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ドッペルゲンガーは死んでいる  作者: アオトユリ
第一章「高橋颯太」
4/13

第四話「その日、ドッペルゲンガーは現れた」

 真っ昼間の街中を何も考えずにふらふらと歩き続ける。

 たまたま仕事が早く終わった。普通であれば嬉しい出来事だ。しかし俺は、1ミリたりとも嬉しいとは思えなかった。家に帰ったところで何もない。暇をつぶす場所もどこもない。パチ屋でも行こうと思ったが、財布を見れば金もない。

 「くそ…」

 秋風が体にしみる。

 俺の薄っぺらいスーツでは、秋の肌寒い程度の風ですら守ることが出来ない。

 ほんと、なんもねぇ…

 ふと、空を見上げると綺麗な秋空が広がっていた。

 綺麗だ…

 昔の俺なら、「家に籠るなんて勿体ない」などと言いながら、どこかへ出かけるのだろうか。ほんと…馬鹿馬鹿しい…

 周りからは人の声がガヤガヤと聞こえてくる。昼間だと言うのに、こんなに人が多いものなのか。今日は火曜日、平日だ。なのにこれだけの人…ほんと、暇かよ…。

 数歩歩けば何人も通り過ぎる、それほどの数だった。

 「はぁ…」

 やっぱり人混みは疲れる…

 どこか休憩できるところは…

 そんなとき、近くにベンチがあるのを見つけた。

 あそこにするか…

 俺は横に鞄を置くとベンチに座り込む。

 「たしか、この中に…」

 会社で買った缶コーヒーを鞄から取り出す。そして、蓋を開け、一口。

 冷たい。

 ホットを買ったはずなんだけどな…。

 まあ、こんな寒いんだ…そりゃあ冷えるよな。

 「ほんと、ついてねぇ…」

 

 

ーー「どうして?」


 近くから、急にそんな声が聞こえた。


ーーその瞬間、俺の体は、固まった。

 

 一気に胸の鼓動が高まる。 

ーードッドッドッ…

 気付けば、鼓動の音以外、何も聞こえなくなっていた。

 な、なんで…この声が…


 その声は、この場所にいないはずの声だった。いてはいけない声だった。

 そう…その声は…

 

 「海!!」


 俺は叫び、振り返った。

 


ーー目を見開いた。



 俺の目に映ったのは死んだはずの娘の姿だった。幼く可愛らしい顔、サラサラとした長い髪、成長していない小さな体。

 

 同じなのは声だけじゃない。その少女は全部が同じだ。俺の娘ーー海と…。

 

ーーバサッ!!


 気付けば、勢いよく抱き着いていた。

 脳よりも先に体が動いた。

 柔らかい感触、心地よい匂い、その温かく優しい体温。その全てがあのときと同じ。

 間違いない…海だ…

 「海…海…!」

 自然と涙が溢れてくる。

 無意識に俺は、離さないようにさらに強く抱き締めた。

 もう離したくない…もう、離れたくない…

 俺はもう海をーー

 

 

 

 「ま、まって、私は海じゃないよ!」 

 そのとき、海の口からそんな一言が放たれた。

 

ーー「…は?」


 何を言ってるんだ?

 「う、海、冗談は辞めてくれよ…なぁ、久しぶりだからってそれはないだろ?分かるだろ?俺…、お父さん、今、泣いてるんだ…」

 俺は海に呼びかけた。しかしそう言ってから、海は黙り込み、何も話さなくなった。

 …海なんだよな…?だってたしかに海…昔と何も変わらない、そのままの…

 俺のこと…忘れたのかよ…それはないだろ…だって…ようやくまた会えて…それで…

 …ふざけるな、こんな結末…ふざけるなよ!!

