喧嘩の理由 その1
「なんと……わたくし須藤祐毅15歳……」
「ォォォオオオオ!!!???」
「なになに~?」
「まさか?」
「言えよ早く!」
次の言葉を今か今かと待つ教室。その中心にいるのはクラスの人気者、須藤祐毅。
「B組の伊藤凛ちゃんと、付き合うことになりましたーー!!!」
「イェーーーイ!!!!」
「マジかよー!!?」
「スゲー」
「やるなーお前ー!」
大きな声でそう叫び、ガッツポーズをする須藤。須藤の言葉に一気に盛り上がる教室。それをクラスの端しっこから冷めたい目で見つめる僕。
強がってるかって?まあそうなのかもしれない。否定はしない。ただ、僕はそんなものには興味がないんだ。っていう態度を精一杯とっているだけなのかもしれない。でもだからといってあの輪の中には入ろうなんて思わない。そんな馬鹿馬鹿しいことで盛り上がれるほど、僕は子供じゃない。
「伊藤凛か………」
それでも心の中ではそう呟く自分がいた。にしても須藤の奴、すごい所にいったな。伊藤凛といえばこの学校のいや、この村のマドンナじゃないか。その名前を聞けば誰もがあの可愛い子かと頭に浮かべるこの村のマドンナが、クラスの人気者の須藤祐毅とカップルになったってことは、これは村中のビックニュースだぞ。
あ………いや………別に俺はそんなことどうでもいいんだけど……
教室の片隅で一人、無駄な強がりと戦う僕。そんなことには目も暮れず大盛り上がりの教室。主に男子達の歓声、喝采。少し離れたところでまるで私達はそんなことには興味ありませんよと装いながらもちゃっかりと聞き耳を立て、ひそひそと静かに盛り上がる女子。いつもの光景。三年間、何も変わらない。
都会から遠く離れた、誰も知らないような村がどんな話題で盛り上がっていようとそんなことは僕にはどうだっていいんだ。こんなちっぽけな教室に自分の居場所が見つからなくたって、そんなことはどうでもいいんだ。
クラスの人気者がこんな村のマドンナをゲット出来たからって、都会に行けばそんな子、何十人も何百人もいるんだ。
僕は大人になったらこんな何もないような村さっさと抜け出して、都会に行って自分の居場所を見つけてやるんだ。こんな一生誰にも知られず、まるで生きている意味のないような細々とした生活をこんな村で過ごすであろう奴等なんて僕にはどうだっていいんだ。
[キーンコーンカーンコーンカーンコーンキーンコーン]
帰りのチャイムが鳴る。さぁ帰ろう。今日も無意味な1日を過ごした。
この時期の中学校というのはほぼ来る意味がない。
高校受験も終わり、というかこんな田舎なら受験といってもこの村の高校は大美高校一つしかないのでほぼ義務教育の延長のようなものだが。
新たに中学で学ぶことなどなく、主にすることといえば進学への準備や中学の思い出作りだけだ。
本当は行きたくないが毎朝早起きしてまで送り迎えをしてくれる父ちゃんのことを思うと、そんな理由で休む訳にもいかない。第一母ちゃんが許さないだろう。
この日もいつも通り、この学校の、どの生徒よりも先に学校を出る。三年間、誰にも負けたことはない。
閑散とした門を抜けると、一台のバスと何台かの車を確認する。バスというのはスクールバスだ。しかし僕には関係ない。なぜならスクールバスは主に村全体を一周するように巡回するので村の中心部に位置する山の麓に住む僕たちはまるで無視されているかのような状態なのだ。
だからいつも父ちゃんが送り迎えをしてくれる。
僕と誠三を家に送る為だけに仕事を抜け出してわざわざ来てくれている。まあそうしないと僕たちも帰れないのだが。
他にも何台か車が停まっているのは大体僕たちと同じ理由だ。
不便だから仕方ない。
田舎ではこれだけで相手は納得する。
「どうしてうちにはバスが来ないんだ」
「しょうがないじゃないですか、不便なんですからー」
……だから田舎は嫌なんだよ。改善しようという努力が見られない。
まあ、そんなこと一介の中学生がどう言おうと関係ないけどね。
車に乗り込む。
「そろそろ卒業だな」
車中。誠三を待っているといつも寡黙な父ちゃんが珍しく話かけてきた。何か狙いがあるのだろうか。
「……そうだね……」
そっけなく返す。
「何か思い出とかあんのか?」
それはどういう意味だ?無いということを前提とした質問か?
