第ニ話「坂口海はそれを待ち望んだ」
近所のスーパー。小さい体で「よいしょ、よいしょ」と一生懸命にかごを持つのは、俺の娘ーー坂口海である。キャンプに行けることがそんなに嬉しかったのか、最近よく手伝いをしてくれるようになった。しかし、どうも心配である。もしも転んだりしたら…
「かご重いだろ、俺が持つぞ?」
海が持っているかごをそれとなく取ろうとする。
「いや!いい、私がやるの!」
しかし、それを海は威勢よく断った。
「そうか、分かった!」
海が成長してる…
「あ、坂口さん!」
そのとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くとそこにいたのは、愛華ちゃんのお母さんだった。
「あ、山田さん、この前はお誘い、ほんとにありがとうございます」
ペコペコと頭を下げる。
俺が頭を下げる中、海はかごを床に置き、愛華ちゃんのお母さんにギュッと抱きついた。
「お母さん!!」
「こ、こら、海!何してんだ!」
すると、海が少し怯えたようにしてこちらを向いた。
しまった…言い過ぎたか…
俺は、誤魔化すようにして頭をかく。
そんな中、この何とも言えない雰囲気を読み取ったのか、愛華ちゃんのお母さんが口を開いた。
「いいんですよ、坂口さん、子供のことですから」
そう言うと、抱き着いている海を見ながら、優しく微笑んだ。
、、、そうだ、そうだよな…まだ子供じゃないか…
「すみません、うちの娘が、、、」
俺は浅く頭を下げると優しく微笑み返した。
ーー買い物袋を左肩に掛けながら、ゆっくりと家へ向かう。
辺りは積もるほどではないが、少量の雪が点々とある。辺りの空気は冷たく、体にまとわりつくようだ。
風がないだけでもましか…
「海、愛華ちゃんのお母さん、凄い良い人だったな」
「うん!愛華ちゃんのお母さんはめちゃくちゃ優しいからね!」
手を繋いで歩く海に、軽く語りかけると、すぐに返事が返ってきた。
「…海、実はお前のお母さんは…!」
言おうとした矢先、俺の口は本能的に止まった。これを言うと、俺は"あいつ"を傷つけてしまう。そんな気がした。
この話はまだ早い…もう少し大きくなったらにしよう…
「お母さんが何?」
「いや、なんでもない!」
不思議そうに聞いてくる海を誤魔化すように大きい声で答えた。しかし、やはり誤魔化しきれていないのか、海はまだ不思議そうにこちらを見つめる。
「ねえ、何、お父さん、さっきの何?」
「なんでもないって、ほら前向いて、危ないぞ?」
「あ、また誤魔化した!」
「誤魔化してないよ!」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだ!」
「…そっか」
納得のいかない顔をしているが、なんとか分かってくれたらしい。
意外とあっさりだな、、、まぁ、そのほうがありがたい。
目を閉じて、一度冷たい空気を思いっきり鼻に通す。
…思い悩んでもしょうがない!
なにか楽しい話をしよう!
「海、キャンプで何かしたいことはあるのか?」
「うん!川で遊ぶの!」
「おい、今真冬だぞ…」
「…あ!そっか」
え、忘れてたの?
海は少し考えると、すぐに口を開いた。
「じゃあね、雪遊びする!」
「雪遊びか…いいな!!」
「うん!愛華ちゃんと雪合戦するんだ!」
「雪合戦か!俺も小さいころやってたな…」
「え、お父さんも?」
「ああ、もちろんやってたさ」
興味を示したのか、海が体を少しばたつかせる。子供は表情だけでなく、体からも気持ちを示すらしい。
…にしても寒いな。
ふと、海が右手をポケットに入れていることに気付いた。
「海、寒くないか?」
「寒い!、、、けど大丈夫!」
「…ほんとか?」
「もー大丈夫だって!」
面倒くさそうに答える海を見て、俺は少し明るく返事を返した。
ーー「そっか、大丈夫か!!」
それから数日ーー冬休みに入ると、ついにキャンプの前日となった。
前日と言ってもまだ朝方、空は太陽すら昇っていない真っ暗闇である。
さむ…
布団の中に頭まで潜り込み、猫のごとく丸まる。男性一人の体に対し、布団はあまりに小さく、それくらいしないと足が出てしまうのだ。
「お父さん?お父さん、起きて!」
布団の外からかすかに海の声が聞こえる。 しかし、まだ布団の中に潜っていたい俺は、寝たふりをしてそれを無視した。
声のトーン的に見てこれは楽しみすぎて起きただけだろう…大丈夫だ。
よし寝よ、、、
そうして数十秒が過ぎた。しかし予想通りで、海は諦める気配がないどころか、俺を起こす声はさらに大きくなっていた。
