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『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第五章 天下争乱編

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第八十九話 守るもの


三木城を包囲してから、さらに日が過ぎた。


織田軍は城を攻めていない。


城壁へ兵を寄せることもなければ、大規模な攻撃を仕掛けることもなかった。


ただ、兵糧だけは入れない。


城から出る者は通す。


民であれば、そのまま逃がす。


兵であっても、武器を捨てて戦う意思がないことを示せば通した。


最初のうちは、それを罠だと疑う者も多かった。


だが実際に城を出た者たちが殺されず、それどころか食べ物と水まで与えられていることが分かると、三木城から出る者は少しずつ増えていった。


それでも、別所長治は降伏しなかった。


三木城にはまだ兵がいる。


戦う力も残っている。


そして何より、別所家の者たちには毛利への期待があった。


西から援軍が来れば。


織田の包囲を破ることができれば。


まだ戦える。


その希望だけは残っていた。


しかし。


希望だけでは腹は満たせない。


◇◇◇


「殿、このままでは戦う前に負けます」


三木城の一室。


別所長治の前に集まった家臣の一人が、強い口調で言った。


「分かっている」


長治は短く答えた。


「ならば兵をお貸しください」


「何をする」


「道を取り戻します」


室内にいた者たちが男を見る。


若い武将だった。


籠城が始まった頃から、何度も出撃を主張している。


「林道景継は城を攻めてきません。それを恐れていると見るべきです」


「恐れている?」


「城攻めをすれば損害が出る。それが嫌だから、我らが飢えるのを待っているのでしょう」


別の家臣が口を挟んだ。


「それは向こうの狙いどおりではないのか」


「だからこそです」


若い武将が地図を指した。


「待っているだけでは、向こうの思うままです。ならば我らから出るしかない」


狙うのは、かつて兵糧が運ばれていた道だった。


織田軍によって押さえられている。


だが、すべての場所に同じ数の兵が置かれているわけではない。


偵察によれば、そのうち一か所は比較的守りが薄い。


そこを夜襲する。


突破できれば、わずかでも兵糧を入れることができる。


それ以上に重要なのは、織田軍の包囲が絶対ではないと城内の者たちへ示すことだった。


「兵を五百お貸しください」


長治はすぐには答えなかった。


成功する保証などない。


だが。


何もしなければ食料は減る。


人も減る。


戦わずして城が崩れていく。


長治は目を閉じた。


そして。


「三百だ」


若い武将が顔を上げる。


「それ以上は出せぬ」


「十分でございます」


男は頭を下げた。


「必ず道を開いてみせます」


◇◇◇


その夜。


景継は眠っていた。


突然、外が騒がしくなった。


「若様!」


弥兵衛の声だった。


景継は目を開ける。


「何です?」


「三木城から兵が出ました!」


景継はすぐに起き上がった。


「数は?」


「三百ほど! 西側へ向かっております!」


景継は一瞬考える。


西。


そこには織田軍が押さえている道の一つがある。


「どこを攻めています?」


「坂下の陣です!」


景継の表情が変わった。


坂下。


そこか。


完全に予想していたわけではなかった。


三木城から兵が出る可能性そのものは考えていた。


だが、景継は別の場所を狙う可能性の方が高いと見ていた。


坂下は守りが薄い。


しかし、その先に兵糧を集められる場所は少ない。


たとえ突破しても、大量の兵糧をすぐに確保できるわけではない。


だから優先順位を下げていた。


「若様?」


景継は地図を広げた。


「坂下には何人います?」


「百ほどです」


三倍。


しかも夜襲。


危険だった。


「援軍を出します」


「どれほど?」


「二百」


弥兵衛が頷き、すぐに動こうとする。


「待ってください」


弥兵衛が止まった。


景継は地図を見た。


敵はなぜ坂下を狙った。


