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『乱世にて、我は待つ』  作者: ダイヤマ
第四章 上洛編

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第七十話 援軍の来ない戦場


織田軍が北近江へ向けて動き始めたという知らせは、小谷城にもすぐに届いた。


浅井長政は、その報告を受けるとすぐに地図を広げた。織田だけではない。徳川も動いているという。しかも、越前へ向かう気配は薄く、最初から浅井一つへ兵力を集中させようとしていることが、集まってくる情報から徐々に見え始めていた。


長政が最初に考えたのは、当然ながら朝倉の援軍だった。浅井一家だけで織田と徳川を同時に相手にするのは苦しい。だが朝倉軍が北から動けば、織田は浅井だけを見ていられなくなる。金ヶ崎とまったく同じ形にはならなくとも、少なくとも織田軍の兵力を分散させ、浅井が戦う余地を作ることはできる。


しかし、越前から届く返事は長政が望んでいたものではなかった。


援軍を拒否しているわけではない。浅井を見捨てるとも言っていない。ただ、越前周辺で不審な動きが増えているため、すぐに大軍を出すことは難しい。その情勢を確かめた上で、援軍の規模と時期を決めたい。書かれているのは、そのような内容ばかりだった。


「景継の仕業だ」


長政が低く呟くと、家臣の一人が顔を上げた。


「林道殿の?」


「織田は朝倉殿を攻めていない。だが、朝倉殿が我らを助けようとした瞬間、越前で何かが起こるかもしれないと思わせている。そのせいで朝倉殿は、我らを助けたいと思いながら簡単には動けなくなっている」


