第六話「言ノ葉恵の奇行」
翌朝、ピンポンというインターホンの音が鳴った。
「来たか、」
俺は玄関に行くと、ドアの向こうで小さい子供の影があることを確認する。
言ノ葉だな。
そして、ドアを開けた。
「おはようございます、坂口さん!」
「ああ、おはよう」
ドアを開けた先にいたのは言ノ葉。高橋颯太の説得のために、昨日約束したのだ。半ば強制的だったが…有休取ったし…
「中入れ、寒いだろ」
「言われなくても入るつもりだったので大丈夫です!」
「外の方が良かったか?」
「ごめんなさい何でもないです」
どうでもいい話を終えたところで、言ノ葉は靴を脱ぐと、そそくさと家の中に入る。
「そんなに急がなくても、」
俺は言ノ葉に呆れを感じつつ、またしても海の記憶が思い浮かんだ。
そういえば、海も家に帰るとすぐ走ってリビングに行ってたよな…
「ほんと、言ノ葉は子供だな…」
リビングのソファーで寝転ぶ言ノ葉に、キッチンから問いかける。
「なんか温かいのいるか?」
「ココアが飲みたいかも、です」
「ココアな、分かった」
俺は棚の奥を探し、ココアの粉を取り出す。
「期限切れてるな…言ノ葉、すまんがコーヒーでいいか?」
「え〜…コーヒー飲めないんだけど…」
「ならコーヒー牛乳はいけるか?砂糖入れてやるから」
「まぁ…多分?」
多分か…まあ、いけるだろ。
やかんから水が沸騰する音が聞こえてくる。
ちょうどだな。
俺はIHに置いていたやかんを取ると、2つのマグカップにお湯を入れた。
リビングにコーヒーの匂いが立ち込めてくる。こうやって落ち着いてコーヒーを飲むのも随分久しぶりのことだ。このマグカップだって、いつから出してないんだ…?
「坂口さーん、遅いんだけど、」
数分しか経っていないのにも関わらず、痺れを切らした言ノ葉はキッチンまできた。
「遅くねえだろ。まだ10分も経ってないぞ」
「そんなの知らないし、」
「てか、いつの間にか敬語抜けてんぞ」
「え…?あ、ああ…ほんとだ」
本人も自覚がなかったのか、言ノ葉は少し驚いた顔をしていた。
「ま、もういいよね!」
「前提として初対面のときは敬語じゃなかっただろ」
「そうだっけ?」
って、そんなくだらない話はどうでもいいんだよ。
「ほら、リビングで本題に入るぞ」
「あ、そうだった」
俺達はリビングの椅子に向かい合うようにして座る。
すると、言ノ葉が先に話を始めた。
「まず、颯太さんから話を聞くには信頼を得る必要があると思うんだよね〜」
言ノ葉はそう言うと、自信ありげな顔で机に体を乗り出した。
どれだけ良い案がくるんだ…言ノ葉の性格上、あまり期待はしていないが…それでもこれだけの自信なんだ。きっと良いのがくるだろうーー
ーー「だからさ!演技してみようと思うんだよ!坂口さんと颯太さんがとりあえずなんかしてて、それで颯太さんが困った状況になったら、私がそれを助ける!!どう?完璧な作戦でしょ?」
今にも「私、ほんと天才!」なんて言いそうなくらいのドヤ顔を言ノ葉はかまして、こちらを見つめてくる。
「…アホか、お前」
期待した俺が馬鹿だった。
俺は頭を抱えながら、ため息を吐く。
「あのなぁ…俺らでそんなこと出来ると思うか?まず、具体的には決まってるのか?」
言ノ葉はその問いに対し、下を向いて黙り込んだ。
「やっぱり考えてなかったんだろ…たく…」
困った顔をする俺を見て言ノ葉は、貧乏揺すりを始めた。
なんで腹立ってんだよ…こっちが腹立つわ…
言ノ葉は両手を机にバン!!と叩きつけ、叫んだ。
「あーも!!面倒くさい!!作戦とかもういいよ!!とりあえず颯太さんのとこ行こうよ!!」
ーーもう駄目だろ…これ…
またしても、あの川沿いを歩く。
今回は朝というのもあり、ウォーキングや犬の散歩をしている人が何人もいる。
「なあ、人いるけど、どうすんだ?霊とか他の人に見えてないとしたらヤバい人にならないか?」
「細かいことは気にしなくていいと思うよ!っていうか今さらでしょ!」
「それはどういうことだ」
「だって坂口さんが常識人なわけ…くすっ」
言ノ葉は冗談交じりにそう言って笑い始めた。
「あのなあ…」
たしかに思い当たる節はあるが…
例えば身なり整えてなかったりとか、急に叫んだりとか…
「まぁ、その話は置いとこう。で、颯太はまずいるのか?ここに」
「いると思うよ。結構前からずっとここにいるからね」
「結構前…?それって、どれくらい前のことなんだ?」
「4年くらい前からかな?」
「4年前から…?」
4年前…てか言ノ葉はなんでこの4年間何もしてないんだ…?