「お父さん!!」
「んご!?」
布団の上から重い何かが勢いよく乗る。
「うご、うみ、やめ、」
「やっぱり起きてる!!起きないお父さんが悪いんだよ!!」
そう言って海は、俺の体をまるで公園の乗り物のようにして揺らした。
「いた、いたいいたい!分かった!起きる、起きるから!!」
俺は布団から顔だけを出し、横に置いているスマホに手を伸ばす。
「今何時だよ…」
スマホを開き、時刻を確認するとそこには5時41分と表示されていた。
「おい…俺は仕事があるんだぞ…勘弁してくれえ、、、」
俺は裏返った声でそう呟く。しかし、そんな弱音を吐いたところで聞いてくれる訳も…ないよなあ〜、、、
俺は諦めて、ゆっくりと布団をめくった。
「海…今日早く起きたところで、何の意味もないんだぞ?」
「わかってるから!!」
「そ、そうか…」
そんな興奮気味な海に一言告げる。
ーー「とりあえず寝ろ!」
「寝れない!」
「…目を閉じてたら寝れます」
「寝れないの!!」
これはほんとに寝なさそうだな…
「はぁ…」
一つため息をつくと、布団から起き上がり、そのまま台所へと向かった。
「ココアいるか?」
後ろをついてくる海に問いかける。
「いる!」
「ん、」
適当に返事を返すと、ポットをIHに置き、お湯を沸かした。
あー、この時間暇なんだよなぁ…
お湯を沸かしているポットをぼーと見つめ、また一つ「はぁ…」とため息をつく。
横に同じく沸騰を待つ海が、興奮気味に口を開いた。
「ねえ、明日って、後どれくらい?」
「うーん、そうだな…学校を2回行くくらいかな?」
「えー…長いよ〜」
「そりゃあ、一日は長いからなぁ〜」
怪訝そうな顔をして、足をバタバタと動かし始めた。やっぱり暇なんだな…
「温かいの飲んだら寝るか?」
「うーん…うん、、、」
起きててもしょうがないと勘づいたのか、少し迷いつつも、海はコクンと一回頷いた。
そんな時間を過ごすうち、ブクブクと沸騰する音が聞こえ始めた。
「そろそろだな…」
俺はポットを手に取ると、ココアの粉を入れたマグカップ一つずつにお湯を注いだ。
「熱いから気をつけろよ」
甘い香りの漂う熱いココアを、ゆっくりと海に手渡す。
「ありがと、」
海は手に取ると、ふうふうと息を吹きかけ、一口ココアを飲んだ。
「美味しいか?」
「うん、美味しい」
「そっか、」
美味しそうに飲む海を見ると心が和む。
そして俺もココアを口に含んーー
ーー「あつっ、!」
しまった!
俺、猫舌じゃないか…
「あはっ!、お父さんおかしい!!、あははっ!」
笑うな!…うぐ…恥ずかしい、、、そんなに面白いかよちくしょー!!
「う、うるさい!熱かったんだ!」
体が熱い。絶対耳赤い…てか顔赤い…
と、とりあえず話変えよ…
「ほ、ほら、早く寝るぞ!?」
「はぁい…」
ーー「ふふっ」
「おい!!」
ーー「海、今日の夜ご飯何がいい?」
一日と言うのはあっという間なものでダラダラと過ごすうち、気付けば夕方となっていた。
俺は夕食の準備を始めると、リビングでテレビを見ている海に聞く。
「オムライスー」
オムライスは昨日食べたじゃん…
「それはこの前食べただろー」
「えーオムライスがいいー」
「また今度作るから、他にしないかー?」
「え〜、じゃあカレー」
「分かったー」
分かったとは言ったものの、カレーもこの前食ったばっかなんだよなぁ…
心の中で文句を言いつつも、俺は夜ご飯の準備を始めた。
しばらくしたころ、海がこちらへ来た。
どうしたんだ…?
俺は横目で海を見ていると、寝室へ向かっていることに気付いた。
「おーい、今寝たら夜寝れないぞー」
寝ようとする海に少し大きめの声で呼びかける。
分かってくれたのか、キッチンへと戻ってきた。
「だって早起きしたいもん」
分かった…訳ではないのか、、、
なるほど!言い訳を言いに来たわけですね!
「早起きするのは俺が起こすから大丈夫だ」
「でもお父さん、今日起きなかったじゃん!」
「今日と明日は違うだろ?いつもは早起きなんてしないんだから、」
俺は海に分かるように説明をした。しかし、海の顔はムッとするばかりで、みじんも分かってくれる気配はないようだ。
「でも、お父さんより私のほうが早く起きれるから今日は早く寝るの!」
「なら夜ご飯はどうするんだ?」
「出来たら起こして!」
「なんだそりゃ」
俺は海に多少の呆れを感じつつも、その言い訳を聞くことにした。
「じゃあ夜ご飯出来たら起こすから、寝ていいよ」
「うん、」
当然でしょ!と言わんばかりの返事を海はすると、寝室へと戻っていった。