長政は机の上に置かれた書状を見た。


金ヶ崎で景継と最後に顔を合わせたわけではない。それでも、あの時の景継が何を失敗したのか、長政にはよく分かっていた。


景継は、自分を信じた。自分もまた、その信頼を裏切るつもりなどなかった。それなのに、結果として浅井は織田を裏切った。


普通なら次は、誰も信用しなくなるかもしれない。


だが景継が選んだのは、そうではなかった。


「朝倉殿が何を選ぶかを、もう読もうとしていない」


長政の言葉に、父である久政が眉を寄せた。


「何を言っておる」


「朝倉殿が援軍を出さなければ、織田は我らを攻める。援軍を出せば、越前を危険にする。どちらでも景継には次の手がある。だから朝倉殿の考えを当てる必要がないのです」


久政は少し黙った後、地図へ視線を落とした。


「ならば、こちらから打って出るしかあるまい」


その言葉に何人かの家臣が頷いたが、長政はすぐには賛成しなかった。


織田と徳川がこちらへ来ることは分かっている。問題は、どこまで入ってくるのか。そして、景継がどこで戦うつもりなのかだった。


「決戦を急いではならぬ」


長政が言うと、久政は不満そうに顔をしかめた。


「何を申す。朝倉の援軍が来ぬのであれば、織田が国を削る前に一戦して追い返すしかなかろう」


「だからこそです。景継も、それを考えているはずです。こちらが焦って出れば、そこまで含めて使われる可能性があります」


「ならば城へ籠るのか」


「それも違います」


長政は地図を見ながら答えた。


景継は浅井が野戦へ出ることも、城へ籠ることも考えているはずだった。おそらく、そのどちらにも手を用意している。


ならば、自分たちも景継の望む速さで戦ってはいけない。


長政は少し考えた後、決断した。


「外の城をすべて守ろうとするな。必要なら捨てる。兵を分散させる方が危険だ。小谷周辺へ兵を集め、織田がどこまで入ってくるのかを見る」


久政は不満そうだったが、長政は譲らなかった。


「朝倉殿の援軍が来るまで耐える。それが今は一番いい」


その判断は、決して間違ってはいなかった。


だが景継もまた、長政がそう考える可能性を、すでに一つの道として用意していた。


◇◇◇


織田・徳川連合軍は北近江へ入った。


だが、景継はすぐに小谷城へ向かわなかった。それどころか、浅井方の城を見つけても、すべてを攻め落とそうとはしなかった。


「ここは?」


勝家が地図上の一つの城を指した。


「兵が入っております。攻めれば落とせると思います」


「ならば落とすぞ」


「いりません」


勝家が顔を上げた。


「何?」


「その城は取らなくていいです。そこを守るために、浅井は兵と食糧を置かなければならないでしょう。むしろ残しておいた方が、こちらとしては都合がいいです」


勝家の顔には、明らかに納得していない様子が浮かんだ。


景継は地図を指しながら説明を続けた。


「欲しいのは城じゃありません。道です。浅井軍が小谷から外へ出るための道、兵糧を運ぶ道、朝倉軍が救援へ来る時に使う道。それだけ押さえれば十分です」


浅井領には、小谷城を中心にいくつもの城や砦が存在する。すべてを一つずつ攻めていけば、時間も兵も失う。それでは朝倉が動く時間を与えてしまう。


だから景継は、城ではなく移動と補給に必要な場所だけを選んだ。


川を渡る場所。


兵糧が運ばれる道。


小谷城から周辺へ兵を出す時に必ず通る場所。


そして、朝倉軍が越前から救援へ来る場合に利用しやすい道。


そこへだけ兵を置いた。


「城を取らずに国が取れるのか」


勝家がまだ納得できない様子で尋ねた。


「最後には取ります。でも、浅井家がまだ戦えるうちに城を攻めれば、こちらが相手の一番強い場所へ行くことになります。それより先に、城から兵を出せないようにした方が早いです」


長秀が地図を見ながら呟いた。


「小谷を囲むのではなく、浅井領そのものを狭くするのか」


「はい。長政様には、どこを守るか選んでもらいます。こちらを守れば、別の場所を取る。こちらへ兵を出せば、その間に別の道を押さえる。小谷に兵を集めるなら、周辺の国人へ働きかける。どれでも構いません」


勝家が景継を見る。


「また、どれでもよいか」


「金ヶ崎で散々学びましたから」


景継は少し笑った。


信長がそのやり取りを聞いていた。


「では、長政が何もせず小谷へ籠ったらどうする」


「それなら一番楽です。小谷城から出てこないなら、浅井軍が存在しないのと同じです。その間に浅井領をこちらへ変えます」


信長の口元がわずかに上がった。


景継はすぐに藤吉郎を呼んだ。


「今度は何をすれば?」


「人に会ってください」


「またですか」


「藤吉郎さんの得意分野でしょう」


景継は浅井領内の国人や小領主たちの名が書かれた紙を渡した。


「織田へすぐ降れとは言わなくていいです。浅井家のために最後まで戦いたいかだけ聞いてください。そして、もし戦わないという選択をした場合、こちらがどう扱うかも伝えてください」


