。あなたの温もりと匂い、あなたが確かにここにいたという証をこの胸に焼き付けておきたいから……」
「はい……喜んで」
わたくしたちは言葉を交わすよりも深く、強く、互いを抱きしめ合いました。
お姉様の髪や身体から漂う懐かしい香りと伝わってくる確かな鼓動はわたくしが守りたいと願う幸せの象徴そのものでした。
「メリス……」
「お姉様……」
この暖かさをわたくしは決して忘れません。
次に再会した時、今度こそ「ただいま」と笑ってこの腕に飛び込むために…… わたくしは明日への一歩を踏み出す勇気を確かに受け取ったのでした。
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