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ドッペルゲンガーは死んでいる  作者: アオトユリ
坂口龍とプロローグ
3/12

第三話「坂口龍は息を止めた」

 早朝、ついにキャンプの日はやってきた。

 玄関のドアを開けると、家の前には迎えに来た山田さんの車が止まっている。

 「海?愛香ちゃんきたぞ」

 「うん、ま、まって」

 海は急いで靴を履く。

 「そんなに焦らなくても、」

 「待たせたらだめだし」

 海は靴を履き終えると、すぐに外へと飛び出した。

 外はいつも以上に雪が積もっていて、上着を着ているのに、体は凍り付くように寒い。早朝というのもあり、辺りは静かで車のエンジンだけが響いていた。

 「山田さん、今日から宜しくお願いします。これ良かったら、」

 俺は山田さんにちょっとしたお菓子を渡す。

 「あ、すみません、ありがとうごさいます」

 「いえいえ、」

 俺が話している間に海は、車に一足早く乗っていた。

 「海、気をつけてな」

 海に面倒くさがられても嫌なので、その場で一言。

 「うん、いってくる!」

 「おう!いってこい!」

 山田さんも車に乗り込むとこちらに一度頭を下げる。

 そして、ついにキャンプへと出発した。 

 車が見えなくなるまで、ひたすらに手を振る。

 

「行ったか…」

 空を見上げ、一度白い息を吐いた。

 寒い…

 「中入るか…」

 そうして俺は、家の中へと入った。

 

 ふと考える。

 こんなに静かだっただろうか。家の中は物音一つない、そんな不穏にも思える静かさ。 海の声も、足音も、布団の寝返りをうつ音も、何も聞こえない。それはまるで誰も住んでいない空っぽの家のように…

 「…こんなに静かになるもんなんだな」

 リビングの机に置いた食べかけのパンを手に取った。

 たまにはこんな雰囲気も悪くないか、、、

 そう思いつつも、どこか心の奥で脅かされているような不安感が実っていた。

 「仕事行くか…」

 普段であれば海と朝ご飯を食べたりする時間、しかし今日は海がいない。

 何もすることのない俺は、いつもより早く仕事の準備を始めた。

 「ふん…」

 鼻息を一つして、靴を履く。いつもなら海と一緒に出る玄関。しかし、これも一人。 

 「新鮮だ…」

 玄関を出ると、また一つ、独り言を呟く。 

 仕事、行かないとな、、、


 

ーー出勤してから結構な時間が過ぎた。

 海は今、何をしているだろうか…

 仕事中、ただそれだけを考える。

 

 今は…昼飯を作り始める頃か…?いや、まだ早いか…うーん…まぁ、楽しくやってんだろ!

 ふと、オフィスの時計を見ると、針は昼休みの始まる一分前を刺していた。

 そろそろ昼休憩か…何食べようか、、、いつもなら適当にコンビニで済ますところだが…今日は店でも行ってみるか。

 …海、何か連絡きてないかな…

 それとなくポケットからスマホを取り出した。

 なんだこれ…山田さん…? 

 一気に胸の鼓動が高鳴った。

 スマホのロック画面を見ると、そこには不在着信の文字がズラリと並んでいる。

 何かあったのか?海に何か?いやそんなわけ…変なことを考えるのはよそう。きっと海が忘れ物でもしたんだろう…それで、うん、そうだよな…!

 前髪を摘む。

 「ふぅ…」

 

 そして、俺は着信ボタンを押した。


 「もしもし?山田さーー」

 「海ちゃんが…!!海ちゃ…」

 電話が繋がった瞬間、俺の耳に届いたのは、「海ちゃんが…」とただひたすらに言って泣き続ける山田さんの声だった。

 「山田さん一度落ち着いて!!海に何かありましたか?それとも海が何か悪いことを?海に、海に何があったんですか…?」

「海ちゃんが…、海ちゃんが…川に落ち、て…その、まま…海ちゃ…」

 

ーーその日、俺の娘は死んだ。 

 

 電話の後、すぐに病院へと向かった。きっとまだ生きている。何かの間違いだろうと信じてーー

 

 震える手を必死に抑えながら病院の入り口を跨ぐ。

 そして、海のいる部屋に急いで駆けつけた。

 「…?」

 部屋の入り口に書いていた文字を見て俺は全てを察した。


ーー霊安室


 そして、俺は医師の言われるがままに霊安室へと足を踏み入れた。 

 