「………うーん………あんまり……」
まあ、無いんだが。
「高校に入ったらもっと一生の思い出に残ることが出来るといいな」
「………そうだね………」
僕は呆れて独りでに笑みを作った。
急に話かけてきたからって何てこと無い、普通の父として息子に話かけてきただけじゃないか。それを僕は、何事かと無駄な警戒線を張って、馬鹿みたいに。駄目だ。人を信用出来なくなってきてる気がする。自ら独りになろうとしている気がする。こんな筈じゃなかったのに。今日は少し気分が優れないのだろうか。
何分ほど、10分くらいは待っただろうか。いや、もっとかもしれない。父ちゃんと二人きり、これ以上特に何の会話もないままずっと待っていた。アイツの帰りを。しばらくすると車の中にいるのに声が聞こえてくる。外の声だ。
ギャハハという汚い笑い、無駄に甲高い声、それらが入り雑じった雑音がこちらに近づいて来るのだ。チラッと目をやると、5~6人の男子生徒がこの車に向かって歩いてくる。そして車の前まで来るとその一団は解散するのかと思いきや、今度はそこに立ち止まり、何やらまた話をしているではないか。まるでこちらに見せつけるかのように。何だよ、何をそんなに話すことがあるんだ馬鹿野郎。こっちはどれだけ待っていると思っているんだ。
イライラを懸命に押さえつけつつ目の前の一団を睨み付けながら待っていると、やがてその一団は一人の生徒だけを残してまた学校の方に引き返して行った。
残された一人の生徒は名残惜しそうにその一団が離れて行くのを見守ると、くるっと振り向き、車のドアを開けて、陽気に乗り込んでくる。
「ゴメン、ゴメン、待った?」
あまりにも笑顔でまったく悪びれた様子もないその表情に僕の苛立ちがMAXに達する。
「あー、待った。かなり待った。もう少しでわざわざこっちまで来てんじゃねーよってあいつらにマジ切れするところだったよ」
「兄ちゃんが?ハハ、だからゴメンって。中々話が終わらなくてさ」
「何の?どうせくだらない話だろ?」
「そんなこと無いよ」
「中学一年生が話す内容なんて俺からしたら全部くだらないんだよ」
「何だよそれ」
弟、誠三を乗せ、車は走り出す。考えられるだろうか。つまりさっきの一団は、この誠三を見送るが為だけに、わざわざ自分達の乗るスクールバスを追い越してここまでやって来たのだ。そしてまた彼らはスクールバスに戻って行く。完全な無駄足だ。
なぜ彼らはそこまでしたのか。
それは誠三が僕とはまったく逆でクラスの超人気者の立ち位置に立っているからに違いない。
僕と誠三は中身がまるっきり違う。特にここ最近はそう思うことが強くなっている。
誠三が陽で僕が陰。誠三がポジティブシンキングで僕がネガティブ。誠三が小さなことはあまり気にしないタイプで、僕はどんな些細なことでもすぐ根に持つタイプ。誠三はみんなといることが好きで僕は一人が好き。誠三はみんなから好かれるタイプで僕はみんなから避けられるタイプ。誠三が光で僕は闇。誠三が………止めよう。
これ以上考えても僕が悲しくなるだけだ。自分で自分を責めることほど愚かで、悲しいことはない。兄弟というのはそういうものなのだ。どちらか一方がみんなから光を浴びる存在ならば、その影でひっそりと、もがき苦しみながらも、あいつが光を浴びているのならばと、割りきってやらなきゃならない。何もずっと影の中にいるという訳じゃない。今は誠三が光を浴びているけど大人になれば立場が逆転することだってあるんだ。その時までじっと耐えていればいい。
いつもそう考えるようにしている。あくまでも根拠のない持論だ。
「なあ、兄ちゃん!」
先ほどのちょっとした口論など、まるで無かったかのように誠三が僕に話しかけてくる。
「………何だよ………」
「……あのねー………俺ねー……」
僕の顔色を伺いながらコイツ………
そんなにお前の話なんか期待してないよ。どうせテストでいい点取ったとか、先生に誉められたとか、そんなもんだろ……。
「………コクられたんだよ………」
「………は?」
「俺さ、告られちゃって!!ねーどうすればいいかなー?」
「…………告られた?」
誠三の満面とした笑みが困惑した僕を見る。
完全に誠三が予想した通りの顔を、僕はしているに違いない。
「フッフッフー。ヤバイんだよ!やっぱり来てるんだよモテキがさ!ヤバイよマジでどうしよー」
興奮した誠三をよそに、我を取り戻した僕はわずかなため息をした。こいつもかと。
須藤といい、誠三といい、今日は何なんだ?