兵糧そのものが目的ではないのかもしれない。


包囲を破れることを示したい。


あるいは、一度外へ出て別の場所から兵糧を運び込むつもりなのか。


今は分からない。


ならば。


分からないまま決めつけるべきではない。


「敵を追う必要はありません」


「追わない?」


「坂下を守ってください。ただし、三木城へ戻ろうとする敵は止めないでください」


弥兵衛が景継を見る。


「逃がすのですか?」


「はい」


「なぜ?」


景継は少し考えて答えた。


「今は、全員倒す必要がないからです」


「しかし……」


「まず坂下を守る。それで十分です。敵が何を狙っているのか分からない以上、深追いして別の場所を空ける方が危険です」


弥兵衛が頷く。


「承知しました、若様」


「私も行きます」


景継は刀を取った。


◇◇◇


坂下では、すでに戦いが始まっていた。


暗闇の中。


松明が揺れる。


槍と槍がぶつかる音。


人の叫び声。


足音。


三木城から出た兵たちは、最初の攻撃で織田方を押していた。


守る側は百。


攻める側は三百。


数の差は大きい。


「押せ!」


別所方の武将が叫ぶ。


「ここを抜けば道が開く!」


兵たちが前へ出る。


織田兵が少しずつ下がる。


その時。


横から別の声が響いた。


「前へ!」


援軍だった。


弥兵衛を先頭に、二百の兵が戦場へ入る。


数の差が消えた。


別所方の勢いが止まる。


景継も少し遅れて到着した。


戦場を見る。


思ったより激しい。


すでに双方に死傷者が出ている。


「若様!」


弥兵衛が景継を見つける。


「敵を押し返しております!」


「追わないでください!」


景継が叫んだ。


「三木城へ戻るなら、そのまま行かせます!」


周囲の兵が戸惑う。


だが命令は伝わった。


別所方も異変に気づき始める。


前へ出れば攻撃される。


横へ回ろうとしても阻まれる。


しかし。


後ろへ下がれば追ってこない。


「どういうことだ……」


別所方の武将が呟いた。


普通なら逃げる敵を追う。


背を向けた瞬間こそ、最も崩しやすい。


だが織田軍は追ってこない。


戦いたくないのか。


それとも。


自分たちを城へ戻そうとしているのか。


考えている時間はなかった。


このまま戦えば被害が増える。


「退け!」


ついに命令が出た。


別所方の兵が下がり始める。


織田兵は追わない。


本当に。


一人も追ってこなかった。


三木城へ戻る道だけが残されている。


兵たちはそこへ向かった。


敗走だった。


しかし。


追撃されない奇妙な敗走だった。


景継はその姿を見ていた。


秀吉が遅れて到着する。


「終わったのか?」


「はい」


秀吉が逃げていく敵を見る。


「追わぬのか?」


「追いません」


「今ならかなり討てるぞ」


「必要ありません」


秀吉が景継を見る。


「また何か考えておるな?」


「そこまで大したことではありませんよ」


景継は三木城を見る。


「戻った人たちは、今日のことを話すでしょう」


「今日のこと?」


「外へ出ても兵糧の道を取り戻せなかったことを」


秀吉の表情が変わった。


景継は続けた。


「私たちが使者を送るより、実際に戦った人間から聞いた方が信じるでしょう?」


城内にいる者たちは、まだ期待している。


外へ出れば包囲を破れる。


毛利が来れば助かる。


何か方法がある。


その希望を景継が言葉で否定しても意味はない。


敵の言葉など信じない。


だが。


自分たちの仲間が戻ってきて、


道は開かなかった。


織田の包囲は破れなかった。


そう話せば。


その言葉は城内へ広がる。


秀吉は三木城を見た。


「負けた兵を戻すことそのものが、攻めになるか」


「そうなればいいと思っています」


「ならなければ?」


景継は秀吉を見る。


「別の方法を考えます」


秀吉は少し笑った。


「そこは言い切らぬのだな」


「相手がどう受け取るかまでは決められませんから」


◇◇◇


翌日。


三木城では、昨夜の話が広がっていた。


坂下を破れなかった。


織田軍はすぐに援軍を送ってきた。


兵糧は手に入らなかった。


そして。


逃げる者を追ってこなかった。