藤吉郎は紙を眺めた。


「降伏させないので?」


「今はまだです。大事なのは、選択肢を作ることです」


小谷城へ兵を集めれば、周辺の国人たちは自分の土地を自分たちで守らなければならなくなる。


織田と戦う。


浅井へ兵を求める。


あるいは、織田が来ても戦わない。


選択肢を与える。


そして、長政が小谷に兵を集めれば集めるほど、その選択を国人たち自身がしなければならなくなる。


景継は浅井軍だけを見ていなかった。


浅井家を支えているすべての人間を見ていた。


◇◇◇


織田軍が北近江へ入ってから数日が過ぎると、浅井側にも異変が見え始めた。


「殿。また一つ、織田へ使者を送った国人がいるとのことにございます」


長政の顔が険しくなる。


「誰だ」


名を聞く。


決して大きな勢力ではない。


それでも一つ。また一つ。確実に増えている。


「何を約束した」


「まだ織田へ臣従したわけではないようにございます。ただ、戦になった場合の扱いを確認していると」


長政は目を閉じた。


景継らしい。


今すぐ裏切れとは言わない。


織田へ来れば助ける、とも断言しない。


ただ、もし浅井が負けたらどうするのか、もし織田軍がここまで来たらどうするのか、それだけを考えさせる。


「殿。このままでは、小谷から離れた者たちが次々と迷い始めます」


「分かっている」


長政は立ち上がった。


小谷へ兵を集めた判断自体が間違っていたとは思わない。織田と徳川の大軍を相手に、兵を小さな城へ分散させる方が危険だった。


だが、その正しい判断をした結果、小谷から離れた場所にいる者たちが、自分たちは守られていないと感じ始めている。


正しい判断が、必ず良い結果を生むわけではない。


長政は、そのことを嫌というほど感じていた。


「出る」


久政が顔を上げた。


「決戦か」


「まだだ。織田軍の一部を叩く。小谷に籠っているだけでは、国人たちが離れていく。こちらにも戦える力があることを見せる必要がある」


それもまた、間違った判断ではなかった。


長政は主力の一部を率いて小谷を出た。


狙うのは、浅井領内で街道を押さえている織田軍の一部隊。


大軍ではない。


ここを素早く叩けば、浅井がまだ戦えることを示せる。


そして朝倉の援軍が来るまで、時間を稼げる。


長政はそう考えた。


◇◇◇


「出ました」


斥候から報告を受けた景継は、驚かなかった。


勝家が立ち上がる。


「長政か」


「はい。小谷から兵を出したとのことです」


「どこへ向かっている」


報告を聞く。


織田軍が押さえている街道の一つだった。


勝家が笑った。


「ならば叩くぞ」


「待ってください」


勝家は露骨に嫌そうな顔をした。


「今度は何だ」


「長政様が出てきたからといって、そこへ全軍で行く必要はありません。むしろ、今回はある程度戦ってもらいます」


勝家が眉を寄せた。


「何?」


「こちらの部隊を少し下げます」


「負けたふりをするのか」


「ふりではありません。本当に下がります。ただし、崩れない程度にです」


「なぜ」


「長政様に、今の動きが正しかったと思ってもらうためです」


勝家が黙った。


長秀が少し考え、先に理解した。


「一度出て成果が出れば、また外へ出る」


「はい」


景継は頷いた。


「今ここで長政様を全力で叩けば、小谷へ戻って二度と出てこなくなるかもしれません。それより、外へ兵を出せば織田軍を押し返せると思ってもらった方がいいです」


信長が景継を見る。


「小谷から兵を出させ続けるつもりか」


「そうです。兵が外へ出るたび、小谷の守りが薄くなる。しかも長政様が外へ出れば、その動きに合わせるため浅井側の兵糧も動きます。守らなければならない道も増えます」


景継は小谷と周辺の道を指した。


「私が欲しいのは、長政様の首じゃありません。浅井軍が小谷の外で動かなければならない状況です」


信長は地図を見た。


長政が東へ行けば、西で動く。


南へ出れば、北の道を押さえる。


小谷へ戻れば、また国人への働きかけを進める。


どれを選んでも、浅井家の領域が少しずつ狭くなる。


「嫌な戦い方をするようになったな」


信長が言った。


景継は苦笑した。


「褒め言葉として受け取っておきます」


◇◇◇


浅井長政が率いる軍は、街道を守る織田軍と激突した。


長政自身が前へ出て兵を励まし、浅井軍は激しく攻めた。織田側も抵抗したが、やがて少しずつ後退を始めた。


「押している!」


浅井方から声が上がる。


長政も手応えを感じた。


織田軍は強い。だが、決して戦えない相手ではない。


「追いすぎるな!」


長政は冷静だった。


