↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第十二章 命運交錯編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
251/276

第二百五十一話 伊予蜂起



最初の知らせは、夜明け前に届いた。


土佐へ駆け込んできた使者は、馬から降りるなり足をもつれさせ、それでも休むことなく長宗我部元親への取次ぎを求めた。


ほどなくして起こされた元親は、身支度もそこそこに使者を前へ通した。


「申し上げます。伊予にて兵が立ちました」


元親の顔から眠気が消えた。


「どこだ」


使者が地名を告げる。


元親は黙ったまま、その名を頭の中で反芻した。


景継から四国の情勢について警戒を促す書状が届いてから、まだそれほど日は経っていない。その矢先の蜂起だった。


「数は」


「確認できているだけで五百ほど。しかし周辺の地侍が加わり始めており、さらに増えるものと思われます」


「城を狙っておるのか?」


「いえ。まず我らの役人を追い出し、街道を押さえております。また、近隣の村々へ使いを出しているとのこと」


元親は立ち上がった。


話し合いの余地が残っているのか。それとも、すでに刀で決着をつけるつもりなのか。


少なくとも、こちらが迷っている暇はなかった。


「兵を集めろ。ただし、村を焼くな。降る者まで斬る必要はない」


「はっ!」


家臣が動き出す。


元親は四国の地図を広げ、伊予へ視線を落とした。


五百。


その数だけなら恐れるほどではない。長宗我部が本気で兵を動かせば、押し潰すことはできる。


だが、気になるのは手際だった。


役人を追い出し、街道を塞ぎ、周辺へ使者を走らせる。それらを短時間で行っている以上、怒りに任せて突然立った者たちではない。


「誰がまとめておる」


「まだ分かりませぬ」


「探れ。兵を出すのと同時だ」


元親は甲冑の紐を締めながら、低い声で続けた。


「頭がいるなら頭を止める。そうでなければ、何を理由に集まったのかを調べろ。数だけ減らしても、また立たれては意味がない」


土佐から伊予へ、長宗我部の兵が動き始めた。


◇ ◇ ◇


蜂起の知らせは、瞬く間に伊予の各地へ広がった。


すぐに武器を持って加わる者もいれば、長宗我部への不満を抱えながらも家族を危険に晒すことを恐れ、動かない者もいる。


どちらが勝つか見極めようと、門を閉ざして様子を見る者も少なくなかった。


それでも、最初は五百ほどだった集団は二日後には千を超えた。


街道沿いには柵が設けられ、狭い道には倒木が並べられている。


正面から長宗我部軍とぶつかれば勝てない。その程度のことは、蜂起した側も理解していた。


だからこそ、まともには戦わない。


長宗我部軍が進めば林や山から矢を放ち、追撃されれば奥へ退く。相手の兵を疲れさせながら、少しでも時間を稼ごうとしていた。


報告を受けた元親は、苛立つ家臣たちを抑えた。


「追うな。山へ入れば向こうの思う壺だ」


「しかし、このままでは進軍が遅れます」


「構わん。まず街道を開けろ。それと、降る者には道を残しておけ」


家臣の一人が驚いた。


「ここまでしておきながら、許されるので?」


「首謀した者と、流されて武器を持った者まで同じに扱えば、最後まで戦わせることになる」


元親は前方の山々を見据えた。


ここは敵国ではない。


