第十話「変わりゆく日常の中で」
放課後、それぞれが部活や下校で教室を去っていく中、俺は待ち続けた。
気付けば、俺と彼女ーー神崎千夏と二人だけ。
教室を薄っすらとキツネ色の光が照らす。それも教室の全てを満遍なく。机も、黒板も、窓も、床もーーそして、神崎も。
窓際の席ーー神崎は机に鞄を置き、ただ外を眺めていた。その横顔はいつもと変わらず、とても絵画になる美しさ。俺はまた、そんな神崎に見惚れる。
いかん…またぼぉーとしてた…
「ほら、どこ見てんだ。行くぞ、神崎」
俺が呼びかけると「あっ」と呟きながらこちらに振り向いた。
「す、すみません。すぐ行きます、高橋くん!」
神崎は駆け足で俺の元まで来る。
「あのなぁ」
「どうしましたか?」
俺は神崎の机に視線を向けた。
「鞄、忘れてる」
「あ、す、すみません!」
ほんと大丈夫か…
神崎は慌てて机の鞄を手に取る。
こう見ると神崎って、意外と抜けてるとこあるよな…
「今度こそ、行きましょう!高橋くん!」
「ふっ、そうだな」
…とは言ったものの、チャリで行くのかどうかなんだよな。
「なあ、このまま行くのか?だとしたらチャリになるんだが…」
「このままですし、自転車で行きましょう」
「まあ、置いていくわけにもいかないしな」
俺は一息つくと、鞄ともう一つ、パンパンに詰まった袋を肩にかける。
「よし、行くか」
チャリを走らせてから数十分、ついに病院に着いた。
「意外と遠かったな、ここ」
「そうですね…いつもは電車なので全く実感なかったです」
病院に入ると、神崎は受付の人を見て、「あ」と一言呟いた。
「受付行きましょうか」
やべ…忘れてたわ
「ああ、そうだな」
神崎に着いていき、受付をする神崎の横を周りを見ながらただぼんやりと待つ。
特に俺言うことないしな…
「こんにちは、今日も神崎深冬の見舞いに」
「あら、千夏ちゃん!今日は彼氏さんと?」
「ち、違います!」
俺は勢いよく振り向いた。
しまっーーやばい、今絶対変に見られた…
焦る俺を見て受付のおばさんはニヤニヤとしている。
「あら、そうだったの、ごめんね〜。凄くお似合いに見えたから」
「も、もー!やめてくださいよー!」
耳を赤らめながら、神崎は受付のおばさんに軽く怒る。この感じだと、この人とは結構長い付き合いみたいだな。
ーーそれにしても、おばさん、色んな意味でマジナイス!
それから受付を終えると、病院の廊下を昨日と同じようにまた、淡々と歩く。
「あの、さっきから気になっていたのですが、その袋ってなんなんですか?」
「ああ、これ?これは深冬に渡すラノベだよ」
「ラノベ?」
「えっと…小説みたいな感じと思ってくれ」
「なるほど、ありがとうございます」
「おう」
深冬のやつ、姉には自分の話しないのな…
そんな話をしているうち、気付けば深冬の病室前まで着いていた。
「じゃあ、開けるぞ」
「…はい」
二回目なのに意外と緊張する…
よし…!
ーー俺は扉を開けた。
「来たぞ、深冬」
「あ、颯太さん。ほんとに来たんですね」
「どうも辛辣な返事ありがとな!深冬ちゃん!」
にしても、結構あっさり受け入れたな…
「もっと驚いてくれてもいいんじゃないか?深冬」
「はあ…どの口が言うんですか。めっちゃ聞こえてましたよ。姉さんと話す声」
「え…まじで…?」
「まじです」
そんなに声デカかったか…?
と、それはどうでもいいんだ。それよりもこれ、先に渡しとくか。
「ほら、これ」
俺は持っていた袋を深冬のベッド横にある机に、ドサリと置いた。
「転女全巻、約束通り持ってきたぞ。後ついでに俺のお勧めの何個か。それは1巻だけだから、気になったら言ってくれ。また持ってきてやる」
って、聞いてないし…
深冬を見ると、キラキラとした目でバッグの中をあさっている。それも、クリスマスプレゼントを貰った子供のように。
たまには可愛いところもあるじゃねぇか。
「どうだ、お気に召したか?」
「…はい、凄く嬉しいです。ありがとうございます」
「お、おう、すげえ素直だな…」
「こ、これでも頑張った方ですからね!」
「俺なんも言ってない…」
またしても、顔を赤くして俺を怒鳴りつける。でも俺はちゃんと理解してるからな。それがお前のコミュニケーション法だって。
すぅー…やっぱり、もう少し優しくなんない?