最後の部分が、特に人々を不安にさせた。


なぜ追わなかったのか。


殺せたはずなのに。


なぜ戻した。


その理由について、様々な噂が流れた。


「わざと戻されたのだ」


「もう一度出てくるのを待っている」


「城の中の兵糧を減らすためだ」


「いや、こちらが何をしても無駄だと見せつけたいのだ」


どれが正しいのか。


誰にも分からない。


だが一つだけ確かなことがある。


道は開かなかった。


三木城は。


まだ囲まれている。


◇◇◇


数日後。


景継は城から出てきた者たちを見ていた。


以前より増えている。


その中に。


一人の老人がいた。


歩くことさえ難しいらしく、若い女に身体を支えられている。


その隣には、小さな子供。


痩せていた。


織田兵から渡された粥を、夢中で口へ運んでいる。


景継はしばらく、その姿を見ていた。


「林道殿」


後ろから官兵衛の声がした。


まだ足は完全に治っていない。


杖を使いながら、ゆっくり歩いてくる。


景継は官兵衛を見る。


「出てきましたか」


「少し歩かねば、いつまでも元へ戻りませぬ」


官兵衛も城から出てきた者たちを見る。


「増えましたな」


「ええ」


「それだけ、城内が苦しくなっているのでしょう」


景継は答えなかった。


兵糧攻めは効いている。


自分たちが望んだとおりに。


このまま続ければ。


三木城はいずれ耐えられなくなる。


城を攻めるよりも、織田方の犠牲は少ない。


勝つ方法として間違ってはいない。


それでも。


目の前で粥を食べる子供を見て。


何も感じないわけではなかった。


「続けますか?」


官兵衛が尋ねた。


景継はすぐには答えなかった。


前世。


司馬懿として生きた時代にも、似たような選択はあった。


戦である以上。


すべての人間を救うことなどできない。


一人を助けることで百人が死ぬこともある。


百人を見捨てることで千人が助かることもある。


そういう判断を何度もしてきた。


今でも。


必要ならばする。


だが。


必要でない犠牲まで受け入れる理由はない。


「続けます」


景継が答えた。


官兵衛は黙っている。


「ここで包囲を解けば、また戦になります。三木城へ兵糧が入り、別所殿は戦い続けるでしょう」


「そうでしょうな」


「だから包囲は解きません」


景継は三木城を見る。


「でも、待つだけなのもやめます」


官兵衛の目が動いた。


「では?」


「別所殿へ書状を送ります」


◇◇◇


その日のうちに。


景継は書状を書いた。


長いものではなかった。


降伏せよ。


そう命じるだけの書状でもない。


別所長治へ一つの選択を示すためのものだった。


城を開くなら。


城内の民を助ける。


武器を捨てた兵も助ける。


別所家の者についても、すべてを討つつもりはない。


ただし。


今回の戦を起こし、最後まで抵抗することを選んだ者には、相応の責任を求める。


その条件を受け入れるなら。


これ以上。


三木城を飢えさせる必要はない。


最後に。


景継は一文だけ付け加えた。


――別所殿が最後まで守りたいものは、何ですか。


書状は三木城へ届けられた。


◇◇◇


別所長治は。


その一文を何度も読んだ。


最後まで守りたいもの。


城か。


別所家か。


自分の命か。


それとも。


自分についてきた者たちか。


「罠です」


家臣の一人が言った。


「信じてはなりませぬ」


別の者も頷く。


「毛利が来ます。それまで耐えればよいのです」


「いつ来る」


長治が尋ねた。


室内が静かになった。


「毛利は、いつ来るのだ」


誰も答えられない。


援軍を求めている。


連絡も取っている。


だが。


今この瞬間。


織田軍の包囲を破るほどの援軍が近くにいるわけではない。


「まだ兵糧はございます」


「どれほどだ」


「それは……」


「あと何日、今までと同じように食わせられる」


答えはなかった。


長治は目を閉じた。


昨夜出した兵も戻ってきた。


負けた。


死んだ者もいる。


怪我をした者もいる。


それでも織田軍は追撃しなかった。


そして。


城から逃げる民を。


林道景継は殺していない。


「殿」


若い武将が前へ出た。


