第五話「言ノ葉恵の証明」
…くそ、くそ…
さっきから何度も何度も…いい加減出ていけよ…なんで、なんでお前はーー
ーー…あれ?なんでお前は…そこまでするんだ…?
よくよく考えれば、俺と言ノ葉は初対面、ましてや海となんてあったことすらないはずだ…それなのにそこまでする理由はなんだ…?
まさか…これは言ノ葉の、ただの優しさなのか?いや、そんなわけ…でも、だととすれば俺は…最低…なんじゃないか…?
さっきから何回も、何回も言ノ葉に暴言を吐き続けて…俺…いや、でも俺は、悪くない…よな?だって、ついてくるあいつが、、、いや…でも…
ーー「…くそ…言ノ葉…負けだ負け…負けたよ…分かった…お前を信じてやるよ。でも、一度だけだ。、一度で俺を、霊がいると信じさせろ」
無意識だった。俺はいつの間にか、言ノ葉にそんなことを言っていた。。
…もういい…さっきから俺、何馬鹿みたいに一人で怒ってんだよ…もういいだろ…こんなの対したことじゃないじゃねえかよ。子供のことじゃないか…ほんと…何考えてんだ…
ふと、言ノ葉と出会ったときのことを思い出した。
そういえばあのとき、俺は海との再会を素直に喜べていなかった。ただ感情に任せて行動をしただけで、何も考えてなかった。
俺は…海にキレてたのか…?まだ言ノ葉と分かっていなかったとき…まだ海と信じていたとき…それなのに俺はーー
ーー俺…最低だ…
ーー「なあ…そろそろ泣き止んでくれないか…?」
ティッシュを山のように積み上げて、それでもまだ泣き続ける言ノ葉。
さすがに泣きすぎだ…
「だっで…坂口さん…が、私を…信じて…」
「まだ信じてはいない」
「…え?」
また言ノ葉の顔が崩れそうになる。
「まっまて、だから早く泣き止んで俺を信じさせろって言ってんだ。分かるか!?」
「わ、分かってますよ!それぐらいは!!」
…こいつ面倒くさ
それから数分後、ついに泣き止んだのか、最後のティッシュで鼻水を全て出し切り、ティッシュの山の一番天辺に乗せた。
「一箱、、、ティッシュも高いんだぞ…」
「そ、それはいいとしてですね…今度こそちゃんと証明して見せるので、ついてきてください!!」
言ノ葉は泣き止んだばかりで目元の赤いその顔で、威勢よくそう言った。
「じゃあ…行くか、」
体が軽い。
先程とは違い、今の俺はどこか、心に余裕を感じていた。
「一応ライト持っていっとくか…」
つい数時間前に歩いた川沿いをまた歩く。
「すっかり暗くなっちゃいましたね」
「まあ、秋だからな」
「秋…ですか…」
「なあ、化けるって言ってたけどさ。なんでお前は化けられるんだ?てか、そろそろ海の姿辞めてくれないか?こっちもなんか気持ち悪いんだよ。海と全然違う口調で話してる海の姿を見るなんてさ」
言ノ葉の顔が険しくなった。
「嫌です。私は海ちゃんの姿のままでいます。口調が気になるならさっきみたいに子供っぽく話すので大丈夫です」
さっきって…ああ…敬語になる前のか…
「言ノ葉」
「はい?」
「全然子供らしくなかったぞ。さっきの」
「んな…!?」
言ノ葉は少し固まった。
「な、なら、どうすれば子供っぽくなるんですか!!お手本見せてくださいよ!!」
「な、なんで俺が…」
口調以外はほんとにガキじゃねぇか…
そのとき、自然と顔がニヤけていた。
思えば、こんなに普通に笑ったのはいつぶりのことだろうか…?ふと、そんなことが頭によぎった。
この川沿い…そういえば一度海と歩いたよな。あのときは夕方だったな。たしか赤とんぼがすげぇ飛んでたんだよ。それで、それで…
「坂口さん?」
「え?」
「い、いえ、急に黙り込んだので…」
「あ、ああすまない、なんでもないんだ」
今さら思い出してもしょうがないだろ馬鹿。
「あ、そろそろですよ」
「お、おう…そうか」
そろそろ…か。
ーーとは言ったものの、心霊スポットだとかそういう雰囲気の場所やものは一切見当たらない。それどころかここはまだ普通の川沿い。何もない川沿いだ。それなのに霊がいる…?