 「なんか言えよ!!なぁ?海なんだろ!海って言えよ!!冗談だったって言えよ!!」

 

 

 

ーー「なあ…お前は…誰なんだ…?」

  

 

 俺がそう言った瞬間、ついに海は口を開いた。

 「あの…その前にさ…離してよ…」

 海はそう言うと、抱き着いたまま離さない俺の腕を押しのけるようにして離す。

 

 そして少女は迷ったように少し考えると、また一つ、口を開いた。

 

 「私の名前は言ノ葉恵。除霊師だよ。えっと…それと…何から話そうか…まずは…まぁ、この姿のことだよね。」

 海ーーではない、言ノ葉恵と名乗るその少女は軽い口調でそう自己紹介をした。

 

「言ノ葉恵…?除霊師…?この姿…?ふざけるな…何を言ってるんだ…?お前は海だろ?ふざけるのも大概にしろ!!お前は…お前は!!」

 言ノ葉の体が一度ビクリと動いた。

 「び、びっくりさせないでよ。ほ、ほら、ここ…街中だし、、、」

 

 街中…?

 

 周りを見ると、何人もの人が野次馬のように集まり、こちらに視線を向けていた。

 「…なんだお前ら…こっち見てんじゃねえ!!」

 くそ…ふざけやがって…何見てやがる…俺は今何か悪いことをしたか?してないだろ…?なのになんでそんな目で俺を見る…辞めろ…辞めろ…辞めーー

 

ーー「ね、ねぇ、違うところで話そうよ。出来れば家とか、いけるかな?」

  …違うところ?たしかに…こんな話をこんな奴らの前でするもんじゃねぇよな…

 「…分かった。ついてこい」


ーー俺はこいつを離すわけにはいけない…絶対にだ…



 服は脱ぎ捨てたまま、床にはゴミが散らばっていて、清潔感など1ミリもない。とても人をあげられる状態ではない。そんなリビングにこいつをあげた。

 「汚いけど我慢しろ」

 「うん…一つ言うけど私、文句言うほど図々しくはないからね!?」 

 「…とりあえず、早く椅子座れ」

 「…分かった」

 胸のざわめきが止まらない。

 早くこいつに聞かなければ…

 「まず、お前はなんで海の姿をしてる!!第一お前の目的はなんだ!!お前は!」

 「ま、まって、一つずつ話させてよ。そんな一遍には話せないから!」

 こいつ…今の状況分かってんのか…?

 言ノ葉は人差し指をくるくると回しながら考え始めた。

 数秒経ったころ、ついに口を開いた。

「まずね、この姿は簡単に言えば、化けてるとでも言うのかな…?まぁ、そんな感じ。それと目的…だったかな。目的は単純で、坂口さん。貴方をおびき寄せるためだよ」

 「俺を…おびき寄せる?」

 何を言い始めたかと思えば…おびき寄せる…だと?

 「おびき寄せるって、なーー」

「なんのためにか、だよね。それはね、海ちゃんがこの世界に残っているからだよ」

  この世界に残っている…?

  「それはなんだ。まさか未練が残ってて、なんて馬鹿なこと言わないだろうな」

  醜いとも言える顔で笑った。なんでこの状況で笑ってるのか、自分でさえ分からない。    

  「その通り!!よく分かったね!!」

  その通り…だと?つまり、ほんとに海はこの世界で…そんなことあるわけ…

  「まぁ…そんなこと言っても信用できないよね。だからとりあえず、私についてきてよ。それで分かるはずだよ」

  「分かるって…何が…」



ーー「もちろん、霊って言うのが実在するってことをだよ」


 

 

 言ノ葉がそう言ってから数十分、家を出て、ただひたすらに川沿いを歩き続けている。これになんの意味があるんだ?

 やっぱり、霊なんていないんじゃないか。 

 こいつはただ、俺のことを遊びの道具に使ってるだけだ。くそ…遊ばれただけじゃねぇかよ…俺…

 こんなガキの言う事聞いて、黙ってついていって…そんなことして俺は何を求めてんだ!!くそ、くそ…!!