ここで深追いし、伏兵に遭えば終わる。景継が自分を誘っている可能性もある。


だから必要以上には追わなかった。


目的は、織田軍を完全に倒すことではない。浅井がまだ戦えることを、周囲へ見せることだった。


長政は織田軍を一定の距離まで押したところで兵を止めた。


「戻るぞ」


家臣の一人が驚く。


「追わぬので?」


「追わぬ。景継が何か用意しているかもしれぬ。ここで欲を出す方が危険だ」


慎重だった。


正しい判断だった。


長政軍は大きな損害を出すことなく、小谷へ戻り始めた。


だが、帰路の途中で使者が飛び込んできた。


「殿!」


長政が馬を止める。


「何だ」


「西の街道が、織田方に押さえられました!」


長政の表情が変わった。


「何?」


「さらに、近くの国人二家が戦わず織田方へ道を開けたとのこと!」


長政は一瞬、何も言えなかった。


自分が織田軍を押し返している間に、別の場所が動いている。


「急いで戻る!」


長政軍が小谷へ向かう。


だが、その途中でさらに次の使者が現れた。


「申し上げます! 南側の兵糧運搬路にも織田方の兵が現れました!」


長政は歯を食いしばった。


そこで、ようやく分かった。


これは伏兵ではない。


自分を戦場で倒すための罠でもない。


景継は、自分がどこへ動くのかを最初から当てようとしていなかった。


長政が東へ出れば、その間に西へ動く。


長政が西へ出れば、別の場所を取る。


何もしなければ、国人を離す。


つまり景継にとっては、長政が何を選ぶのかなど重要ではない。


どれを選んでも、その瞬間に空く場所を使う。


「……そうか」


長政が呟く。


家臣が振り返る。


「殿?」


長政は小谷の方角を見た。


「景継は、俺と戦っておらぬ」


家臣が意味を理解できず黙る。


長政は苦い表情を浮かべながら続けた。


「俺が織田軍と戦っている間に、浅井家そのものを小さくしている。戦場で勝とうが負けようが、戻るたびに守るものが減っていくようにしているのだ」


◇◇◇


その夜、浅井軍は小谷へ戻った。


戦場では負けていない。


むしろ、織田軍を押し返した。


それなのに、戻ってみれば出陣前より状況が悪くなっていた。


道が一つ減った。


国人が二つ離れた。


兵糧を運ぶ場所が一つ危なくなった。


家臣の一人が重い声で口を開いた。


「これが続けば、いずれ小谷の周囲しか残らなくなります」


長政は答えなかった。


分かっている。


一戦ごとなら、浅井軍は戦える。


長政自身も、織田の武将に劣っているとは思わない。


だが、戦に勝つたび国が小さくなる。


そんな戦いを続けられるはずがない。


「朝倉殿からは?」


「まだ援軍の時期は……」


長政は目を閉じた。


そこだった。


すべての前提は、朝倉が来ることだった。


それまで耐える。


そのはずだった。


だが景継は、その朝倉を兵一人ぶつけることなく止めている。


「殿」


別の家臣が入ってきた。


「朝倉より使者にございます!」


長政が顔を上げた。


「通せ!」


使者が入り、書状を差し出す。


長政は開いた。


読み進めるにつれ、表情が少しずつ硬くなっていった。


朝倉は援軍を出す。


だが、大軍ではない。


越前国内の不安が消えていない。


織田の動きも読めない。


だから、まずは限られた兵を送る。


長政は最後まで読むと、ゆっくり書状を置いた。


「……少ない」


久政が書状を覗き込む。


「それでも来るのだ。十分ではないか」


長政は父を見る。


「足りません。織田と徳川が、浅井一つへ来ているのです。この兵数では、戦そのものをひっくり返せません」


久政が黙った。


長政はその時、初めて自分たちが本当に孤立し始めていることを実感した。


◇◇◇


織田軍の陣にも、朝倉が限定的な援軍を送るという知らせは届いた。


勝家が景継を見る。


「来たぞ」


「来ましたね」


景継は落ち着いていた。


「朝倉が動けば越前へ手を出すと言っていたな」


信長が尋ねる。


「はい」


「やるか」


景継は地図を見た。


朝倉の援軍は、予想より少ない。


それだけでも十分だった。


「全部はやりません」


勝家が顔をしかめる。


「またか」


景継は少し笑った。


「朝倉に、兵を出したことを後悔してもらえばいいんです。越前を本当に攻め落とす必要はありません。義景様が後ろを振り返れば、それで十分です」


景継は、事前に藤吉郎を通して接触していた者たちへ一斉に使者を出した。


朝倉軍が越前を離れた。


今、動くつもりがあるなら動いても構わない。


