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『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第十章 天下西進編

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第ニ百四話 合流



備前へ入った林道勢は、その日のうちに宇喜多方の城へ向かった。


先触れはすでに出してある。


それでも街道沿いには、林道家の旗を確かめようとする者たちの姿があった。


農民。


商人。


宇喜多の兵。


皆、声を上げるわけではない。ただ、通り過ぎていく軍勢をじっと見ている。


その視線を受けながら、弥兵衛が馬を寄せた。


「見られておりますな」


「ええ」


「歓迎されているのでしょうか」


「期待されているのでしょう」


景継は前を向いたまま答えた。


「歓迎とは少し違います」


「同じようなものでは?」


「期待は、外した時に恨みに変わります」


「……なるほど」


弥兵衛は沿道へ目を向けた。


「では、あまり期待されたくありませんな」


「もう遅いでしょう」


宇喜多は一度、毛利に敗れている。


その後も土地を譲りながら退いてきた。


林道家が来る。


その一点を頼りに耐えていた者も少なくないはずだ。


ならば、旗が見えただけで安心する者が出るのも当然だった。


だが景継は、それを勝利とは考えていない。


林道勢が備前へ入った。


まだ、それだけだ。


やがて城が見えてきた。


城門の前には宇喜多の家臣たちが並び、その中央に若い男が立っている。


宇喜多秀家。


官兵衛から聞いていた通り、若い。


しかし、その顔には先の敗戦と、その後の後退を経験した者なりの疲れがあった。


景継が馬を降りる。


秀家も前へ出た。


「林道景継殿か」


「はい」


「宇喜多秀家だ」


形式的な挨拶を終えたあと、秀家は景継の後ろへ視線を向けた。


林道家の旗が続いている。


兵もいる。


荷駄も続いている。


それを確認してから、秀家はもう一度景継を見た。


「……本当に来たな」


景継は少しだけ目を細めた。


「来ると約束しましたから」


「官兵衛にも同じことを言われた」


秀家の視線が、景継の横に立つ官兵衛へ移る。


「必ず来る、と」


「申し上げましたな」


「正直、半分は疑っていた」


官兵衛は気を悪くした様子もなく笑った。


「半分も信じていただけたのであれば十分にございます」


「よく言う」


秀家もわずかに笑った。


だが、それもすぐ消えた。


「中へ。話したいことがある」


景継は頷いた。


◇


広間には宇喜多方の主だった家臣が集まっていた。


景継の側には官兵衛と弥兵衛。


地図が広げられる。


秀家が最初に口を開いた。


「毛利はここまで来ている」


指が地図の上を動く。


「先の戦で敗れてから、いくつかの場所を捨てた。官兵衛の言葉通り、できるだけ兵は残している」


「ありがとうございます」


官兵衛が頭を下げる。


秀家が眉を寄せた。


「礼を言われることか?」


「もちろんです。兵を残していただかなければ、我らが来た意味が半分になります」


宇喜多の家臣の一人が口を挟んだ。


「だが、そのために毛利へ土地を渡した」


声には不満が残っている。


官兵衛はその男を見た。


「取り返せます」


「簡単に言う」


「簡単とは申しておりません」


官兵衛の声は穏やかだった。


「ですが、生きている兵がいれば取り返すことはできます。死んだ兵に土地を取り返させることはできませぬ」


男が黙る。


秀家が話を戻した。


「林道勢が来た。なら、次はどうする」


「まず毛利を見ます」


答えたのは景継だった。


秀家が怪訝そうに見る。


「見ている間にも、向こうは動くぞ」


「動いていただきます」


「何?」


景継は地図へ手を伸ばした。


「私たちが備前へ入ったことは、間もなく毛利へ伝わります。すでに知っているかもしれません」


