↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第十二章 命運交錯編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
268/283

第二百六十八話 東国への挨拶



前田利家、佐々成政との話を終えた景継は、その足を東へ向けた。


九州へ出陣すれば、いつ戻れるかは分からない。


毛利との取り決めは整い、四国もひとまず落ち着いた。中央には利家や成政がおり、林道家にも留守を任せられる者たちがいる。


それでも、東国まで同じように静かである保証はなかった。


景継が西へ大軍を動かす。


それだけで、天下の力の偏りは変わる。


だからこそ、出陣前に直接会っておきたい者がいた。


◇ ◇ ◇


上杉景勝は、景継の話を最後まで黙って聞いていた。


九州へ本格的に兵を進めること。


毛利からも必要な協力を得られること。


そして、自分がしばらく西に留まる可能性があること。


一通り話し終えると、景勝は低い声で尋ねた。


「長くなると思うか」


「短く終わらせたいとは思っています」


景継は苦笑した。


「ですが、それを決めるのは我々だけではありません」


「島津か」


「それだけなら、まだ分かりやすいのですが」


九州には島津以外にも多くの勢力がある。


どこが従い、どこが抗い、どこが途中で態度を変えるのか。


官兵衛とともに可能な限り読んではいるが、実際に軍が動き始めなければ見えてこないものも多い。


景勝はしばらく考えた後、景継を見た。


「それで、上杉に何を望む」


景継も遠回しには言わなかった。


「私が西にいる間、東国で大きな異変があった場合には、力を貸していただきたい」


「林道のためにか」


「いいえ」


景継は首を振る。


「林道家だけの問題なら、こちらで対処します。ただ、天下の均衡そのものが崩れるような動きがあった時は、見過ごさないでいただきたい」


景勝は景継を見つめた。


やがて小さく頷く。


「分かった」


それだけだった。


余計な約束を重ねることも、恩を売るような言葉もない。


景継も、それ以上を求めなかった。


「ありがとうございます」


「礼は、何かが起きてからでよい」


「何も起きないことを願っています」


「ならば、その方がよい」


景継は頭を下げた。


上杉との話は、それで終わった。


そして次に景継が向かったのは――北条だった。


◇ ◇ ◇


北条氏政は、景継の顔を見るなり九州の話をしたわけではなかった。


「また生まれたそうだな」


挨拶を終えた直後の第一声がそれだった。


景継は思わず笑う。


「もうご存じでしたか」


「楓のことだ。知らぬわけがあるまい」


「それもそうですね」


氏政の表情が緩んだ。


「母子ともに無事なのか」


「はい。楓も元気にしております」


「そうか」


氏政はそれだけ答えると、一度目を伏せた。


娘が嫁ぎ、その娘が子を産む。


戦国の世では、それだけのことさえ当たり前ではない。


まして楓が嫁いだ相手は、天下の争いの中心へ近づき続けている男である。


氏政にとって、心配が消える日はなかっただろう。


「名は?」


「明としました」


「あき?」


「はい。明るいの明です」


氏政がその名を口の中で確かめる。


「明……か。よい名だ」


「ありがとうございます」


「お主が考えたのか」


「はい」


「万代丸の時もそうだったな」


「今回も随分考えました」


「顔に似合わず、そういうところでは悩む男だ」


「顔は関係ないでしょう」


氏政が笑った。


景継もつられて口元を緩める。


「それと、直接ご報告できておりませんでしたが、昨年には茶々との間にも娘が生まれました」


「聞いておる。凛だったか」


「はい。凛です」


「そうか。凛に、明か」


氏政は二つの名を続けて口にした。


「万代丸もおる。随分と賑やかになったものだな」


「以前とは、屋敷の様子がまるで違います」


「お主が子供に囲まれておる姿は、少々想像しにくいがな」


「よく言われます」


「だろうな」


また笑いが起きる。


氏政にとって凛は血のつながった孫ではない。


だが、そんなことをわざわざ口にする様子はなかった。


楓の子である万代丸と明。


茶々の子である凛。


景継の屋敷でともに育つ三人を、そのまま景継の子らとして受け止めている。


「楓は、母親らしくなったか」


「十分に。ただ、万代丸が動き回るようになってきましたので、以前より忙しそうです」


「お主は手伝っておるのか」


「できる範囲では」


「怪しいものだ」


「そこまで信用がありませんか」


「天下のことを考えながら子守ができる男には見えん」


景継は返す言葉を探したが、すぐには出てこなかった。


氏政がそれを見て楽しそうに笑う。


「まあよい。楓が元気なら、それでよい」


「はい」


家族の話が一段落したところで、氏政の表情が変わった。


「それで――九州へ行くのだな」


景継も姿勢を正す。


「はい」


「どこまでやる」


「中途半端に終わらせるつもりはありません」


氏政の目が細くなった。


「九州を平らげるか」


「そのつもりです」


軽く言ったわけではない。


氏政にも、それは分かった。


景継がここまで直接顔を見せに来た理由も、おそらく察している。


「どれほどかかる」


「分かりません」


景継は正直に答えた。


「数か月で大勢が決まる可能性もあります。しかし、島津の抵抗や他勢力の動き次第では長引くでしょう」


「官兵衛も連れて行くのだろう」


「はい」


