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紅姫の鐘音  作者: 梅嘉
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紅姫の失態①





 「アルベル・ガーランドっ!! この大馬鹿者がああああぁぁぁああっ!!!!」




 こじんまりとした尋問室に響き渡る野太い怒号。屋根に止まっていた小鳥達が一斉に飛び立つ。

 質素な木椅子に座るアルベルは、慣れた様子で素早く耳を塞いでいた。天井に吊されている照明までもが、その怒鳴り声を受け左右に大きく揺れる。


 「任務中に要人を床に押さえ付ける奴がどこにいる!?  しかも、殿下の前であり得ない馬鹿やらかしやがって!」


 アルベルは負けじと、思いっきり机を両手で叩き付ける。


 「トラヴィス教官、そんなに馬鹿馬鹿ばっかり言わないでくださいよ!!  一番恥ずかしいのは、あたしなんですよ!?」


 年甲斐もなく椅子から立ち上がり、机に身を乗り出す二人。

 そんな二人を見て、一体誰があの誇り高き《王国警衛》の隊員だと思うだろうか。その様子には、整然とした漆黒の制服の威厳もことごとく霞んでしまう程だ。


 「少しは反省しろ!  そして、自分の馬鹿さ加減を思い知れっ!!」


 短い黒髪を逆立てながら、トラヴィスはずり落ちた眼鏡をつかさず直した。まだ三十代前半である彼だが、眉間に寄りがちな皺のせいでその顔は実年齢よりも一回り以上も上に見えてしまう。


 「大体、釈放後のあの第一声は何だ?」


 「教官、お言葉を返すようですが。私には由々しき問題なんですっ!」


 どうにか笑顔を作っているものの、明らかに引き攣っているアルベルの顔。強められた最後の言葉の語尾には、苛立ちさえ感じられた。


 「由々しき問題ねえ? 」


 アルベルに負けず劣らず、野性味溢れた笑顔を引きつらせるトラヴィス。


 「迎えに来た上司に向かって、風呂に入らせろと泣きつく部下は未来永劫、お前だけだろうよ。あの時の俺の同情を返せ、この馬鹿弟子(・・・・)が!!」


 「何、ふざけたこと言ってるんですか!? 花の淑女(レディ)が丸三日もお風呂に入れないとか、ありえませんからね!? それにあんな所、頼まれたってもう二度と入るもんですか!」


 湿っぽく(ほこり)臭い独房に押し込められていたアルベルは、身元を引き受けに来たトラヴィスに半泣きで入浴を懇願したのだった。


 「まあ、久しぶりに教官の心配顔が見れたのは、嬉しかったですけど」


 エヘヘ、と照れ笑うアルベルにトラヴィスの眉間の皺が薄くなりかける。


 「そもそも、前もって帰国を知らせなかった大臣(あちら)側も悪いんじゃないですか?」


 激しい言い合いに騒ぎ疲れたのか、文句じみたことを口にしながら気怠けだるそうに机へと頬杖をついた。


 「これでも私だって、普通なら一発で殴り倒すような所をとっさに自制したんですよ?  今回はたまたま、相手がお偉いさんだったからこんな大事になっただけであって」


 ピンと立つ、白い人差し指。


 「骨も折れてないみたいですし、むしろ私の絶妙なさじ加減に感謝して欲しいくらいです!」


 「……ハア、頭が(いて)え」


 物騒な話を自信ありげに熱弁するアルベルを見ながら、腰を下ろしたトラヴィスは溜め息混じりに額を押さえる。


 「あのなぁ。そう怖いくらいに、すっぱりと物事を言うもんじゃない」


 更に深く刻まれた眉間の皺。どうやら、これは本当に頭が痛いらしい。


 「何事も真っ直ぐなのはお前の長所でもあり、短所でもあると昔から言ってきただろ。お前は、あと何回俺に同じセリフを言わせたら気が済むんだよ…………って、アルベル。言ってる側から何やってやがる?」


 指折りで何かを数えていたアルベルは、ビクッと首をすくめた。


 「それに今回は間も悪かった」


 咳払いの後、そう呟いたトラヴィスは腕を組み、再び溜め息をつく。


 「王女誕生祭当日。王女殿下のスピーチが終わった直後だったことが、かなりまずい」


 アルベルは恩師でもあるトラヴィスの話を聞きながら、バツが悪そうに頭を掻いた。


 「あー、やっぱりダメでした?」


 「…………筋金入りの阿呆なのか、お前?」


 危機感皆無の愛弟子(アルベル)に、もはやトラヴィスは呆れ返っていた。


 「今、アホって言いました? 絶対にアホって言いましたよね!? 可愛い教え子に向かって何てこと言うんですか、この老け顔鬼教官っ!」


 何か気に障ったのか、それとも溜まりにたまった鬱憤からか、アルベルはいつにも増してトラヴィスに突っ掛かる。


 「言って悪いか、このド阿呆! これでも俺は十分、譲歩してる方だぞ!? お前、今さりげに老け顔って言いやがったな?」


 「さあ?  聞き間違いじゃないですか?」


 どうやら本人もそのことは気にしているようだ。いずれにしても、二人の話が微妙にズレ始めていることだけは事実である。


 「まったく、冗談はここまでにしといてやる」


 どの辺りが冗談だったのかと思わず突っ込みたかったアルベルだったが、さすがにこの空気が読めないほど馬鹿ではない。


 「今回は厳重注意で済んだから良かったようなものの、最悪、徐名処分になってもおかしくない案件だったんだぞ」


 かけられる言葉は厳しかったものの、アルベルを見るヘーゼルの瞳は優しかった。


 「こんなくだらないことで、今までの努力を無駄にしたいわけじゃないだろ? あいつにも俺にも、余計な心配かけさせやがって」


「……すみませんでした、教官」

 

 さっきまでの生意気な態度と威勢の良さ嘘だったかのように、しゅんと押し黙るアルベル。そして、そんな彼女の頭を無骨な手でクシャクシャと荒っぽく撫でるトラヴィス。

 彼らの歳の差を考えると兄と妹、いや、父と娘といっても良さそうなその姿は見方さえ変えれば、微笑ましくも見える。


 「ま、とにかく上に出す始末書と報告書を書き上げて今日中に持って来い。いいか、絶対忘れずに持ってこいよ?」


 念入りに忠告したトラヴィスは用紙の束を突き付けた。それは見ただけでもかなりの厚みがあると分かる。


 「あのー、トラヴィス教官。まさか、これ全部とか言わないですよね?」


 「全部に決まってんだろうが。言っておくが、一枚でも書き損じてみろ。この俺が、お前の襟首掴んで上層部まで引きずって行くからな」


 アルベル自ら上に報告させるという意味だと思うが、言葉の端々にどこか脅迫に近いものを感じる。


 「わ…っ、分かりました。 これくらい、昇格試験と比べたらちょろいもんですよ!」


 「ほう、そいつは楽しみだ……なんて、そんなくだらない冗談言ってないで、さっさと寮に篭って書いて来い!!」


 「はいっ!!」


 慌てて用紙を受け取ったアルベルは、怒れる鬼神と化したトラヴィスのいる尋問室から脱兎のごとく飛び出していった。



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