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『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第五章 天下争乱編

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第九十八話 戻った記憶


信長が再び夢を見たのは、それから数日後のことだった。


だが、その夜の夢はこれまでとは違っていた。


これまでは断片だった。


知らない戦場。


知らない兵。


知らない男たち。


一つの光景が現れては消え、次に見た時にはまったく別の場所にいる。


それらが何を意味しているのか、信長には分からなかった。


しかし今夜は違う。


一つの出来事が、その次へと繋がっていた。


若い頃の自分がいる。


もちろん、織田信長としての若い頃ではない。


知らない土地に立ち、知らない者たちに囲まれている。


それなのに信長には分かった。


ここから始まったのだ。


場面が変わる。


戦が始まる。


敵を追う。


敗れる。


逃げる。


再び兵を集める。


味方だった者が敵となり、敵だった者が自分のもとへ来る。


裏切られることもあった。


人を裏切ることもあった。


大切な者を失った。


新たな者を得た。


それでも進んだ。


止まることはなかった。


領地が広がる。


従う者が増える。


敵もまた増えていく。


自分より強大な相手もいた。


一度の敗北ですべてを失いかけたこともあった。


それでも生き残った。


戦い。


耐え。


また戦った。


やがて、自分の周囲には大勢の人間が集まるようになった。


武に優れた者。


知に優れた者。


忠実な者。


野心を持つ者。


癖の強い者もいた。


だが、使える者は使った。


生まれだけで人を選ぶつもりはなかった。


必要なのは、自分の前にあるものを前へ進める力だった。


さらに記憶が流れ込んでくる。


一つの戦場が終わる。


次の敵が現れる。


その敵を倒せば、さらにその先に別の敵がいる。


どれほど勝っても終わらない。


どれほど土地を得ても、その向こうにまだ手に入れていない土地がある。


それでも。


求めた。


天下を。


信長は夢の中で、その人生を見続けた。


いや。


もう見ているのではなかった。


思い出していた。


あの時、自分が何を考えていたのか。


なぜあの命令を出したのか。


なぜあの男を重用したのか。


なぜあの者を警戒したのか。


すべて分かる。


自分が経験したことだからだ。


そして、記憶は最後へ向かっていく。


身体は若くない。


それでも野心は消えていない。


まだ終わっていない。


自分にはやるべきことが残っている。


だが。


身体がついてこなくなった。


病。


衰え。


そして――。


そこで信長の目が開いた。


しばらく身体を動かすことができなかった。


天井を見つめる。


夢ではない。


もう疑う余地はなかった。


信長はゆっくりと身体を起こした。


これまで断片だったものが、すべて一つに繋がっている。


どこで生まれたのか。


どのように育ったのか。


誰と出会ったのか。


誰と戦ったのか。


何を得たのか。


何を失ったのか。


そして。


自分が誰だったのか。


すべて思い出した。


信長は額へ手を当てた。


「……そういうことか」


不思議と混乱はなかった。


驚きはある。


だが、それ以上に納得するものがあった。


なぜあれほど夢の中の戦場が懐かしかったのか。


なぜ知らない男たちを見て、胸の奥が動いたのか。


なぜ初めて見る戦いの先を知っていたのか。


すべて自分の記憶だった。


前の生。


そこで自分は生きていた。


戦い続けた。


国を広げた。


多くの者を従えた。


そして。


天下を求めた。


信長は小さく笑った。


「またか」


前の生でも。


今の生でも。


自分は同じものを求めている。


偶然なのか。


それとも、自分という人間がそういうものなのか。


信長には分からなかった。


だが、少しおかしかった。


生まれ変わってまで天下を求めている。


「我ながら、懲りぬものだ」


信長は一人で笑った。


その笑いは、やがて止まった。


一人の男が頭に浮かんだからだ。


林道景継。


そして景継が以前、自分へ明かした前の生。


信長の表情が変わった。


あの時は知らなかった。