「ならば、西に随分と力を寄せることになるな」


「そのために参りました」


氏政が景継を見る。


「北条にも留守を頼みに来たか」


「留守をお願いするつもりはありません」


「前田や佐々にも同じことを言ったのだろう?」


景継が目を細める。


「よくご存じですね」


「お主が九州へ行くと聞けば、その前に何をするかくらい考える」


氏政は少し得意そうに笑った。


「それで、上杉にも会ったか」


「……氏政殿に隠し事はできませんね」


「隠しておったのか?」


「いいえ」


「なら問題あるまい」


景継は小さく息を吐いた。


こういうところは、やはり侮れない。


「お察しの通りです。私が西にいる間、中央や東国で大きな異変が起きた場合には、できる範囲で力を貸していただきたい」


「誰かが動くと思っておるのか」


「分かりません」


景継は即答した。


「今のところ、明確に怪しい動きがあるわけではありません。ただ――」


景継はわずかに視線を落とした。


「私と官兵衛殿がそろって九州へ入れば、それを好機と思う者がいても不思議ではない」


氏政は否定しなかった。


戦とは、兵の数だけで起こるものではない。


誰がどこにいるのか。


誰が留守なのか。


それだけで動く者もいる。


「分かった」


氏政の返事は早かった。


景継が顔を上げる。


「よろしいのですか?」


「何を今さら言っておる」


氏政は呆れたように言った。


「お主は楓の夫だ。万代丸と明の父でもある。だからといって北条の兵を好きに使わせるつもりはないが、何か起きた時に知らぬ顔をするほど薄情でもない」


景継は黙って聞いていた。


「それに、お主が西をまとめることが東にとって悪いとは限らぬ。西が荒れ続ければ、いずれこちらにも影響は来る」


「ありがとうございます」


景継は深く頭を下げた。


氏政は手を振る。


「頭を下げるのは九州を片付けてからにせよ」


「それでは、随分先になるかもしれません」


「なら、早く片付けろ」


「簡単に仰いますね」


「お主なら簡単なのだろう?」


「官兵衛殿が聞けば喜びそうです」


「お主は喜ばんのか」


「重圧を感じます」


「嘘をつけ」


二人は笑った。


政治の話は、それ以上長く続かなかった。


必要なことは伝えた。


氏政も了承した。


ならば、あとは九州へ向かうだけである。


◇ ◇ ◇


帰る時になって、氏政が景継を呼び止めた。


「景継」


「はい?」


景継が振り返る。


氏政は先ほどまでと変わらぬ顔をしていた。


「今度来る時は、一人で来るな」


「と申しますと?」


「子らも連れてこい」


景継は瞬きをした。


氏政が指を折る。


「万代丸も、凛も、明もな」


景継は少しだけ目を見開いた。


「三人ともですか」


「何か問題でもあるか」


「かなり騒がしくなると思いますが」


「それくらいでちょうどよい」


氏政は平然と言った。


「万代丸も大きくなったのだろう。明はまだ無理でも、凛の顔も見てみたい」


「凛は茶々の娘ですよ」


景継が念のために言うと、氏政は眉をひそめた。


「知っておる」


「それでも?」


「お主の娘だろう」


あまりにも当然のように返され、景継は言葉を失った。


氏政は続ける。


「楓の腹から生まれたかどうかで、わしが子供への態度を変えれば、楓の方が気を遣うではないか」


景継は氏政を見つめた。


「……そうですね」


「そうだ」


氏政は頷く。


「楓にも伝えておけ。次は皆で来いとな」


「承知しました」


「九州の土産も忘れるな」


「そちらが本命ですか?」


「孫に会うのが本命だ」


「凛は孫ではないのでは?」


「細かい男だな、お主は」


氏政が笑う。


景継も笑った。


「では、三人を連れて参ります」


「ああ」


「楓も一緒に」


「当然だ」


「随分な大人数になりますね」


「北条の屋敷が狭いとでも思っておるのか」


「まさか」


景継はもう一度、氏政へ頭を下げた。


「では、行って参ります」


「ああ。行ってこい」


それだけだった。


特別な言葉はなかった。


氏政は景継の無事を大げさに願うこともなく、景継も別れを惜しむことはなかった。


九州が終われば、また会う。


次は楓を連れて。


万代丸を連れて。


凛と明も連れて。


その時には、明も今より少し大きくなっているだろう。


景継はそんなことを考えながら、北条の地を後にした。


氏政もまた、次に会う時には孫たちへ何を用意してやろうかと、そんなことを考えていた。


二人とも――次があることを疑ってはいなかった。


◇ ◇ ◇


帰還した景継を待っていたのは、九州へ向かう軍勢だった。


旗が並び、馬が揃い、船と兵糧の最終確認も進んでいる。


官兵衛が景継を迎えた。


「随分と遠くまで挨拶に行かれましたな」


「しばらく戻れないかもしれませんから」


「これで心残りは?」


景継は少し考えた。


利家と成政。


上杉景勝。


北条氏政。


話しておきたかった者には話した。


家には楓がいる。


茶々がいる。


万代丸、凛、明がいる。


そして、自分が戻る場所もある。


「ありません」


景継は答えた。


官兵衛が頷く。


「では」


その一言で十分だった。


景継は並ぶ軍勢へ目を向ける。


長かった準備は終わった。


今度こそ、本当に西へ向かう。


九州へ。


景継は静かに息を吸った。


「出陣しましょう」


「はっ」


林道家の軍勢が、動き始めようとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。