第十三話「覚悟」
気付けば、夕日が差していた。
それは部屋中を照らし、また、椅子に座る俺達を照らす。
颯太が話し終わったーーちゃんと全部話してくれたこと、本当によくやってくれたと思う。
そして、颯太の話で大体分かった。妹というのは颯太がそう思っているだけで、実際は血縁などなく、ドナーも届く可能性は限りなく低いこと、自分がいなくなった後の千夏を見るのが怖いこと。きっと、色々気持ちが混ざって、その一つ一つが怖いのだ。たしかにこれは想像を絶する恐怖だ。そりゃ、どうなってるか知りたいからと簡単にいけることではないだろう。
きっと、ここで俺が強い言葉をかければ、颯太は悲しむ。
だから、俺がかける言葉は決まってる。
「颯太」
「…なんだ」
「覚悟、決めろ」
ーー「…は?」
自然と漏れたその声と共に、颯太の顔は一瞬で絶望の表情に変貌した。
でも、俺は続ける。
「ドナー登録して、それが届かなかったかもしれない。だからって川沿いでダラダラと…それで何になるんだ。お前の本当に知りたいことはなんなんだ、そんなの自分でよく分かってんだろ?なのに、怖い怖いって…お前の感情よりも、深冬の無事を思うならちゃんとその目で確かめろ。お前、お兄さんなんだろ」
怒りと動揺の混ざった顔をした颯太は、怒ったように怒鳴った。
「お前…俺が話してたこと聞いてたのか…?だから、俺は怖いんだよ…それがなんで分からないんだ…?なあ…俺は信じてあんたに…」
「…だから、怖いって逃げてんじゃねえよ」
引くわけにはいかない。俺は知っている。逃げるという行為がどれだけの後悔を生むのか。どれだけの絶望を与えるのか。
「明日、病院に行って確認する。それについてくるかついてこないかは、お前次第だ」
「ーー」
ーーそれから、颯太が口を開くことはなかった。
数十分後、夕日は落ち、外は暗闇に包まれた。
俺は電気をつけると、夜ご飯の準備を始めるために、席を立った。
下を向き何も話さない颯太に静かに呟いた。
「颯太、今日は俺の家泊まれ。それでゆっくり考えろ。答えは明日聞く…絶対にな」
その直後、ガサガサという音がソファーから聞こえてきた。
「んん…私…寝てた…?」
言ノ葉、やっと起きたか。
「もう夜だ、いくらなんでも寝すぎだぞ」
「…まじですか?」
「ああ、まじだ」
「うそ…」
言ノ葉は寝起きの細い目を擦りながら、時計に目を向けた。
「…ほんとに夜じゃん」
「だから言っただろ」
言ノ葉は状況が読み込めないのか、黙り込む颯太を見て、俺を睨んだ。
「あの…坂口さん何かしました?」
「…さぁな」
「それ絶対何かしたやつですよ!!」
「知らねーよ。というか、今からご飯作るから手伝え、ほら、行くぞ」
言ノ葉の手を掴み、無理やりキッチンへ連れて行く。
「ちょ…痛い、痛いです!」
「それは良かったな」
「ぐぅーー!!」
さて、何作ろうか…
「言ノ葉、何が食べたい」
「うーん…無難にオムライスじゃないですか?」
オムライス…か。
こいつ、本当に俺のことを舐めてんだろ。
「オムライスな。分かった」
まぁ…今回は許してやる。
「久しぶりだからな…出来るかは分からんが」
「へー、まず作れたことに驚きです」
「…」
黙り込む俺を見て察したのか、言ノ葉はすぐに「冗談ですよ!…も〜」と誤魔化してきた。
「…そうか、冗談か!」
「はい!冗談です!」
もういいや…面倒くせえ…
「冷蔵庫に冷凍のチキンライスあるから、取ってくれ」
「は〜い」
言ノ葉は冷蔵庫を開き、チキンライスを取った。
しばらくして、言ノ葉から「うぇっ…」と声が聞こえた。
「どうした、何かあったか」
「いや、賞味期限一年くらい切れてますよ」
まあ、そうだよな。俺、食べないし…
「はぁ…白米でいいか?1から作る気力はないからな。店行くのもだるいし…」
ふと、言ノ葉の方を見ると、最悪という気持ちを全面に出していた。
「はいはい。分かりましたよ」
そして、言ノ葉は投げやりな返事を返してくる。
「すまんって…」
「別に、怒ってませんよ。チキンライスがライスに"退化"しただけですからね!!」
「…ふっ、、、」
ーーそのとき、笑いながらも、颯太に最低なことを言ってしまったという罪悪感が、俺の胸を刺激していた。