昨夜、坂下を攻めた男だった。


腕に傷を負っている。


「もう一度、兵をお貸しください」


長治が男を見る。


「今度は必ず道を開きます」


「何人欲しい」


「五百」


「五百が死ねば?」


男が黙る。


「次は千を出すのか」


「それでも戦わねば……」


「その次は?」


長治の声は静かだった。


「千が死んだ後は誰を出す」


誰も答えない。


長治は立ち上がった。


窓の外を見る。


三木城。


自分の城。


先祖から受け継いだもの。


簡単に捨てられるはずがない。


だが。


城は何のためにある。


人を守るためではないのか。


その城を守るために。


中にいる人間をすべて死なせる。


それで。


何が残る。


長治は長い間。


城を見ていた。


そして。


「使者を出す」


家臣たちが顔を上げた。


「殿!」


「林道景継へ伝えろ」


長治は振り返った。


「話がしたいとな」


◇◇◇


数日後。


景継は別所長治と向かい合っていた。


秀吉。


官兵衛。


双方の家臣。


多くの者が見守っている。


長治は景継を見た。


思っていたより若い。


こんな男に。


三木城は一度も大きく攻められることなく、ここまで追い込まれた。


「林道殿」


「はい」


「書状に書かれていたことに、偽りはないか」


「どの部分でしょう」


「城内の者たちを助けるという話だ」


景継は長治を見る。


「ありません」


「兵もか」


「武器を捨て、これ以上戦わないのであれば」


「女子供も」


「もちろんです」


長治は少し黙った。


そして。


「別所家の者は?」


景継はすぐには答えなかった。


ここだけは。


何でも助けるとは言えない。


信長の判断もある。


この戦の責任もある。


「すべてを私一人で決めることはできません」


長治の目が細くなる。


「逃げるのか?」


「できない約束をしないだけです」


景継は長治から目を逸らさなかった。


「ただし、城内の民と武器を捨てた兵については、私が責任を持ちます」


「信長殿が後から殺せと言えば?」


「その命令が出ないように話します」


「出たら?」


景継は少し黙った。


「その時に考えます」


長治が景継を見つめる。


やがて。


小さく笑った。


「正直なのだな」


「嘘をついて城を開かせても、その後が困りますから」


「策を使う男だと聞いていた」


「使いますよ」


景継も少し笑う。


「必要なら」


長治は目を閉じた。


そして。


一つだけ尋ねた。


「皆は助かるのだな」


景継の表情から笑みが消えた。


「約束します」


短い言葉だった。


それ以上。


長治は何も聞かなかった。


「分かった」


目を開く。


「三木城を開ける」


◇◇◇


三木城の門が開いた。


最初に出てきたのは民だった。


老人。


女。


子供。


その後から。


武器を置いた兵たちが続く。


織田軍は手を出さなかった。


景継の命令が、すべての兵へ伝えられていた。


秀吉はその光景を見ている。


「終わったな」


「はい」


景継が答えた。


「一度も城壁へ攻めかからずに落としたか」


「落としたという言い方は、少し違う気もしますけどね」


「では何だ」


景継は開かれた門を見る。


その向こうから。


まだ人々が出てくる。


「別所殿が開けたんです」


秀吉は景継を見る。


「同じことではないか?」


「違いますよ」


景継はそれ以上説明しなかった。


勝った。


それは間違いない。


だが。


自分が別所長治を屈服させた。


そういう気にはならなかった。


長治には長治の理由があり。


最後に。


自分で選んだ。


それだけだった。


官兵衛が杖をつきながら近づいてくる。


「林道殿」


「黒田殿」


「勝った気がしませんか?」


景継が官兵衛を見る。


「顔に出ています?」


「少し」


景継は三木城を見る。


「戦わずに勝つ方が楽だと思っていました」


「違いましたか?」


「戦っている方が、何をすればいいか分かりやすいです」


官兵衛が少し笑った。


「それは確かに」


敵が来れば倒す。


城を攻めるなら城壁を破る。


戦場では。


