↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第十章 天下西進編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
211/283

第二百十一話 追撃の果て




毛利が選んだ戦場を破った翌朝、景継はすぐに追撃を再開した。


夜が明けきる前から兵を動かす。


負傷の重い者は後方へ送り、疲労の濃い部隊は休ませる。代わりに、まだ余力のある部隊を前へ出した。


ここで毛利に時間を与えれば、元春と隆景は必ず立て直す。


「急ぎます。ただし、潰れるまで走らせないでください」


景継の命令を受け、諸将がそれぞれの持ち場へ散った。


先頭では宇喜多勢と清正、正則が交代しながら毛利を追う。


成政も前へ出た。


一方、利家には進軍する本隊と後方を繋ぐ役目を任せた。


取った拠点が増えれば、それだけ補給路は長くなる。追撃に夢中になって後ろを切られれば、今までの勝利が一度に重荷へ変わる。


利家は地図を畳んだ。


「前は任せる。後ろは繋いでおく」


「お願いします」


「だが、必要になったら呼べ」


景継が顔を上げる。


利家は西を見た。


「俺たちも戦うために来た」


「ええ。その時はお願いします」


利家は頷き、兵を率いて後方へ向かった。



毛利の殿を務めたのは、やはり元春だった。


狭い道では小勢を残し、小城には守備兵を置く。


それでも景継は、一つ一つを潰そうとはしなかった。


城には最低限の抑えを残す。


退く毛利兵を必要以上に追わない。


元春が一刻を稼ごうとするなら、その一刻を半刻にする。


そうして軍を前へ送り続けた。


二日。


三日。


五日。


何度も小さな戦が起きた。


清正が押し、正則が交代する。


成政が毛利の殿へ食らいつけば、宇喜多勢がその間に別の道を進む。


後方では利家が兵糧を送り、奪った拠点と本隊の間を繋いだ。


弥兵衛はその間を何度も往復した。


誰か一人が毛利を押しているわけではない。


一つの軍が止まれば、別の軍が前へ出る。


それでも兵の顔には、日に日に疲労が濃くなっていった。


勝っている。


だからこそ、止まれない。


その苦しさを抱えたまま、戦線は西へ動き続けた。



五日目の夕方。


新たに奪った城の上へ、宇喜多の旗が上がった。


「また一つだ!」


兵たちから歓声が起こる。


秀家も城壁へ上がり、西を見た。


数日前まで、自分たちは毛利に追われていた。


今では毛利領の城を奪い、その先へ進もうとしている。


嬉しくないはずがない。


だが城内へ運び込まれる負傷者を見ると、浮かびかけた笑みが消えた。


「……勝つのも楽じゃないな」


後ろから来た景継が答える。


「楽な勝ち方を知っていれば、私も教えていただきたいです」


秀家が振り返る。


景継の顔にも疲れがあった。


眠れていないのだろう。


それでも地図を持つ手は止まらない。


「どこまで追う?」


秀家が尋ねた。


今度は官兵衛が地図を広げた。


「毛利が止まるまでにございます」


「それでは全部取ることになるぞ」


「そこまで退いてくだされば、ありがたい話ですが」


官兵衛の指が現在地に置かれる。


開戦前に聞いた数字が、秀家の頭へ浮かんだ。


五分の一。


上手くいけば三分の一。


あの時は、あまりに大きな話に聞こえた。


だが今、その五分の一へ手が届き始めている。


景継は浮かれることなく地図を見ていた。


「まだ毛利軍は崩れていません」


土地は取った。


戦にも勝った。


だが元春も隆景も健在で、毛利の主力を壊滅させたわけではない。


「いずれ止まります」


景継の指が西へ進む。


「土地を捨ててでも兵を残すことと、国そのものが揺らぐまで退くことは違います」


官兵衛が頷いた。


「次に止まった場所が、本当の勝負でしょうな」


その予想は、間もなく現実になった。



◇



数日後。


毛利の撤退が止まった。


物見から報告を受けた景継たちは、すぐに諸将を集めた。


利家も後方から呼び戻している。


「もう一度お願いします」


景継に促され、物見が答える。


「毛利勢は昨日からほとんど位置を変えておりません。周辺からも続々と兵が集まっております」


「旗は?」


利家が尋ねた。


「吉川、小早川。それに毛利本家の旗も多数!」


成政が腕を組む。


「ようやく逃げるのをやめたか」


「逃げていたわけではありません」


景継が言った。


成政が視線を向ける。


「兵を残すために退いていたのでしょう。だから、これだけ早く集め直せた」


成政は地図へ目を落とした。


「……なら、ここで全部出してくるか」


「おそらく」


秀家の表情も引き締まる。


毛利は今まで、兵を残すためなら土地を捨ててきた。


しかし、それにも限界がある。


城を奪われ続ければ、毛利に従う者たちも考え始める。


この先も毛利についていくのか。


それとも別の道を探すのか。


戦場で兵が残っていても、国そのものが揺らげば意味がない。


官兵衛が地図の一点へ指を置いた。


「ここで止めるつもりでしょう」


秀家が尋ねる。


「ここを破れば?」


