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『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第十二章 命運交錯編

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第二百五十三話 四国上陸



海の向こうに讃岐の陸地が見え始めた頃、福島正則は船の舳先に立っていた。


風を正面から受けながら目を凝らしていると、隣の船から声が飛んでくる。


「正則! 落ちるぞ!」


加藤清正だった。


「落ちるか!」


正則が怒鳴り返す。


「それより清正! 俺の船の方が前だぞ!」


「だから競争するなと言われただろう!」


「俺は事実を言っただけだ!」


少し離れた船上で、池田恒興がそのやり取りを聞いていた。


「……景継殿」


「はい」


「今からでも先陣を替えぬか?」


景継は思わず笑った。


「もう遅いでしょう」


「そうだな。陸へ上がれば多少は真面目になるか」


「そこは信じています」


「多少、なのだな」


二人の視線の先で、讃岐の港が次第に大きくなっていく。


しかし、予定していた港へそのまま入ることはできなかった。


港の一部は蜂起した者たちに押さえられており、長宗我部側が確保している場所も混乱が続いている。


景継は船上から港を眺めた。


焼けた建物はまだ少ない。


船も残っている。


それを確認して、胸の内で息を吐いた。


まだ間に合う。


「殿」


後ろから三成が近づいてくる。


「長宗我部側から小舟が来ております」


「元親殿からですか?」


「そのようです」


ほどなく、一人の武士が景継たちの船へ移ってきた。


「林道様。お待ちしておりました」


深々と頭を下げる。


「元親様はすでに讃岐へ向かわれております。先に港の一角を確保し、林道様をお迎えするよう命を受けました」


「分かりました。案内をお願いします」


「はっ」


景継はすぐに振り返った。


「清正殿、正則殿へ伝えてください。勝手に上陸しないように、と」


伝令が走る。


それを聞いた恒興が笑った。


「わざわざ言わねばならんのか」


「念のためです」


「大事な念だな」


◇ ◇ ◇


上陸した林道軍を最初に迎えたのは、疲れ切った長宗我部の兵たちだった。


鎧には泥がつき、目の下には濃い隈が浮かんでいる。


伊予で戦が始まってから、休む暇もなく讃岐へ回された者もいるのだろう。


景継は彼らの前を通り過ぎる際、一人一人の顔を見た。


援軍が来たことへの安堵。


林道軍への警戒。


そして、自分たちだけでは収められなかったという悔しさ。


様々な感情が混じっている。


やはり、前へ出すぎてはいけない。


吉継の言葉を思い出した。


やがて、元親が姿を現した。


「林道殿」


「元親殿」


二人は向かい合う。


元親は以前会った時より、明らかに疲れていた。


それでも背筋は伸びている。


「よく来てくださった」


「遅くなりました」


「いや。十分に早い」


元親はそう言ってから、景継の後ろに並ぶ兵を見た。


清正、正則、恒興、長重。


さらに後方では、三成が上陸した物資の確認を始めている。


「三千と聞いていたが」


「まずは、です。必要なら追加できます」


元親が景継を見る。


「……随分と準備がよいな」


「三成殿のおかげですよ」


名前を呼ばれた三成が遠くから一度だけ頭を下げ、すぐに荷の確認へ戻った。


元親はそれを見て、わずかに笑った。


「頼もしい家臣を持ったものだ」


「本人の前では、あまり言わないでください。さらに細かくなりますので」


「聞こえておりますぞ、殿!」


離れたところから三成の声が飛んできた。


元親が目を丸くし、そのあと声を上げて笑った。


張り詰めていた長宗我部の兵たちの間にも、わずかに笑いが広がる。


その空気が落ち着くのを待ってから、景継は元親へ向き直った。