やるべきことが目に見える。


だが。


待つ戦では。


目に見えないものまで考えなければならない。


どこまで待つ。


誰を助ける。


どこで終わらせる。


正しい答えなど。


最初から用意されてはいない。


景継は三木城から出てくる人々を見た。


前世でも。


何度も城を落とした。


何度も敵を破った。


それでも。


今になって考える。


勝つとは。


敵を倒すことだけなのか。


「林道殿」


官兵衛が呼ぶ。


「何です?」


「信長様への報告は、何と書かれます?」


景継は少し考えた。


「三木城、開城」


「それだけ?」


「別所殿が降伏したことと、城内の者を助けると約束したことも書きます」


秀吉が横から口を挟んだ。


「最後のところは大きく書け。後から信長様に知られた方が怖いぞ」


景継は笑った。


「そうします」


◇◇◇


数日後。


三木城開城の報せは、信長のもとへ届いた。


戦果。


被害。


別所方の処遇。


そして。


林道景継が城内の民と武器を捨てた兵を助けると約束したこと。


すべてが報告された。


信長は最後まで読んだ。


そして。


「城を攻めなかったか」


誰に聞かせるでもなく呟いた。


近くにいた家臣が頭を下げる。


「そのようでございます」


「兵糧の道を断ち、出る者は通し、別所自身に門を開かせた」


「はい」


信長は書状を置いた。


怒っているのか。


喜んでいるのか。


その表情からは分からない。


「景継を戻せ」


「はっ」


「秀吉と官兵衛もだ」


家臣が下がっていく。


信長はもう一度、書状を見た。


そこに記された名前。


林道景継。


初めて会った頃とは。


明らかに違う。


兵を預け。


自分で考え。


自分で戦い方を決め。


そして今では。


勝った後のことまで決め始めている。


「面白い」


信長は小さく笑った。


◇◇◇


三木城を離れる日。


景継は馬へ乗ろうとしていた。


「若様」


弥兵衛が近づいてくる。


「どうしました?」


「信長様からの使者です」


景継が振り返る。


「戻れとのことです」


「秀吉殿たちも?」


「はい」


景継は少しだけ三木城を振り返った。


これで。


播磨での戦いがすべて終わったわけではない。


毛利もいる。


本願寺との戦も続いている。


荒木村重の問題も残っている。


だが。


信長が呼んでいる。


ならば行かなければならない。


「分かりました」


景継は馬へ乗った。


「戻りましょう」


「はっ、若様」


景継たちは三木城を後にした。


◇◇◇


そして数日後。


景継は信長への報告を終え、城内の廊下を歩いていた。


三木城について。


別所長治について。


城内の者たちを助けると約束したことについて。


信長からいくつか問われた。


簡単な報告ではなかった。


それでも。


ひとまず終わった。


景継が一人で廊下を歩いていると。


背後から声がした。


「随分と変わった戦をするようになったな」


景継の足が止まった。


聞き覚えのある声だった。


ゆっくり振り返る。


そこに立っていた男を見て。


景継の表情が変わった。


「先生」


明智光秀だった。


久しぶりに会う。


光秀は以前と変わらない穏やかな顔で景継を見ていた。


「久しいな、景継」


「先生こそ。いつ戻られたのです?」


「少し前だ」


光秀が近づいてくる。


「三木城の話は聞いた」


「もう広まっているんですか」


「城を攻めずに城を開かせたとなれば、嫌でも話題になる」


景継は苦笑した。


「少し大袈裟になっていそうですね」


「かもしれんな」


光秀も笑った。


しかし。


その笑みは長く続かなかった。


光秀が景継を見る。


以前と同じ。


相手の奥まで見ようとするような目だった。


「景継」


「はい」


「少し話がある」


景継は光秀の表情を見る。


「何でしょう?」


光秀はすぐには答えなかった。


周囲を確認する。


そして。


静かに言った。


「お前の昔の話だ」


景継の目が。


わずかに細くなった。

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