「二人とも随分仲良くなりましたね!」
「まあな」「全然仲良くないです」
俺と深冬は同時に口を開いた。が、口に出た言葉は全く真逆の内容である。まあ知ってた。
「でも、なんだかんだ楽しそうで良かったよ。深冬」
俺が呟くと、深冬は目を見開いて俺を見つめてきた。
「急に気持ち悪いですよ」
「んなっ!?」
ほんとこれ以上はやめて…俺のライフが…
「ふふっ…」
「あ、笑った」
「しまっーー」
ーーこの2日を境に俺は、毎回深冬の元へ行くようになっていった。それは俺の最近の生き甲斐で、毎回の楽しみ。
放課後になるたび、神崎とすぐに深冬の元へ向かい、またその日も話をする。
「あら、颯太くん、今日も深冬ちゃんの?」
「はい、そうです!」
「今日も元気ねぇ」
「あはは」
気付けば、受付の人ともよく話すようになった。
それほどまでに俺は、深冬と、神崎姉妹と、関係が深くなっていった。
あの2日から2ヶ月ほど経ったある日、今日もまた俺は、深冬の病室に来ていた。
「よ、深冬」
「こんにちは、颯太さん」
「昨日の分、読んだか?」
「はい、読みましたよ」
「どうだった?」
「微妙ですね。特に主人公が序盤から実力見せるのが気に食わないです。もっと隠しとけって話ですよ」
俺達は、ラノベに限らず、Webサイトの小説も読み漁るようになった。
毎日深冬と俺の両方が読んでほしいのを探し、感想を伝え合う。その繰り返しだ。
「颯太さんこそ、どうだったんですか?」
「78点だ。たしかに面白かったけど、ヒロインが序盤から主人公に依存しすぎだな」
「それは定番でしょう!」
「お前こそ、序盤から実力見せるのは俺TUEEのド定番だろうが!」
「二人とも落ち着いてくださいよ!私はどっちも面白かったですよ?」
「姉さんはいつもそれしか言わないでしょう!」
「そ、そんなことありませんよ!!」
「…いや、これは深冬が正しい」
「…え?」
そんな他愛のない会話をただ交わすだけ。でもそれが俺にとって、俺達にとって、一番楽しいことだった。
「そういえば、深冬の誕生日っていつなんだ?」
「名前で分かると思いますが、1月15日。真冬の真冬ですよ」
「まだまだだな」
「なんですか?何か買ってくれるんですか?」
「ああ、もちろんだ」
「ふーん…そうですか、、、まあ、楽しみにしときます」
深冬はそう言って、少しだけ笑った。
そうだ。少しずつ、少しずつ、俺達の関係は深まっていく。焦らなくていいんだ。少しずつ、少しずつーー
それからもまた、俺は通い続けた。
それから季節は巡りーー夏。夏休みというのもあり、朝早くからスイカを持っていってやった。まあ、冷蔵庫に入らないから半分は持って帰ったんだけどな…それと、この日はめちゃくちゃラノベ読みまくった。勿論3人で。
気付けば山は紅葉に染まっていて、少しだけ肌寒くなってきた秋。
ハロウィンの日にお菓子を沢山買ってきてやった。「私は中学生ですよ!」と少し怒っていたが、内心は凄い嬉しそうだった。やっぱり深冬は子供だな。
勿論その次はクリスマスだ。
ケーキを買ってきてやった。さすがにチキンとかはあれだからな…
大喜びはしてくなかった。でも少しだけ嬉しそうに笑ってくれて、俺はそれだけでも、めちゃくちゃ喜んだ。
そして正月も過ぎて、ついに深冬の誕生日に近付こうとしていた。
放課後の教室、この日はすぐには行かず、少しだけ神崎と屯する。
赤く眩しい夕日が教室を強く照らす。冬と言うのもあり、日が落ちるのは速い。そのおかげか、夕日の綺麗に見える、まさにそのピークの時間帯となっていた。それは教室に限らず、この辺り一帯を赤く染める。そんな美しく、真っ赤な夕日。
俺は神崎に呟いた。
「なあ、深冬の誕生日って何がいいんだ?」
神崎は考え込んだ。
まあ、大方予想通りだ。
「うーん…深冬って好きなものとか全然言いませんから…この前は本が欲しいと言ったのでそれを5巻分買ったのですが…前と同じはちょっと…」
「そうだよなあ…」
そしてまた、俺と神崎は黙り込む…
深冬も女の子だ。さすがに男の俺が選ぶのもな…母さん…は頼りないし…
神崎と二人で見に行くか…?
い、いや!普通に誘うとか無理だ…いやまて…でも深冬の誕生日だし…別に…うーん…でもなんか変に思われたら…あーくそっ…!
「あの、高橋くん」
「なんだ?」
「良かったら一緒に見に行きませんか?誕生日プレゼント」
「ああ、確かにそれーー」
ーーあれ?
今…なんて…?
その瞬間、俺の胸の鼓動が高鳴った。
顔が熱い。俺、もしかして赤くなってんのか?
なんで俺…
…そうだ、…俺、忘れてたんだ…ずっとずっと、彼女ーー神崎千夏が好きだったのに…
ほんと、何してんだよ、俺…
ちゃんと青春しなきゃ駄目だろ…俺…!
くそ…頭がパニクって働かねぇ…このままじゃだめだ…真っすぐ前を見ろ…俺
真っすぐと神崎を見つめる。
あれ、神崎もなんか、顔赤い…結構勇気出してくれたのか…なのに俺は…
一度姿勢を正し、また神崎と目を合わせる。
「神崎」
「ひゃ、ひゃい!」
いや、やっぱ無理だ…
反射的に視線をずらす。そして、頭を毟る。
「あ、あのな…一緒に行くか、買い物」
目を丸くして、神崎はニヤけそうな顔を必死に抑えている。
やばい…こっちまでニヤけそうになる…
早く返事してくれ…!
そのとき、神崎は大きく息を吸った。
そしてただ一言、神崎は答えた。
ーー「はい!」