景継からその名を聞いても、信長にとっては遠い時代に生きた一人の人間でしかなかった。


景継から聞いた話によって、その男がどのような人生を送り、その子孫が天下を取ったのかを知った。


だが今は違う。


意味がまったく違う。


信長はしばらく黙っていた。


そして。


口元がゆっくりと上がった。


「……そうか」


景継の顔を思い浮かべる。


これまでの言葉。


これまでの戦い。


待つこと。


相手を見ること。


自分より強い者の下にいながら、必要以上に力を見せようとしないこと。


今までとは違う意味で、それらが見えてくる。


「お前だったのか」


信長はそう呟いた。


それ以上は何も言わなかった。


◇◇◇


翌朝。


景継は信長に呼ばれた。


最近は呼び出されることが増えている。


景継は部屋へ入るなり尋ねた。


「今日は仕事ですか?」


「違う」


「では、また夢の話です?」


信長が景継を見る。


景継はその表情を見て、すぐに気づいた。


「……何かありました?」


「ああ」


景継は信長の前へ座る。


「また見たんですね」


「見た」


「前よりはっきり?」


「すべてだ」


景継の動きが止まった。


「すべて?」


「思い出した」


部屋が静かになった。


景継はしばらく信長を見ていた。


「本当に?」


「ああ」


「前の生を?」


「そうだ」


景継の顔に驚きが浮かぶ。


以前から可能性は考えていた。


自分の時と似ている。


だから信長にも前の生があるのかもしれないと話した。


だが、可能性と確定では意味が違う。


「じゃあ……」


景継が少し身を乗り出す。


「上様も本当に転生者だったんですか?」


「そういうことになるな」


景継は何度か瞬きをした。


そして。


「誰だったんです?」


信長は答えなかった。


「上様?」


「言わん」


景継の顔が固まった。


「……はい?」


「聞こえなかったか。言わん」


「いや、聞こえましたけど」


景継は信長を見る。


「なんでです?」


「わしの勝手だ」


「ここまで相談しておいて?」


「そうだ」


「私、結構真面目に相談に乗りましたよね?」


「そうだな」


「自分だけ分かったら終わりですか?」


「そうだ」


景継は呆れたように信長を見た。


「ひどくないですか?」


「知りたいか」


「知りたいですよ」


「ならば考えろ」


「分かるわけないでしょう」


「お前なら分かるかもしれんぞ」


信長の口元がわずかに上がった。


景継はその表情を見る。


「……何か楽しんでません?」


「気のせいだ」


「絶対楽しんでますよね」


信長は答えなかった。


景継はため息をつく。


「まあ、いいです」


「諦めるのか」


「上様が言いたくないなら、無理に聞きません」


今度は信長が少し意外そうに景継を見た。


「随分と簡単に引くな」


「前の生が誰だったとしても、上様は上様でしょう」


信長の表情が止まった。


景継は続ける。


「前にも話したじゃないですか。前の生を思い出したからって、今まで生きてきた自分が消えるわけじゃないって」


「ああ」


「なら、誰だったのかは上様が話したくなった時に聞きます」


信長は景継を見る。


目の前にいる男は知らない。


自分の前の生が誰だったのか。


そして。


その前の生で、自分と景継の前世が同じ時代を生きていたことも。


信長はそれを話さなかった。


「景継」


「はい」


「お前は前の生で、天下を取れなかったのだったな」


景継は突然の質問に少し首を傾げた。


「前にも話しましたよね?」


「もう一度聞いておる」


「私自身は取っていません」


「だが、お前の子孫が取った」


「そうです」


信長は黙る。


景継が不思議そうに見る。


「それがどうかしました?」


「いや」


「また何でもないですか?」


「そうだ」


「最近多いですよ、それ」


景継は苦笑した。


信長はそんな景継を見ながら、前の生の記憶を思い返していた。


今はまだ。


言う必要はない。


そう思った。


◇◇◇


前の生を思い出してからも、信長の日常が大きく変わることはなかった。


朝になれば書状が届く。


家臣が報告に来る。


各地の状況を確認し、必要ならば命令を出す。


天下は、記憶が戻ったからといって勝手に手に入るわけではない。


むしろ。


信長の目には、以前より多くのものが見えるようになっていた。


前の生で犯した失敗。


