第二百五十話 燻る四国
景継から二度目の知らせが届いた頃、長宗我部元親のもとにも、伊予を調べさせていた家臣から報告が上がり始めていた。
最初のうちは、元親もそれほど深刻には考えていなかった。
四国を一つにまとめるまでには、多くの戦を重ねてきた。当然、敗れた側のすべてが長宗我部の支配を快く受け入れているわけではない。土地を失った者もいれば、それまで持っていた権益を削られた者もいる。
不満があること自体は、珍しい話ではなかった。
だが、調べれば調べるほど、元親の表情は険しくなっていった。
「もう一度申してみよ」
土佐の居城。
元親の前に座った家臣が、背筋を伸ばした。
「伊予にて、旧来より土地を持つ者たちの集まりが増えております。表向きは酒宴や親族同士の寄り合いとしておりますが、中には普段ほとんど行き来のない者同士が顔を合わせている例もございます」
「名は掴んだか」
「何人かは。ただ、誰か一人が中心となっている様子ではございません」
元親は黙り込んだ。
そこが厄介だった。
一人の野心家が騒ぎを起こそうとしているのであれば、その者を捕らえれば済むかもしれない。だが、各地の者がそれぞれの不満を抱え、それぞれの判断で集まり始めているとなれば、力だけで押さえつけることが正しいとは限らない。
「林道殿から届いた話とも合うな」
米、馬、鍛冶。
景継が知らせてきた小さな変化と、こちらで掴んだ人の動きが、少しずつ重なり始めている。
元親は立ち上がると、部屋の端に広げられていた四国の地図へ向かった。
「讃岐はどうなっておる」
「港を巡って、一部の者が我らの役人と揉めております。ただし、今のところ伊予との繋がりは確認できませぬ」
「阿波は」
「大きな動きはございません」
元親の指が伊予から讃岐、そして阿波へと移っていく。
四国を統一することと、四国を治めることは違う。
戦に勝てば城は落ちる。敵将を降せば、その土地に旗を立てることもできる。
しかし、人の心までは戦の勝敗だけでは決まらない。
元親はそれを分かっていたつもりだった。
「伊予へ使者を出す」
家臣が顔を上げた。
「兵ではなく、使者でございますか」
「いきなり兵を入れれば、まだ刀を抜いておらぬ者まで敵に回す」
元親は地図から目を離さなかった。
「何に不満を持っているのか聞け。土地なのか、役人なのか、それとも我ら長宗我部そのものなのか。まずはそこを知らねばならん」
「はっ」
「ただし」
元親の声が低くなる。
「武器を集めている者については別だ。名を調べよ。こちらが話を聞く姿勢を見せてなお戦を望むのであれば、その時は容赦せぬ」
家臣が深く頭を下げた。
元親は一人になると、再び景継から届いた書状を手に取った。
早かった。
自分たちが本格的に調べ始めるより先に、景継は異変を察していた。
もっとも、だからといって助けを求めるつもりはない。
四国は長宗我部が治める土地である。
その内側で起きた問題なら、まず自分の手で収める。それが元親の考えだった。
「まだ、こちらで片づけられる」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
◇ ◇ ◇
一方、景継のもとには四国以外からも報せが集まり続けていた。
景継はその日の政務を終えると、弥兵衛から渡された書状を順に確認していた。
九州では島津の勢いが衰えていない。
四国では伊予に続いて讃岐にも小さな摩擦が生まれている。
東では、上田での敗北を経験した徳川が大きな動きを見せず、領内を整えている。
どこか一つが、今すぐ天下を揺るがすほどの状況ではない。
それでも景継には、妙な感覚があった。
静かすぎる。
「殿」
弥兵衛の声で、景継は書状から目を上げた。
「どうしました?」
「先ほどから同じ書状を三度ほど読んでおられます」
言われて、景継は手元を見た。
確かに同じ九州からの報告を開いたままだった。
「考え事ですか」
「ええ」
景継は書状を置き、背を伸ばした。
「西国であれほど大きな戦をした後ですから、もう少し静かな日々が続いてほしいと思っていたのですが」
弥兵衛が苦笑する。
「乱世に生まれた者が、それを望むのは贅沢なのかもしれませんな」
「私はそれなりに働いたつもりなのですがね」
「殿がそう思っても、天下の方が休ませてくれませぬ」
景継もわずかに笑った。
とはいえ、今すぐ何かをするつもりはなかった。
伊予については元親自身が動き始めている。ならば、まず任せればよい。
九州についても同じだ。
島津の勢力拡大は気になるが、林道家が今すぐ大軍を送り込む理由はない。
「もう少し見ましょう」
景継が言った。
「四国も九州も?」
「はい。動くべき時より、動かない方がよい時の方が判断は難しいものです」
兵を出すこと自体は簡単だった。
命令を出せば、数日のうちに諸将が準備を始める。
だが、一度軍を動かせば周囲も反応する。
林道家が四国へ向かえば長宗我部は警戒し、九州へ向かえば島津だけでなく毛利や大友、龍造寺など周辺の者たちも意図を探り始める。
今はまだ、その時ではない。
「ただし、船の数は調べておいてください」
弥兵衛の眉が動いた。
「船、でございますか」
「瀬戸内のものだけではありません。九州へ兵を渡すことになった場合、どの港からどれほどの人数を運べるのか。それと兵糧をどこへ集めれば最も早いのかも」
「……動かないと仰ったばかりでは?」
「動かないこと