「おそらく知っております」


官兵衛が続けた。


「林道勢が来る前と後では、毛利も同じ戦い方はできませぬ」


秀家は二人を交互に見る。


「だから、向こうがどう変えるかを見る?」


「はい」


景継が頷いた。


「宇喜多だけを相手にしていた時と同じように進んでくるのか。兵を退くのか。守りを固めるのか。それとも別の場所へ動くのか」


「別の場所?」


「播磨もあります」


秀家の表情が変わった。


「毛利が播磨へ?」


「可能性の話です」


景継は淡々と答えた。


「私が備前へ来たことで、播磨の兵は以前より少なくなっています。信孝様には十分な兵を残していますが、毛利から見れば狙う理由はある」


「だから播磨にも兵を残したのか」


「ええ」


秀家がしばらく景継を見る。


「官兵衛と同じようなことを言うな」


「そうでしょうか」


「一つのことだけ考えていない」


景継は返事をしなかった。


代わりに弥兵衛が地図へ身を乗り出す。


「若様。先に出している者からの報告では、毛利の前の兵は少し動きが鈍くなっております」


「退いていますか?」


「そこまでは。ただ、宇喜多を追っていた時ほど前へ出てこない」


官兵衛が口元へ手を当てた。


「やはり、こちらを待ち始めましたか」


秀家が聞く。


「どうする?」


官兵衛が景継を見る。


景継は少し考えてから答えた。


「明日、前へ出ます」


「戦うのか」


「戦える場所まで行きます」


秀家が眉をひそめた。


「同じではないのか?」


「違います」


景継は地図の一点を指した。


「こちらから決戦を求める必要はありません。毛利が戦いたいなら、どこで戦いたいのかを見ます」


「向こうの望む場所が分かってから動く?」


「分かったからといって、そこで戦うとは限りません」


秀家が黙った。


やがて、小さく息を吐く。


「……やりにくい相手だな」


景継ではなく官兵衛が笑った。


「毛利も、そう思ってくださればよいのですが」


◇


その夜。


林道勢と宇喜多勢の配置が決められた。


先頭に宇喜多だけを置かない。


かといって、林道勢だけで前へ出ることもしない。


宇喜多は地形を知っている。


林道勢には余力がある。


互いの長所を使う形に組み直した。


清正と正則には前方の部隊へ入るよう命じた。


ただし、追撃は命令があるまで禁止。


二人とも不満そうだったが、今回は従った。


さらに数日遅れて柴田勢が到着する予定になっている。


景継は全軍が揃うのを待たずに前へ出ることを選んだ。


待ち過ぎれば、毛利に準備する時間を与える。


だが急ぎ過ぎれば、こちらから相手の用意した場所へ飛び込むことになる。


その間を探す。


夜も深くなった頃、景継は地図の前に残っていた。


官兵衛もいる。


弥兵衛は各隊への伝達を終え、少し前に戻ってきた。


「官兵衛殿」


「はい」


「毛利なら、どうします?」


「私なら、でございますか」


「ええ」


官兵衛は地図を見る。


「まずは退きますな」


「どこまで?」


「こちらが宇喜多と合流した以上、先ほどまでの位置に固執する意味が薄い。少し退いて、我らを引き込みます」


「その先で戦う」


「はい。できれば宇喜多領内ではなく、毛利が兵を動かしやすい場所へ」


景継が頷く。


「私もそう思います」


弥兵衛が二人を見る。


「なら、退いたら追わなければよいのでは?」


「それでは宇喜多の土地を取り返せません」


官兵衛が答えた。


「それに、こちらの目的は宇喜多を助けて終わりではございませぬ」


「毛利領へ入る」


「できるのであれば」


弥兵衛が景継を見る。


「若様は?」


「行きたいとは思っています」


「官兵衛殿ほど勢いがありませんな」


「行けるかどうかは毛利が決めることでもありますから」


景継は地図を見た。


毛利が崩れれば行く。


崩れなければ無理に行かない。


三分の一。


五分の一。


官兵衛は戦う前にそこまで見ていた。


だが景継にとって数字は目的ではない。