人を使うことの難しさ。


領地を広げるだけでは終わらないこと。


強大になればなるほど、外の敵だけではなく、内側にも目を向けなければならないこと。


今の自分が経験してきたものと、前の生で経験したもの。


二つの人生が重なった。


だからといって、信長が別の人間になったわけではない。


判断するのは織田信長だ。


だが。


使える経験が増えた。


それだけだった。


「景継」


「はい」


その日も二人は地図を見ていた。


「ここをどうする」


信長が一つの場所を指す。


景継は地図を覗き込んだ。


「すぐに兵を出す必要はないと思います」


「理由は」


「こちらが動けば、相手も動かなければならなくなるからです」


「動かした方がよいのではないか」


「場合によります」


景継は地図の周囲を指した。


「今は相手が何をするのか見た方がいい。毛利が下ったことは、もう各地に広まっています」


信長は黙って聞く。


「こちらから攻めなくても、向こうから態度を決めるところが出てくるでしょう」


「待つか」


「はい」


信長の口元が少し上がった。


「お前は本当に待つのが好きだな」


景継が顔を上げる。


「そうですか?」


「ああ」


「必要だから待ってるだけですよ」


「昔からか?」


「昔?」


景継は少し考える。


「前の生のことですか?」


「そうだ」


「まあ……待ったことは多かったですね」


「そうか」


信長が小さく笑った。


景継が眉を寄せる。


「何です?」


「何でもない」


「またですか」


「気にするな」


「気になりますよ」


「仕事をしろ」


「上様から話を振ったんでしょう」


景継は納得していない様子だった。


信長は地図へ視線を戻す。


だが、その口元にはまだわずかな笑みが残っていた。


◇◇◇


それから信長は、景継を以前より近くへ置くようになった。


軍議にも呼ぶ。


領地の話にも呼ぶ。


人事についても意見を聞く。


戦のことだけではない。


商い。


道。


兵糧。


各地の国人。


寺社。


誰をどこへ置けばよいのか。


景継自身も、その変化には気づいていた。


ある日。


大量の書状を前にした景継が、とうとう口を開いた。


「上様」


「何だ」


「私の仕事、増えてません?」


「増やした」


「やっぱり」


「不満か」


「少し」


「ならばさらに増やす」


「何でです?」


信長は書状から目を上げた。


「天下を見るのであろう」


「それ、上様が勝手に決めたんですよね?」


「嫌ならやめるか」


景継は少し考えた。


「……やります」


「ならば黙ってやれ」


「せめて人を増やしてください」


「弥兵衛がおるだろう」


「弥兵衛を何人いると思ってるんですか」


信長が笑った。


景継はため息をつきながら、次の書状を手に取った。


そんな景継を。


信長はしばらく見ていた。


前の生を思い出したことで、景継を見る目は確かに変わった。


だが、それだけではない。


この男は、今の生でも自分の側にいる。


何度も戦い。


何度も意見をぶつけ。


それでも離れなかった。


信長はふと考えた。


もし。


自分に何かあった時。


そこで思考が止まる。


「……」


信長は眉を寄せた。


なぜそんなことを考えたのか。


天下はまだ終わっていない。


自分は生きている。


これからも進む。


ならば、自分がいなくなった後のことなど考える必要はない。


「上様?」


景継の声で信長は顔を上げた。


「何だ」


「今度は本当に何かありました?」


「ない」


「最近ちょっと変ですよ」


「お前に言われたくない」


「私は普通ですよ」


「どこがだ」


景継が何か言い返そうとする。


だが信長は先に書状を投げた。


「読め」


景継が受け取る。


「話を逸らしましたね?」


「早く読め」


「はいはい」


景継は書状を開いた。


信長も再び自分の仕事へ戻る。


だが。


先ほど頭に浮かんだものだけは消えなかった。


もし自分に何かあれば。


その時。


この天下をどうするのか。


信長は無意識に、もう一度景継を見た。


景継は書状を読みながら、何かを考えている。


まだ。


信長自身にも分からなかった。


なぜ今になって。


自分のいなくなった後のことを考え始めたのか。

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