鎮圧した後も、自分が治めていかなければならない土地なのだ。


やがて、その判断が効き始めた。


日が傾く頃には、蜂起側から十人、二十人と離れる者が現れ始める。


長宗我部側に安堵が広がりかけた、その時だった。


後方から一騎の馬が駆け込んできた。


「申し上げます!」


伝令が馬から飛び降りる。


「讃岐にて騒乱! 港を押さえていた役人が襲われました!」


元親の眉が動いた。


「規模は」


「まだ分かりませぬ。ただ、複数の港でほぼ同時に動きがあったとのこと!」


周囲の空気が変わる。


伊予では土地を巡る不満。


讃岐では港を巡る不満。


原因は違う。


だが、火が上がった時期は重なった。


「……やられたな」


元親が低く呟いた。


ここで伊予の兵を割けば、ようやく崩れ始めた者たちが息を吹き返す。しかし讃岐を放置すれば、そちらの騒ぎが大きくなる。


「讃岐の守りへ現地の兵を集めさせろ。こちらから大軍はまだ動かさん」


「よろしいので?」


「まず伊予を崩す。二つとも中途半端に手を出す方が危うい」


元親はそう命じながら、東へ視線を向けた。


その先には阿波がある。


まだ静かだった。


それが今は、かえって不気味に思えた。


◇ ◇ ◇


伊予と讃岐の知らせが景継のもとへ届いた日の午後。


景継は、すぐに近くにいる者たちを集めた。


石田三成。


大谷吉継。


加藤清正。


福島正則。


池田恒興。


そして丹羽長重。


毛利との大戦のように各地の諸将を呼び集めたわけではない。まだ長宗我部から援軍を求められたわけでもなく、林道家が四国へ出兵すると決まったわけでもないからだ。


今必要なのは、状況を整理し、もしもの時に動ける支度をしておくことだった。


「伊予で兵が立ち、讃岐でも騒ぎが起きました」


景継が地図を広げると、恒興が身を乗り出した。


「元親殿からは?」


「まだ何も」


「ならば、こちらから兵を出すのは早いな」


恒興の答えに迷いはなかった。


「元親殿にも面目がある。自分の領内で騒ぎが起きた途端、他家の軍勢が海を渡ってきたのでは、助けに来たのか領地を狙っているのか分からぬ」


正則が腕を組んだ。


「景継様が四国を取る気なんざないことくらい、元親殿も知ってるでしょう」


「元親殿は知っていても、その下の者まで全員が知っているわけではない」


恒興に返され、正則は口を閉じた。


景継はそのやり取りを聞きながら頷いた。


「恒興殿の言う通りです。今はこちらから兵を入れるべきではありません」


「ただ、準備は必要でしょう」


吉継が静かに口を開いた。


「伊予だけなら長宗我部殿の力で十分に収められたでしょう。しかし讃岐でも同時に動いたとなれば、兵を分けなければならない。さらに別の場所まで動けば、話は変わります」


清正が地図の東へ目を向けた。


「阿波か」


「可能性はあります」


「三つ同時となれば、さすがの元親殿でも面倒だな」


正則が呟いた。


吉継は伊予と讃岐を交互に指した。


「もう一つ気になることがあります。伊予と讃岐では、騒ぎの理由が違います」


「伊予は土地、讃岐は港でしたね」


景継が言うと、吉継は頷いた。


「はい。互いに連絡を取っていたとしても、一つの集団として動いているとは限りません。もし我らが四国へ渡ることになったとしても、一方を鎮めればすべて終わるとは考えぬ方がよいでしょう」