自分は逃げたのに…人のことは言える立場じゃないだろ…俺…ほんと、最低だ。
颯太があのときどんな気持ちで話したか、それを俺は考えず、ただ自分の思ったことを攻撃的に口にした。こんな俺を信用するわけないだろ…アホか。
それから悶々と調理を続け、いつの間にかオムライスが出来ていた。
出来立てのオムライスをリビングの机に3皿、それぞれ並べていく。
颯太は…まだあの状態か…
あれからさらに数十分を過ぎたというのに、颯太はあのときのままで体を縮めている。
「言ノ葉は先に食べてろ」
「…はい、分かりました」
怪訝そうに言ノ葉はそう答える。
「俺達の会話は聞くなよ。言ノ葉…今回は本気だ」
伝わったのか、言ノ葉はコクンと一つ頷き、ご飯を食べ始めた。
それを確認すると、俺は隅でピクリとも動かない颯太の元に近づいた。
颯太の目の前、俺はしゃがんで口を開く。
「…さっきはすまなかった。俺の注意不足だ…お前の気持ちも考えず俺…最低だったな…」
ーーその瞬間、颯太はゆっくりと顔を上げた。
「…別に、いいんだ。坂口の言うことは正しい…謝ることじゃないよ…」
暗く、低い声で颯太は呟いた。
「…本当に…すまなかった」
「…なあ」
「…なんだ」
「明日、俺行くよ」
行くって…
俺の目は見開いた。
そして、颯太の本当の強さ…それを知った。
颯太は逃げずに向かうのか…すげえな…
「そうか…分かった。じゃあ、行くか…明日」
「…ああ」
覚悟…決めたのか、颯太。
「とりあえず、オムライス、食ってくれ。せめてもの詫びだ…」
「…ありがとう。とりあえず、飯食ったら今日は寝るよ。それで明日ーー根性見せてやる…」
颯太は小さい声でボソボソとそう言った。
それは覚悟と不安の混ざった、少し心細い声。でも、たしかにそこからは小さくも、強い希望を感じた。
先に食べている言ノ葉の横を颯太が座り、向かい合うように俺は向かい側の席に座る。
「いただきます」
「…いただきます」
そして俺達は、少し遅れて夜ご飯を食べ始めた。
黙々と食べ進める俺と颯太を言ノ葉はチラチラと見ている。
まあ、気になるよな。
「ほんと、二人ともどうしたんですか?なんか様子おかしいですよ」
言ノ葉は珍しく心配して声をかけてきた。
「別に大丈夫だ、言ノ葉恵。俺は元気だからな!」
颯太は少し無理をしつつ、元気そうな姿を言ノ葉に見せた。
俺もこの空気に乗らなきゃな…
「ああ、まったくだ。お前こそ大丈夫か?言ノ葉」
「な、なんですか!さっきなんか真面目そうに、今回は…本気だ。とか言ってたじゃないですか!!」
「そんなの冗談に決まってるだろう」
さすがに誤魔化せないよなぁ…
面倒くさいから空気読んでくれ、言ノ葉。
「…まあ、また聞くので、今回は見逃してあげますよ…ふんっ」
言ノ葉…!!
不機嫌に顔を横に振りながらも、分かってくれたのか、言ノ葉なりに空気を読んでくれたらしい。
それからは、特に空気が悪くなることもなく、何気ない会話を交わした。
ーー食事を終えると、俺は一人、簡単に食器を洗う。
気付けば、言ノ葉はまたしてもソファーで寝ていた。ほんと、どれだけ寝たらあいつは気がすむんだ。普通そんな寝れねえだろ。
「なあ、坂口」
後ろから颯太が声をかけてきた。
「なんだ」
俺は食器を洗いながら、軽く返事をする。
「坂口は、なんでそこまでして俺の未練を解決しようとするんだ」
そう言われると、俺は何も思い浮かばなかった。まず、俺が颯太と出会ったきっかけは言ノ葉で、元々未練の解決なんてする気はなかった。
でも、今俺は颯太の未練を解決するために本気になってる。
「まあ、あれだ。ただの気まぐれとでも思ってくれ」
俺がそう言うと、しばらく颯太は黙り込んだ。
さすがにこんな理由じゃ駄目か…?
「…坂口、俺は本気で聞いてんだぞ」
まあ、そうなるよな。
…俺が颯太のために本気になる理由、か。
「そうだな…強いていうならーー
ーーお前に俺を重ねた…それだけだ」
俺はそう言って、後ろを振り返った。
颯太は当然のこと、あまり納得がいっていない顔をしている。
「…そうか」
それでも、颯太はただ一言そう言って、すぐに引き下がった…いや、俺を…信じてくれた。
それから俺達は特に何もなく、早くに睡眠をとった。
全ての決まる、明日に備えてーー