 帰ろう…こんな無駄なことして…

ーー俺は立ち止まった。

 「言ノ葉、もうお前の遊びには付き合ってられない。帰らせてもらう」

 「え、ちょ、ちょっと、まっ、まってよ!」

 必死に俺を止めようと、言ノ葉は何度も俺を呼びかけ、挙句の果て、俺の腕を掴んできた。

 「う、海…あ、、、は、離せ!!」

 くそ…一瞬、海と重なった…

 なんで…なんでなんだよ…

 「なんでお前はそこまで!!」

 言ノ葉の掴む手を勢いよく振り切り、押し倒した。

 そしてそのまま、俺は走ってその場を離れた。

 

 

 静寂に包まれたリビングで一人、何度も頭をむしる。 

 飛んだ茶番だった。くそ…あんな子供騙しに付き合ったのが間違いだった。

 ほんと、俺、アホかよ…

 無性にいら立ちがこみ上げてくる。

 

ーードン!!


 「くっそ…!!」

 机を叩く。

 「はぁ…はぁ…」

 ふと時計を見ると、針はまだ、午後3時半を刺している。

 まだ昼…

 俺はソファーに座り込み、貧乏揺すりをして前髪を強く掴んだ。

 「…あいつはなんなんだ…あいつは…」

 あいつは!!

 

ーードン!!


 気付けば、壁に拳をぶつけていた。

 「いった…!痛い痛い痛い…」

 指の関節あたりから赤い液体が零れ落ちた。

 「血…」

 なんで血なんて…なんで、なんでなんで…

 なんで…

 海…?言ノ葉…?なんだよそれ…聞いてねえよ…聞いたことねえよ…海が生き返ったと思ったら、化けてるだけ…?は?なんだよそれ…もういい…もう…もう…

 ソファーに顔を埋め、うずくまる。

 

ーードン、ドン、ドン、ドン、ドン…


 何度も何度も何度も何度も、ソファー叩きつけた。気が済むまで何度でも…

 

ーーこのいら立ちが止まるまで何度でも…

 気付けば、そのまま俺は…寝ていた。

 

 


ーー「坂口さん!起きて、起きてくださーい!!」

 「あ、ああ?」

 ぼやけた目でうっすら覗く。

 「起きましたか?」

 「う、うわっ!!こ、言ノ葉!?」

 すぐ目の前にしゃがんで俺を覗く言ノ葉がいた。

 「鍵開いてましたよ。ほんと、気をつけないと不審者が入ってきちゃいますよ!?」

 「ふ、不審者って…お前…」

 な、なんなんだほんとにこいつ…!!

 「で、出てけ!!通報するぞ!!」

 「そ、それはやめてください!!…ってそうじゃないくて!!霊がいたから、今度こそついてきてください!!坂口さん!!」

 「は、はあ?お前…まだその話してたのか…?、さっきも言っただろ…遊びはもう終わりだ。とっとと消えろ…」

 「いやです!」

 「…なんでお前は…なんでお前はそこまで俺に執着するんだ!!いい加減迷惑なんだよこっちは!!そんなことも分かんねえのか!!」

 気付けば、言ノ葉を強く怒鳴りつけていた。

 すると、言ノ葉は黙り込んだ。

 「な、なんだ、分かったか…?まあ…ガキだしな、怖くて泣きたくなったか?ふっふふふふ、ざまぁみろよ!!大人を舐めたお前が悪いんだ!!分かっただろ?なぁ、だから、早く出ていけよ、早く…早く!!」

 俺が追い討ちをかけると、言ノ葉は本格的に泣き始めた。

 …いい気味だ…ふ、ふふ…!

 しかし、俺の考えとは裏腹を返事を、言ノ葉は言ってきた。

 「…そんなの…そんなの海ちゃんを助けたいからに決まってるじゃないですか!!もう…どうして分かってくれないんですか!!!」

 「そんなの分からないに決まってるだろ!! 海に似たガキが突然話しかけてきて、急に除霊やら未練やら…そんなの分かるわけがないだろうが!!」

 「…それでもきてもらいます!!…信じてもらいます!!海ちゃんを私は…私は…助けたいんです!!」

 …なんなんだよ…こいつ…早く食い下がれよ…黙って泣いて…ビビって帰れよ…さっきから鬱陶しいんだよ…なんでその顔で泣くんだよ…なんで泣き顔まで、泣き声まで…海と同じになるんだよ…ふざけるな…ふざけるなよ…くそ…くそ…くそ、、、



ーーそのとき、家の中はただひたすらに言ノ葉の泣き声だけが響いていた。 

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