取れるから取るのではなく、取った後に使えるものだけを取る。


「明日になれば、少し分かるでしょう」


そう言った時だった。


廊下を走る足音がした。


三人が顔を上げる。


「申し上げます!」


入ってきた兵は息を切らしていた。


「毛利勢に動きがございます!」


弥兵衛がすぐ立ち上がる。


「退いたか?」


「はい。ただし――」


兵が言葉を詰まらせた。


景継と官兵衛が目を合わせる。


「続けてください」


「毛利の前勢が退いております。ですが、ただ退いたのではございません」


「何があった」


弥兵衛が問う。


「退く前に、周囲の兵糧を運び出しております。橋の一部も落とされ、道にも手を入れた形跡があるとのこと」


官兵衛の表情から笑みが消えた。


景継は地図へ目を落とした。


「どこまで退きました?」


兵が場所を示す。


官兵衛がその地点を見る。


しばらく沈黙した。


「……思ったより早いですな」


景継も同じことを考えていた。


毛利は林道勢と正面からぶつからない。


少なくとも今は。


宇喜多から奪った土地へ執着することもなく、自ら使えない状態にして退いた。


こちらが追えば、補給に手間がかかる。


止まれば、毛利にはさらに準備する時間ができる。


弥兵衛が聞いた。


「これも官兵衛殿の予定通りですか?」


官兵衛は地図から目を離さなかった。


「退くことは」


そこで一度、言葉を切った。


「ですが、ここまで徹底して捨てるとは思っておりませんでした」


景継が官兵衛を見る。


「小早川隆景でしょうか」


「おそらく」


官兵衛は答えた。


その声には、不快さよりも別のものが混じっていた。


警戒。


そして、わずかな高揚。


「我らが来ることを見てから動いたのではありませぬな」


「ええ」


景継も気づいていた。


林道勢が備前へ入ったという報告を受け、それから考え始めた動きではない。


その前から、こうなる可能性を考えていた。


「官兵衛殿」


「はい」


「読まれていますね」


官兵衛は少しだけ笑った。


「……そのようですな」


弥兵衛が二人を見た。


「笑っている場合ですか?」


「笑ってはおりませぬ」


「笑っておるように見えるが」


「気のせいでしょう」


景継は二人のやり取りを聞きながら、地図を見続けた。


こちらには官兵衛がいる。


だから毛利より先を読める。


そんな戦にはならない。


毛利にも、こちらを読む者がいる。


ならば、最初に立てた策へ無理に敵を押し込めようとすれば、こちらが崩れる。


景継は顔を上げた。


「明日の予定を変えます」


官兵衛の目が景継へ向く。


「追わないので?」


「いいえ」


景継は首を振った。


「追います」


弥兵衛が眉を上げる。


「橋も落とされているのでしょう?」


「だからです」


景継は毛利が退いた場所を指した。


「向こうは、私たちが止まる時間まで考えている」


官兵衛が景継の指先を見る。


やがて、その意味に気づいたように目を細めた。


「なるほど」


「何です?」


弥兵衛が尋ねる。


景継は答えた。


「毛利が作った道を通らなければいいのです」


部屋が静かになる。


「宇喜多家には、宇喜多家の道があります」


官兵衛の口元に、今度こそ笑みが浮かんだ。


毛利が林道勢の進軍を遅らせるために、道を潰した。


ならば、その道を使わなければいい。


ここは備前。


毛利よりも、この土地を知っている者たちがいる。


景継は立ち上がった。


「秀家殿を呼んでください」


予定は、最初の一手から少しずれた。


それでいい。


相手がいる以上、戦が最初から最後まで思い通りになるはずがない。


毛利がこちらを読むのなら、こちらもまた、その先を考える。


備前での最初の戦は、まだ始まってすらいない。


それでもすでに、林道と毛利の読み合いは始まっていた。



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