知らぬ間に僕の心に引っ掛かっていたものが、ひょっこりと顔を出す。
「ねー兄ちゃん聞きたい?誰に告白されたか聞きたい?教えてあげようか?」
「………別に………興味ないわ………」
「またまたー、本当はあるくせにー」
誠三が嫌らしい笑顔を見せる。
「ねーよ、なんで逆にあると思ったんだよ」
誠三が近寄ってくる。
「………っんだよ………」
僕は反射的に体を反らすが誠三は逃げるなとばかりに僕の肩を掴む。
「………強がんなって………」
うざい。耳元で囁いてきやがったこの野郎。
いつの間にか劣勢に立たされている気がする。
こんな奴に。
「別に強がってねぇし。本当に聞きたくないからいいって言ってんだよ」
「え!?いいの?愛する弟の恋愛事情知りたくないの?」
こいつ中一だよな。どこで覚えたそのしゃべり方。
「知りたい知りたくないじゃなくて興味がないって言ってんの!」
「えー!父ちゃんは?父ちゃんは知りたいよね?」
「………うん?………何がだ?」
「嘘!聞いてなかったの?」
「ハハ!そんなものなんだよお前の話なんか!」
よし!父ちゃんナイス!
「………なんだよ………隆一達と話してる時はめっちゃ盛り上がったのに………」
隆一というのはさっき誠三と共にスクールバスを通り越して車の前まで来た誠三大好き隊の一人だ。
「ふん、だって俺中一じゃねえーし。っていうか今の中一ってそんな話で盛り上がってんの?」
「何、中三は何の話で盛り上がってんだよ」
一緒だよ。とは言えなかった。第一僕は仲間にさえ入ってない。教室の隅っこでただじっと座っているだけだ。それに比べ誠三は教室の中心に立ち、友達も無駄に多くて、女の子からもモテモテで、例え兄弟とはいえ、何もこんなにも差をつけなくたっていいじゃないか………神様。
急に隣に座っている誠三が大きく見えて、ほんの数センチ手を動かせば掴める距離なのに、見えない壁が僕と誠三の間に張り巡らされているようで、こいつはお前とは違う世界に住んでいるんだ。そう言われているような気がしてならなかった。誠三が大きく見えるのか、僕が小さくなったのか、もう分からない。
「今日って母ちゃんもう家にいるの?」
話を変えたかった。もう正直に言う。聞きたくなかった。弟が告白された話なんて。本当は知りたいさ、誰に告白されたのか。そりゃ知らない子かもしれないよ。弟と同じクラスの子なんだから。でも知りたいじゃない。そんなの見に行くに決まってんじゃん、どんな奴かなぁーって。弟を好きになった奴はどんな顔してんのかなーって。クラスではどんな立ち位置にいる子なのかなーって。知りたいよ。知りたいけどさ。聞けば聞くほど自分の惨めさがさ、どんどん露呈していくんじゃないかって………
別に隠しているつもりはないし、自分でも分かってるけどさ………ほら……改めて現実を突き付けられるっていうかさ………嫌じゃん。他でもない、弟に現実を突き付けられるってさ。
おそらくここだろう。僕の心に引っ掛かっていたものが、全面に表れたのは。