景継は返事をせず、地図を眺めた。


伊予。


讃岐。


そして阿波。


同じ四国の中で起きていても、事情はそれぞれ違う。


実際に兵を出すことになれば、戦場だけを見て動くわけにはいかないだろう。


その時、紙をめくる音がした。


三成だった。


先ほどから四国の地図より、別の書付を熱心に確認している。


正則が怪訝そうに見る。


「三成、お前は何を見ている」


「船だ」


「船?」


「四国へ渡るなら必要だろう」


三成は当然のように答えた。


「まだ出陣すると決まってねえぞ」


「決まってから集めるのか?」


三成がようやく顔を上げた。


「兵を三千送るとしても、人だけを船へ詰め込めばよいわけではない。馬、武具、兵糧も渡さねばならん。どの港から出すかによって必要な日数も変わる」


正則が何か言い返そうとしたが、清正が先に笑った。


「三成の言う通りだ。お前なら出陣が決まった瞬間に槍を持って港へ走りかねん」


「お前にだけは言われたくねえ」


「俺は馬にも乗る」


「そういう話じゃねえ」


恒興が二人を見て、呆れたように笑った。


「お主ら、毛利との戦から何も変わっておらんな」


張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


景継も口元を緩め、それから三成へ向き直った。


「数千をすぐに渡せる準備だけしておいてください。ただし、兵を集結させるところまでは必要ありません」


「承知しました。船と兵糧、それから馬を渡せる港も調べておきます」


「お願いします」


三成が書付へ筆を走らせる。


その横で、長重はほとんど口を開かず地図を見つめていた。


景継はしばらく待ってから声をかけた。


「長重殿はどう思われます?」


長重が顔を上げる。


父・丹羽長秀を亡くしてから、まだそれほど時は経っていない。


以前なら父の隣に座っていた若者が、今は丹羽家の当主として一人でこの場にいる。


「……私も、今は動かぬ方がよいと思います」


長重は慎重に言葉を選んだ。


「ただ、元親殿から援軍を求められてから支度を始めたのでは遅い。兵を集める場所だけでも決めておけば、要請が届いた時にすぐ動けます」


「どこがよいと思われます?」


景継が重ねて尋ねる。


長重は地図へ目を落とした。


迷ったあと、一か所を指す。


「ここなら、瀬戸内へ出やすいかと。三成殿が船を用意する港とも合わせやすいでしょう」


三成が長重の指した場所を見る。


「悪くない」


短い言葉だった。


だが、長重はわずかに表情を緩めた。


景継はそれを見ても、あえて何も言わなかった。


父の代わりとして扱うつもりはない。


長重には長重自身の考えで、この場に座ってもらえばよい。


「では、その場所も候補に入れてください」


「はっ」


長重が頭を下げた。


恒興はそんな若い当主を横目で見てから、景継へ視線を戻した。


「景継殿」


「はい」


「もし元親殿から助けを求められたなら、お主自身が行くつもりか?」


「そのつもりです」


景継は即答した。


「四国の領地を得るためではありません。長宗我部殿を助けるために渡るのですから、私自身が行った方が余計な疑いを生まずに済むでしょう」


恒興は髭に手をやり、しばらく考えた。


「なら、連れていく兵は多すぎぬ方がよいかもしれんな」


正則が目を丸くする。


「少ない方がいいんですか?」


「長宗我部を滅ぼしに行くわけではないからな」


「なるほど」


珍しく正則が素直に頷く。


清正は地図を眺めながら口を開いた。


「それでも戦になるなら、数だけ減らして弱い兵を連れていくわけにはいきませんな」


「その時は、清正殿と正則殿にも働いていただきます」


景継が言う。


二人が同時に顔を上げた。


「お任せを」


「待ってました」


「まだ出陣は決まっていませんよ」


景継が念を押すと、恒興が声を上げて笑った。


「この二人にそれを言っても無駄だろう」


正則は不満そうだったが、清正まで笑っているのを見て何も言い返さなかった。


景継は改めて全員を見渡した。


「今は準備だけです。長宗我部殿から求められない限り、こちらから兵は出しません」


三成は船と兵糧を整え、吉継は四国から届く情報を整理する。


清正と正則には、いつでも兵を動かせるよう自軍の状態を確認させる。


恒興には出陣した場合の兵数や動かし方について意見を求め、長重にも丹羽家の兵の状態を確認してもらう。


それぞれの役目を伝えると、将たちは次々に席を立った。


その中で、吉継だけが地図の前に残った。


視線は阿波へ向いている。


「気になりますか」


景継が尋ねる。


「少々」


吉継は地図から目を離さなかった。


「伊予が動き、讃岐も動いた。それでも阿波だけが静かなままというのは、良い意味であればよいのですが」


景継も阿波を見る。


「私も同じことを考えていました」


「では?」


「すでに報告を急がせています」


吉継はそれを聞いて頷いた。


「杞憂であればよいですな」


「ええ。本当に」


それが本心だった。


四国で大きな戦など起こらない方がいい。


元親自身の手で伊予と讃岐を収められるなら、それに越したことはない。


だが――。


その願いは、三日後に届いた一報によって崩れることになる。


◇ ◇ ◇


阿波の山中にある小さな屋敷。


夜が深まった頃、数人の男たちが顔を揃えていた。


一人が伊予から届いた書状を読み終え、机へ置く。


別の男の前には、讃岐から届いた知らせがあった。


「伊予が立った」


誰かが呟く。


「讃岐もだ」


室内には長い沈黙が落ちた。


これまでなら、長宗我部への不満を口にするだけで終わっていた。


戦って敗れた者。


土地を減らされた者。


新たな支配に馴染めぬ者。


胸の内に抱えているものは、それぞれ違う。


だが、伊予と讃岐が同時に動いたことで、状況は変わった。


最も年長の男が、ゆっくり顔を上げる。


「長宗我部の兵は伊予へ向いている。讃岐にも兵を割かねばならぬ」


誰も反論しない。


「ならば」


男の手が、机の上に置かれた刀へ伸びた。


「我らだけが黙っている理由もあるまい」


伊予から上がった火は、讃岐へ移った。


そして今。


三つ目の火が、阿波で灯ろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。