「あ、いた」
言ノ葉が呟いた。
俺はすぐに視線を向けた。
しかし、そこには霊なんてものはいない。
いるとすれば、高校生くらいの男が一人いるだけ。それ以外には誰もいない。
「どこにいるんだ。どこにもいないじゃないか」
やっぱり言ノ葉は嘘をついて…
「あの人だよ」
そう言って言ノ葉は指を指した。
「お、おい、お前失礼だろ!何してーー」
ーー「あ"?」
指をさされたのに気づいた男子高校生は、こちらに鋭い視線を向けた。
くそ…だから言ったのに…
「お前ら…なんで俺が見えてる…?」
「…は?」
見えてる…?いや、普通見えるだろ。そんなの霊でもあるまいのに…
「まさか、ほんとにこの人が霊なのか!?」
「だからそうだって言ったじゃないですか…」
目を細めながら不満げに言ノ葉は俺を下から覗く。
「いや…普通に考えて…」
まぁ…海の姿してる時点で普通じゃないんだが…
「おい無視すんな。なんで見えてんのか聞いてんだよ。おっさん」
「…そんなの俺も知らねぇよ!」
マジでなんなんだ。
俺は言ノ葉に視線を向けた。
「えーと…なんて言えばいいんでしょうか…まあ、私の見えてる世界が坂口さんにも"見えるようになった"みたいな感じです」
「なるほど、分からん」
「正直私も分かってないんですよね…」
「…そうか」
なんだ…この空気。
辺りからは川沿いというのもあり、虫の声が響いている。照明は一つもなく、俺の持っていたライトだけが頼りの状態だ。風はそこまで強くない。しかし夜というのもあって、昼以上に寒い。
「言ノ葉、分かったから帰ろうぜ。寒いんだよほんと」
「まだ本題にも入ってないんだから駄目だよ、坂口さん」
「本題…?」
「言ったでしょ。私はーー"除霊師"だって」
その言葉を聞いた途端、男子高校生の目つきが絶望に変わった。
「な、なんだよ…じゃ、じゃあ、俺のこと祓いに来たってことかよ…俺はなんもしてない…だ、だから、待ってくれ!」
男子高校生は言い訳をするように震える声でそう言った。
「ちょっと待って、勘違いしないでよ。別に私は祓いに来た訳じゃないんだから」
「じゃあ何だって言うんだよ!!」
必死に叫ぶ男子高校生を見るやいなや、言ノ葉は呆れた顔で言った。
「未練、あるんでしょ?お兄さん。その解決のお手伝いをしてあげるってことですよ」
「未練の…解決…」
男子高校生は下を向き、前髪をむしる。
「そんなのいらねえ。なんでわざわざ知らないやつに未練を話す必要がある。俺は真っ平ごめんだね、」
「別に未練を笑ったりするわけでもないんだし…未練の言うことの何が嫌なんですか?解決出来る可能性が上がるんですよ?」
言ノ葉の言葉を聞く限り、男子高校生が本当に拒む理由を理解していないようだ。
あいつ、何も分かってない…
人って言うのは言いたくないことがあるもんだ。それは信用している人にすら言えないことだってある。これに関しては信用動向の話じゃない。これは颯太の、プライドの問題だ。
「おい、言ノ葉。本人が嫌だって言ってんだ。無理に強要する必要はないだろう。辞めてやれ」
「除霊やったことない人が知ったかぶりしないでください!!」
「な、なんだとこら!!」
このガキ…しばいてやろうか…くそ…なんで海の姿なんだよ…もしも違うかったら…
「言ノ葉…覚えてろよ…」
「ひゃ…ひゃい…」
「えっと、、、何ていうんだ?」
「高橋颯太だ。高校2年17歳。これでいいか?」
「ああ。ありがとう。えっと…じゃあ颯太。さっきから言ノ葉が悪かったな。迷惑かけた。すまん」
「ほんと、迷惑極まりねえよ」
「ほら、言ノ葉、いくぞ」
俺はそのまま言ノ葉の腕を掴むと、引っ張りながら道を引き返した。
「ちょ、ま、まって、辞めてよ!ちょ、坂口さん!!」
「うるせえ、黙って言うこと聞いてろ…」
「そ、そんな…酷い!!私まだ子供なのに!!」
「見た目はそうかもしれんが、明らかに中身はもっと大人だろうが!」
「私、そんなに大人に見える…?」
ーー「すまん。前言撤回、言ノ葉ーーお前はまだ子供だ。それも可愛い子供じゃなく"迷惑な"だけどな…」
言ノ葉を引っ張りながら歩いていると、ついに川沿いを抜け、家の住宅地まで入ってきた。
今思うと、なんで颯太を当たり前に霊って飲み込めてたんだ…ほんと…俺の頭おかしくなったのかよ…
「ああ…頭が混乱する…!」
ふと、後ろの言ノ葉を覗く。
んな…なんでこっち見てんだよ…
「ジー」
「口で言わんでいい」
言ノ葉はふんと鼻息をつくと、少し歩くペースを速め、俺の真横まで来た。
「ねえ、明日も颯太さんのとこ行くからね。だから坂口さんもちゃんとついてきてね」
こいつの性格上、ここで断ったとしてもきっと行くと言うまでついてくるだろう。だとすれば…
「はぁ…分かったよ」
「よし!!」
そんな感じでいつの間にか俺は、言ノ葉の未練解決を手伝うこととなっていた。まったく、なんでこうなった。霊の証明じゃなかったのかよ…というか海はどこに…くそ…考えることが多すぎる。とにかく海のことが分からない以上、言ノ葉の言うことを聞き続けるしかないよなぁ…
…それに、高橋颯太か、、、一体どんな未練を残しているんだ?
まぁ…とにかく、現状はただ、やれることをやろう。少しでも、海に顔向けできるように…
ーーそう決断したとき、なんとなく俺は、時間の針が進んだような、そんな気がした。