「状況を教えていただけますか」


元親の表情が戻った。


二人は近くの陣へ入り、地図を広げた。


「伊予はこちらが押している。降る者も増え始めた。このままなら大きく兵を増やさずとも収められるだろう」


元親の指が讃岐へ移る。


「問題はここだ。港を奪った連中に周辺の地侍が加わった。阿波で兵が立ったことで勢いづいている」


「阿波は?」


「こちらはまだ大きく攻めていない。守りを固めさせてある」


景継は地図を眺めた。


ならば順番は決まった。


まず讃岐。


ここを早く収めれば、長宗我部は兵を阿波へ回せる。


「元親殿」


「何だ」


「この戦の総大将は元親殿です」


元親の眉がわずかに動いた。


「林道殿が率いてくれるのではないのか?」


「私は援軍です」


景継は穏やかに答えた。


「四国は長宗我部殿の国でしょう。ならば、最後まで長宗我部殿の戦でなければなりません」


元親はしばらく何も言わなかった。


景継が何を考えているのか、理解したのだろう。


「……恩に着る」


「まだ早いですよ。戦は終わっていません」


「それもそうだな」


元親は笑い、地図へ向き直った。


「では林道殿。力を貸してくれ」


「もちろんです」


◇ ◇ ◇


その日のうちに、反撃の方針が決まった。


長宗我部軍が正面から進む。


清正と正則は左右からそれを支え、蜂起側が使っている街道と港を切り離す。


目的は殲滅ではない。


逃げ道をすべて塞げば、相手は最後まで戦う。


一方を開け、武器を捨てる者は通す。


ただし港へ通じる道だけは確実に押さえる。


翌朝。


まだ朝靄が残る中、長宗我部軍が動き始めた。


その右を清正。


左を正則が進む。


「正則!」


清正が馬上から叫ぶ。


「何だ!」


「殿の命令を忘れるな!」


「お前こそな!」


互いに返事をしながら、それぞれ別の道へ分かれた。


最初に敵と接触したのは清正だった。


港へ続く狭い道に、木柵が築かれている。


その後ろには槍を持った兵が並んでいた。


数は二百ほど。


清正は馬を止め、しばらく柵を眺めた。


「正面から壊す必要はないな」


家臣が意外そうに清正を見る。


「迂回されますか?」


「半分を回せ。後ろへ出ろ。ただし逃げ道は塞ぐな」


「はっ!」


「俺はここにいる」


清正は槍を持ち上げた。


「向こうに、こっちが正面から来ると思わせる」


林道軍が柵の前へ進む。


蜂起側から矢が飛んだ。


盾で受けながら、清正の兵は少しずつ前へ出る。


だが、柵へ殺到はしない。


相手が清正へ意識を集中させた頃、迂回した兵が側面へ姿を現した。


「なっ……!」


蜂起側に動揺が走る。


「今だ!」


清正の声が響いた。


林道軍が一気に距離を詰める。


柵の一部が崩され、蜂起側の隊列が乱れた。


それでも清正は深追いしなかった。


「武器を捨てる者は斬るな!」


逃げ始めた者の中から、槍や刀を地面へ投げる者が出る。


林道兵は彼らを追わず、その横を抜けて港へ続く道を確保していった。


一方、左手では正則が別の集団とぶつかっていた。


「押せ!」


正則自身が先頭近くまで出る。


「正則様! 前へ出すぎです!」


「まだ出てねえ!」


「十分出ております!」


家臣の叫びなど気にも留めず、正則は敵の守りが薄い場所へ兵を集中させた。


清正ほど器用ではない。


だが、一度弱い場所を見つければ、その突破力は凄まじかった。


「ここだ! 一気に抜け!」


林道兵が正則に続く。


蜂起側の一角が崩れた。


正則はそのまま追おうとして――手綱を引いた。


景継の言葉を思い出したからだ。


競争するな。


そして、追い詰めるな。


「……ったく」


正則が舌打ちする。


「逃げる奴は放っておけ! 港への道を押さえるぞ!」


家臣たちが一瞬驚いたあと、大声で応じた。


「はっ!」


正則もまた、少しずつ変わっていた。


◇ ◇ ◇


昼を過ぎる頃には、讃岐の港へ続く二本の道が林道軍と長宗我部軍の手に戻った。