ただし、織田が守るとも、援軍を出すとも約束しない。


それでも一人、二人、さらに一人と、少しずつ動き始めた。


大反乱ではない。


城が一斉に朝倉へ背いたわけでもない。


ただ、ある国人が兵を集め始めた。


別の者が兵糧を城へ運び込んだ。


さらに別の者が、朝倉からの命令にすぐには応じなかった。


それだけだった。


だが、越前に残る者から見れば十分だった。


何かが始まるかもしれない。


朝倉の主力が近江へ進んだ後で、本当に国内が揺れ始めるかもしれない。


その知らせが朝倉義景のもとへ届いた。


◇◇◇


「援軍を戻せ!」


義景の声が広間に響いた。


家臣が驚く。


「しかし、浅井殿が!」


「越前が崩れれば、浅井を助けるどころではない!」


「まだ反乱と決まったわけではございませぬ!」


「だからこそだ!」


義景は景継の書状を思い出していた。


浅井を助けるなら、どうぞ。


ただし、その瞬間から織田との約束はなくなる。


最初から、こうなることを考えていたのか。


義景は、自分が景継の言葉通りに動かされたような感覚を覚え、さらに苛立った。


「近江へ向かった兵を戻せ。越前の状況を確かめる!」


そして、その知らせが浅井へ届いた時、長政はしばらく言葉を失った。


「朝倉殿が……戻る?」


「はい。越前国内に不穏な動きがあり、援軍を一度戻すとのことにございます」


部屋が静まり返った。


朝倉は浅井を見捨てたわけではない。


助けようとはした。


兵も出した。


だが、助けられない。


それが景継の狙いだった。


長政はゆっくり立ち上がり、地図の前へ行った。


朝倉の駒を見る。


織田の駒を見る。


徳川の駒を見る。


最後に、浅井の駒を見る。


「景継……」


長政は小さく笑った。


悔しさからなのか、呆れからなのか、自分でも分からなかった。


「お前は、朝倉殿を止めたのではなかったのだな」


家臣たちが長政を見る。


長政は地図上の越前へ指を置いた。


「助けに来ても、帰らなければならない場所を先に作っていたのか。だから朝倉殿が動くかどうかなど、最初からどちらでもよかった」


長政はそこで初めて、景継が金ヶ崎で得たものの大きさを理解した。


以前の景継なら、自分たちの決断を読もうとした。


今の景継は、読んだ上で、それが外れても構わない形を作っている。


それは以前より派手な策ではない。


だが、はるかに崩しにくかった。


◇◇◇


翌朝、景継は信長の前へ呼ばれた。


「朝倉は戻った」


信長が言った。


「はい」


「これで浅井は一人だ」


景継は少しだけ首を横に振った。


「まだです」


信長が眉を上げる。


「まだ何がある」


「浅井家には、まだ城があります。兵もいます。長政様も生きています。そして何より、浅井家の人たちはまだ、自分たちが戦えば何とかなると思っています」


「なら、どうする」


景継は地図を見た。


最後には戦わなければならない。


ただ、その前にもう一つだけやることがある。


「長政様へ使者を送ります」


「降伏勧告か」


「いいえ」


景継は答えた。


「選んでもらいます」


信長の口元が上がった。


「またか」


「今回は二つだけです」


景継は小谷城へ指を置いた。


「小谷に籠って、周囲の道と国人が一つずつ織田側へ変わっていくのを見るか。それとも、浅井家の主力を率いて城を出て、こちらと最後の一戦をするかです」


信長はしばらく黙っていた。


「長政は出ると思うか」


以前なら景継は、浅井長政という男の性格、武将としての誇り、浅井家の当主としての責任を並べ、どちらを選ぶ可能性が高いのか考えただろう。


だが今の景継は、少し笑った。


「分かりません」


信長も笑った。


「そう言うと思った」


「どちらでもいいです。籠るなら、浅井家を外から終わらせます。出てくるなら、その戦で終わらせます。朝倉が再び大軍で来る可能性も、今はかなり低くなっています」


景継は地図へ視線を戻した。


金ヶ崎で景継は、人の決断を読もうとした。


今は違う。


長政が何を選ぶかは長政に任せる。


景継が決めるのは、その選択の先にある戦場だけだった。


小谷城に籠る未来。


城を出て決戦を挑む未来。


どちらになっても、浅井家が朝倉とともに織田を挟む未来だけは、すでに消えている。


朝倉は越前へ戻った。


徳川は織田の隣にいる。


浅井は一人になった。


ここまで来て初めて、景継は浅井長政だけを戦場に残すことができた。


そして次の戦いで、北近江を巡る戦は決着へ向かうことになる。

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