「五分の一が、かなり現実的になります」


秀家は官兵衛の顔を見た。


「本当に取るつもりだったんだな」


「そのために、ここまで参りましたので」


景継は地図を見ながらも、別のことを考えていた。


こちらも無傷ではない。


連日の追撃で疲れている。


奪った城には兵を残した。


補給路も伸びた。


そして利家を呼び戻した以上、後方の守りも以前より薄くなる。


毛利が待っていたのは、そこかもしれない。


「利家殿」


「何だ」


「後ろには、どれほど残しました?」


利家が答える。


景継はその数を聞いてから頷いた。


十分とは言えない。


だが前の戦力を減らしすぎるわけにもいかない。


「弥兵衛」


「はっ」


「明日から、後ろも気にしてください」


弥兵衛はすぐに意図を察した。


「毛利が正面だけから来るとは限らない?」


「ええ」


景継が地図を閉じる。


「今度は向こうが、こちらを追い返す番です」



◇



毛利側でも、輝元、元春、隆景が同じ戦場を見ていた。


「ここまで取られたか」


輝元の声は重かった。


隆景は否定しない。


橋を落とした。


道を塞いだ。


小城を使った。


元春も何度も殿を務めた。


それでも景継は、こちらが用意した戦いすべてには付き合わなかった。


必要なら戦う。


必要がなければ進む。


林道だけではない。


宇喜多が立ち直り、柴田勢まで加わったことで、部隊を交代させながら追ってくるようになった。


元春が地図を睨む。


「もう退かんのだな」


「はい」


隆景が答えた。


「これ以上退けば、失うのは城だけではございません」


毛利が押され続けている。


そう見られること自体が危険だった。


勝てる側につく。


生き残れる側につく。


それを考える者が出始めれば、毛利の大軍は戦う前から内側より弱くなる。


「ここで止めます」


元春が兄弟の顔を見た。


「なら今度は、出し惜しみするな」


「そのつもりです」


吉川。


小早川。


毛利本家。


今まで残してきた兵を集める。


輝元が隆景を見る。


「勝てるか」


隆景はすぐには答えなかった。


「景継は強うございます」


元春が険しい顔をする。


隆景は兄が口を開く前に続けた。


「だからこそ、ここまで引き入れました」


元春の目が変わった。


隆景の指が、東から長く伸びた進軍路をなぞる。


「林道は勝ちました。勝ったからこそ西へ進み、城に兵を残し、兵糧を遠くから運んでいる」


その指が、今度は毛利側へ戻る。


「我らは退いた。ですが、退いたからこそ兵を残せた」


元春が立ち上がった。


「なら話は早い」


隆景も頷く。


「今度はこちらが押し返します」



◇



翌朝。


高台へ上がった景継は、毛利軍の全容を見た。


吉川。


小早川。


毛利本家。


昨日までとは明らかに違う数の旗が、一つの戦場へ集まっている。


左右にも兵が広がり、後方には厚い予備が見えた。


「……多いな」


秀家の声から、昨日までの勢いが消えていた。


利家も敵陣を見ている。


「これを残していたか」


「残していたというより、残った兵を集めたのでしょう」


景継は答えた。


成政が前へ出る。


「どちらでも同じだ。来るなら受ける」


その声には力があった。


だが景継は、成政だけを見てはいなかった。


柴田兵の中にも緊張が走っている。


勝家を失ってから初めて迎える大きな戦。


しかも、今度は景継の指揮の下で戦う。


景継は利家へ目を向けた。


利家もこちらを見た。


言葉はなかった。


それで十分だった。


弥兵衛が景継の横へ来る。


「若様。正面だけじゃなさそうです」


毛利の一部が、すでに左右へ動いていた。


守るつもりではない。


こちらを包み、押し返すつもりだ。


その時、毛利陣から法螺貝が鳴った。


一つ。


続いて左右から音が重なる。


元春の軍が動いた。


同時に両翼も前へ出る。


「来ます!」


兵たちの顔から、追撃戦の空気が消えた。


今までとは逆だった。


こちらが追い、毛利が退く戦は終わった。


景継は高台を下りながら命令を飛ばす。


「宇喜多勢は中央! 清正殿を右、正則殿を左へ!」


旗が次々と動く。


「前田殿!」


「おう!」


「柴田勢を中央後方へ! 崩れた場所があれば支えてください!」


利家が即座に兵を動かす。


「成政殿は右へ! 清正殿と合わせてください!」


「待っていた!」


成政が駆けていく。


景継は最後に弥兵衛を呼んだ。


「後ろをお願いします」


「左右だけとは限らない、ですな」


「はい」


弥兵衛はそれだけ聞いて走った。


官兵衛が景継の横へ並ぶ。


「追撃は、ここまでのようですな」


目の前では元春の軍が速度を上げている。


左右からも毛利勢が迫る。


景継は刀へ手をかけた。


「なら、もう一度退かせましょう」


毛利軍の鬨の声が響いた。


林道、宇喜多、柴田。


三つの軍勢がそれを迎える。


次の瞬間。


両軍の正面が激突した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。