その報告を受けた景継は、すぐに次の指示を出した。


「長重殿」


「はっ」


「ここからはお願いします」


長重は丹羽勢を率いて前へ出た。


役目は戦うことではない。


取り返した道を守り、港を再び奪われないようにする。


さらに、逃げた者が戻ってこないか周囲を警戒しなければならない。


長重は港へ到着すると、父ならどうしただろうかと考えかけた。


だが、途中でやめた。


今ここにいるのは父ではない。


自分だ。


「兵を三つに分ける」


家臣たちが集まる。


「一つは港。もう一つは街道。残りは双方へすぐ動ける位置に置く。港の者には、船と倉を勝手に使わせるな」


「はっ」


「それから、町の者には手を出すな。商人が戻れなければ港を取った意味がない」


命令を出す声に迷いはなかった。


丹羽勢が配置につく。


その頃には、沖から新たな船が近づいていた。


三成が送った兵糧だった。


港へ入った船から、次々と俵が降ろされる。


三成自身も現場へ入り、長重の配置を確認する。


「長重殿」


「三成殿」


「倉を二つ借りたい」


「すでに空けさせています。こちらと、向こうです」


三成が示された方を見る。


「仕事が早いですな」


長重は少しだけ笑った。


「三成殿に言われる前にやっておこうと思いまして」


「それは助かる」


三成は素直に頷いた。


港が戻った。


道もつながった。


兵糧も入る。


朝まで混乱していた讃岐の戦場に、一本の流れが生まれ始めていた。


◇ ◇ ◇


夕刻。


元親の陣へ、各地から報告が集まった。


「港周辺の蜂起勢、およそ半数が武器を捨てました!」


「北の街道も確保!」


「清正殿、正則殿ともに追撃せず、現在は長宗我部勢と合流しております!」


元親は報告を聞きながら地図を見つめた。


一日。


たった一日で、讃岐の流れが変わった。


林道軍がすべてを倒したわけではない。


むしろ実際に斬った人数は思ったほど多くなかった。


それでも道を奪い返し、港を押さえ、兵糧を通したことで、蜂起した者たちの方が先に戦い続ける理由を失い始めている。


「林道殿」


元親が隣を見る。


景継は阿波の報告を読んでいた。


「何でしょう」


「お主は最初から、こうなると思っていたのか?」


景継は少し考えた。


「ここまで早いとは思っていませんでした」


「ほう」


「清正殿と正則殿が、思った以上に言うことを聞いてくれましたので」


元親は一瞬黙り、それから吹き出した。


「本人たちには言うなよ」


「もちろんです」


笑いが収まる。


景継は手元の書状を元親へ渡した。


「それより、こちらです」


元親が目を通す。


表情が変わった。


「阿波か」


「はい」


讃岐で林道軍が上陸したことは、すでに阿波にも伝わっている。


そのため蜂起した者たちは、長宗我部が讃岐を立て直す前に動こうとしていた。


「二つの城を押さえた者たちが合流を始めています」


景継が地図の阿波を指す。


「明日か、遅くとも明後日には一つの軍になります」


「数は?」


「三千ほどになる可能性があります」


元親の目が細くなる。


伊予は収まり始めた。


讃岐も今日の戦で大きく傾いた。


残る大きな火は――阿波。


元親が立ち上がった。


「ならば次は、あそこだな」


「ええ」


景継も立つ。


だが、その顔に焦りはなかった。


讃岐の港が戻ったことで、こちらは兵を動かせる。


兵糧も届く。


そして伊予で降伏が増えれば、元親の兵も戻ってくる。


戦の流れは、すでに変わっていた。


「元親殿」


「何だ」


「明日、阿波へ向かいましょう」


元親は力強く頷いた。


「今度こそ終わらせるぞ」


「そのつもりです」


三つ上がった火のうち、二つは消えようとしていた。


残るは、阿波。


四国を揺らした内乱は、最後の戦いへ向かおうとしていた。



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