 俺は


 ただ"それ"を見つめた。

 

 ピクリとも動かないその体を。目を閉じたまま笑顔を見せないその顔を。触らなくとも分かる冷たく白い肌を。


 「ーー」

 少しして、横にいる医師が何かを話し始めた。しかし、聞こえない。俺の耳からは、ただキーンと言う、耳障りな音だけが聞こえていた。

 「なんだよ…これ…」

 「さ、坂口さん…?何処に行かれるんですか!?」

 気付けば、逃げるようにして霊安室を出ていた。


 目の前の椅子で山田さんと愛華ちゃんが座っていた。

 下を向いて泣き続ける山田さんに愛華ちゃんは、肩を揺らし海のことを聞き続けている。

 そのとき、俺に海が死んだと言う現実を叩きつけられているような、そんな感覚が走った。

 顔が歪む。

 すぐに道を引き返し、違う通路を抜けた。  

そしてそのまま、早歩きで病院を後にした。

 

 

 次の日、山田さんと落ち合うこととなった。

 「坂口さん…海ちゃんのこと…私が…ちゃんと…ちゃんと…していれば…本当に…本当に…」

 「…俺が悪いんです。俺がもっと海に言っておけば、注意しておけば…」

 「本当にすみませんでした…!!」


ーーその日、俺は山田さんと目を合わせることはなかった。

 

 ただ謝り続ける山田さんの声を聞くだけ、それ以外に何かしたわけでもなく、その時間は一瞬のように過ぎていった。


 数日後、葬式が行われた。

 葬式では何人もの人が来た。そして、何人もの人と話をした。しかし、何を話したのか、誰と話したのかは何も思い出せなかった。

 

 そして、葬式も気付けば終わっていた。


 

 海が死んでから何日経ったのだろうか。そろそろこの生活にも慣れてきた。

 朝起きて、コンビニ弁当の余り物を口に含む。そして服を着て仕事へ向かう。その繰り返し。気にかけてくれていた会社の人達も、俺に近寄りすらしなくなった。それどころか、仕事の出来なくなる俺を拒絶するようような、そんな視線を浴びることの方が多くなっていった。


 ある日、おふくろと親父が俺の家に来た。   

 「龍?ご飯は食べてる?辛い気持ちは分かる けど、自分のことも考えないと…」

 おふくろが米とダンボールいっぱいの野菜を詰めて俺に渡す。

 「龍、お母さんは龍のことをちゃんと分かってるからね?だからーー」

 気付けば俺は怒鳴りつけた。


ーー「うるせえ!!お前に何が分かる…子供を失ったことねぇ癖に分かったような口してんじゃねえ!!!!もうそんな言葉聞きたくねんだよ!!何回も何回も…もういい加減にしろ!!」

 その瞬間、俺の頬に衝撃が走った。

 勢いのまま、俺はは床に倒れ込む。

 「いってぇ…何すんだ!!」

 倒れたまま、上に視線を向けた。

 そこには、泣いているのか怒っているのか分からない、そんな酷い顔をした親父が立っていた。

 「お前…母親にその態度はなんだ!!こっちは気にしてきてやったのに…何も分かってないだと!!わしらだってな!!孫を失ってるんだぞ…分からないわけがないだろうが馬鹿野郎!!」

 「なんだとてめぇ!!」

 「二人ともやめなさい!!」

 おふくろが止めに入り、親父は怒鳴りすぎたのか、「はぁはぁ」と息切れをしている。

 「言いたいこと言ったなら早く帰れよ…うぜんだよ…」

 そんな言葉しか俺の口からは出なかった。



ーー二人から連絡が来ることはなくなった。

 


 数カ月が経った頃、ストレスに耐えられなくなった俺は、初めてタバコを吸った。

 「…思ったよりも、いいな、、、」


 それからというもの、俺が落ちていくのにそう時間はかからなかった。気付けばタバコは毎日の日課となっていた。他にもパチンコや競馬も始めた。特にパチンコはやめられなくなった。給料が入るたびに通い、そして負けたり勝ったり…最初は千円だけだったが、いつの間にか五千円、いつの間にか一万円…

 


ーー俺は、社会のクズでしかなくなった。

 もはや俺に、希望なんて言葉はなくなっていた。それはただ動き続ける屍のように…

 



ーー「あの日、俺ーー坂口龍は息を止めた」

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