「ねえ、あれ」
言ノ葉が指をさした。
指さす方を見てみるとそこにいたのは颯太。しかし、颯太の様子がおかしい。
「なんであいつ隠れてんだ」
颯太はなぜか寝そべり茂みに隠れている。
まてよ…あいつ…なんか女子高生見てないか?
俺は気づいてしまった。颯太が隠れながら何かを見つめるその視線の先に、女子高生が3人いることに…!!
「へ、変態だ…」
てか、なんであれでバレな…まてよ…あいつそういえば…霊じゃねえか…!!
俺の言葉で気づいたのか、言ノ葉がニヤニヤと笑みを溢した。
「坂口さん、私ちょっと見てきますね、」
「おま、ちょ、」
言ノ葉はニヤけたその顔のまま、走って颯太の方へと向かった。
何してんだ…さすがにド直球すぎるだろ…
その後をついていくように俺もゆっくりと颯太の方へ向かった。
「颯太、その、よ、よお…」
気まずい気持ちを抑えながら、とりあえずあいさつ…
「お前ら、また来たのか…だから未練についてはーー」
そう言おうとした矢先、颯太は話を辞めた。
自分の状況に気づいたか…
颯太の顔は遠目からでも分かるほどに赤くなっている。
そして、その顔で颯太は必死に言い訳を始めた。
「こ、これは違う!女子高生を見ていたんじゃない、俺は妹をだな…」
「妹?」
「しまっーー」
その瞬間、言ノ葉が割り込むように話を始めた。
「なるほど妹!それが貴方の未練に関係してるんですね!!」
颯太は頭をむしりながら、舌打ちをした。
「くそ…バレたか…」
そして、諦めたかのように颯太は話を始めた。
「そうだよ、俺の未練は妹だ。でもな、それ以上は言わねえ。だから余計なことはすんなよ…まぁ、状況も分かんねえのに変なことはしないと思うが…」
言ノ葉のことだ…絶対なんかやるんだろうな…例えば率直に話しかけたりだとか…
あれ…?言ノ葉は…?
先程まで横にいた言ノ葉がいなくなっていた。
まさか…?
俺はすぐに女子高生の方へ振り返る。
しかし、そのときにはもう遅かった。
ーー「ねえ、お姉さん達、お兄ちゃんとこいるんですか?」
その質問に対し、女子高生達はもちろんのごとく、戸惑っている。
そりゃそうだろ…
「すみません!、私の娘なんです。ご迷惑をおかけしてしまいました!ほんとにすみません!ほら、ことのは…恵、謝りなさい」
俺は言ノ葉の頭を掴むと強制的に頭を下げさせた。
「すみませんでした!」
状況を掴んだのか、言ノ葉もすぐに謝った。
謝る俺達に女子高生達は、顔を見合わせると、こちらに「いえ、いーんです!」と一言言ってくれた。
ほんとに悪いことしてしまった…
すると、一人の女子高生が言ノ葉の身長に合わせ、少ししゃがんだ。
「恵ちゃん?お兄ちゃんがいるかどうか、だったよね。私にはお兄ちゃんいるよ!」
言ノ葉はほんとに質問に答えてくれたのが予想外だったのか、自分でも驚いた顔をしている。それとこっち見てくる。まじで辞めろ。
そして、言ノ葉は任せろという意味なのか、左手で小さくグッドとして俺に見せてきた。
「お姉さんのお兄ちゃんって、どんな人なんですか?」
「どんな人、か。うーん…凄く優しい人だよ!いつもそばにいてくれてね。本当に頼りになるお兄ちゃんなんだ!」
「へー、お姉さん、質問聞いてくれてありがとう!!」
「いいよいいよ!」
お姉さんは微笑みながら、「じゃあね」と一言言って、他の女子高生とまた川沿いを歩いていった。
女子高生達が結構遠くまで行った頃、言ノ葉は自慢げにこちらを見て頬をかく。
「…言ノ葉、一つ言うが、なんの手柄にもなってないぞ…しかも何も得られてないし…お前、ほんと邪魔しかしてないよ…」
それに乗っかってくるように颯太も話し始めた。
「まったくその通りだ…!と言いたいところだがーー」
ーー「お前、必要になったわ」




