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『乱世にて、我は待つ』~知略を秘めた軍師は、やがて天下を動かす~  作者: ダイヤマ
第十章 天下西進編

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第百八十四話 四国の主



 播磨へ戻った景継を待っていたのは、長宗我部元親からの使者だった。


 毛利との会談へ向かうより前に淡路へ入り、そこから播磨まで渡ってきたという。


 つまり、毛利との話がどう決着したのかを知って来たわけではない。


 景継が播磨へ入り、信孝の統治を助けている。


 そして林道家が淡路を領有している。


 長宗我部が使者を送った理由としては、それだけで十分だった。


「お待たせしました」


 景継が部屋へ入る。


 隣には官兵衛。


 そして信孝も同席していた。


 播磨そのものについての話ではないが、四国と播磨は海を挟んで近い。長宗我部が何を考えているのか、信孝も知っておく必要がある。


 使者が深く頭を下げた。


「長宗我部元親が使者にございます」


「林道景継です」


 互いに挨拶を済ませる。


「それで、元親殿は私に何を?」


「林道様が淡路を領有され、さらに播磨へ入られたと聞き、元親様より一度お話をしておくよう申しつかりました」


「なるほど」


 景継は頷いた。


 使者の言葉に毛利の名は出てこない。


 当然だろう。


 景継が毛利とどのような話をしたのか、長宗我部側が知るにはまだ早い。


「元親殿は、私が播磨へ来たことを警戒されている?」


「警戒というより、確認にございます」


「何を?」


 使者が姿勢を正した。


「林道様が、四国へどのようなお考えをお持ちなのかを」


 信孝の眉が僅かに動いた。


 官兵衛は黙って使者を見ている。


「随分と直接的ですね」


「曖昧に申し上げても仕方がございませんので」


「嫌いではありませんよ」


 景継はそう言ってから尋ねた。


「では、こちらからも直接聞きましょう。元親殿は何を望んでおられるのです?」


「四国を、長宗我部の手でまとめることにございます」


「もう、ほとんどまとまっていると聞いています」


「はい」


 使者は否定しなかった。


 土佐から始まった長宗我部の勢力は、すでに四国のほぼ全域へ広がっている。


 阿波、讃岐、伊予。


 各地で抵抗する勢力はまだ残っているものの、もはや四国の情勢そのものを覆せるほどではない。


 元親が四国を一つにする。


 それは遠い将来の話ではなく、目前まで迫った現実だった。


「だからこそ、元親様は林道様のお考えを知りたいのでございます」


「私が残った者たちを助けるかもしれない、と?」


「はい」


「毛利にも同じことを尋ねているのですか?」


 使者は一瞬だけ間を置いた。


「毛利家が何を考えているかについても、当然ながら注意しております」


 答えを濁した。


 景継も追及しなかった。


 長宗我部と毛利の間にも、それぞれの思惑がある。


「分かりました」


 景継は使者を見る。


「今のところ、私は元親殿の四国統一を妨げるつもりはありません」


「……よろしいので?」


「ええ」


 信孝が横から景継を見る。


 使者も少し意外そうだった。


「残る勢力から助けを求められたとしても?」


「その時は内容を見ます」


 景継は即答した。


「ただ、長宗我部と戦うためだけに、こちらから四国へ兵を出すつもりはありません」


「そのお言葉、元親様へお伝えしても?」


「構いません」


 使者が頭を下げる。


「ありがたく存じます」


「ですが」


 景継が続けた。


「こちらからも、元親殿へ伝えていただきたいことがあります」


「何なりと」


「淡路です」


 使者の表情が僅かに変わった。


「淡路は林道家の領地です」


「承知しております」


「長宗我部が四国でどこまで勢力を広げようと、それだけで私は兵を出しません。ですが淡路へ手を出された場合は別です」


「元親様に、そのおつもりはないかと」


「ならば問題ありません」


 景継は続ける。


「淡路近海を通る林道家の船についても同じです。理由なく妨げられることは受け入れられません」


「必ずお伝えいたします」


「お願いします」


 ここまでは簡単だった。


 問題は、その先にある。


「もう一つ」


「はい」


「元親殿は、四国をまとめた後、どうされるおつもりです?」


 使者が黙った。


「聞いておられませんか?」


「……そこまでは」


「そうですか」


 景継はそれ以上問い詰めなかった。


 使者が知らないのか。


 知っていて答えないのか。


 今はどちらでもよかった。


 四国をほぼ手中に収めた男が、そのまま満足するのか。


 海を越えるのか。


 あるいは別の方向を見るのか。


 それは元親本人に聞くしかない。


 すると使者が口を開いた。


「そのことについて、元親様よりお言葉を預かっております」


「どうぞ」


「四国が完全に定まった後、一度、林道様と直接お会いしたいとのことでございます」


「元親殿ご本人が?」


「はい」


 景継は官兵衛を見る。


 官兵衛は僅かに頷いた。


「分かりました」


 景継が答える。


「お会いしましょう」


「お受けいただけますか」


「私も元親殿とは話してみたい」


「では、そのようにお伝えいたします」


「場所については?」


「元親様は、淡路でも構わぬと申されております」


 今度は景継が少し驚いた。


「淡路まで来られると?」


「はい」


 四国統一を目前にした元親自身が海を渡る。


 それが実現すれば、単なる使者同士の交渉とは意味が変わる。


「それならば、こちらとしても都合がいい」


「では、四国の情勢が定まり次第、改めて使者を送らせていただきます」


「お待ちしています」


 使者が深く頭を下げた。


     ◇


 長宗我部の使者が退出すると、信孝がすぐに口を開いた。


「景継」


「はい」


「本当に放っておくのか」


「四国ですか?」


「他に何がある」


 信孝は地図の四国を指した。


「ほぼ全部、長宗我部のものになるのだぞ」


「そうなりそうですね」


「そうなりそうですね、ではない」


 信孝は少し苛立ったように言った。


「四国が一つにまとまれば、それだけ大きな勢力になる。しかも淡路のすぐ向こうだ」


「分かっています」


「なら、今のうちに残っている者たちを助ける手もあるだろう」


 景継は答えず、官兵衛を見る。


「官兵衛殿はどう思います?」


「止めようと思えば、まだ手はございます」


「やはりな」


 信孝が言う。


「残る勢力へ兵糧や銭を送り、場合によってはこちらから兵を出す」


 官兵衛が続けた。


「ただし、そこまでやれば長宗我部との戦は避けられませぬ」


「勝てないのか?」


「その話ではございません」


 官兵衛は地図へ手を置いた。


「四国のほぼ全域を押さえた長宗我部を相手にする以上、少し兵を送って終わる戦にはならぬでしょう」


 信孝が黙る。


 景継は四国の地図を眺めた。


「今はやめておきましょう」


「理由は?」


「元親殿が四国をまとめること自体は、林道家への攻撃ではありません」


「だが、その後はこちらを見るかもしれん」


「だから備えます」


 景継の指が淡路へ移る。


「淡路の守りを固める。港を整える。船を増やす。四国から何が出て、どこへ向かっているのかも掴めるようにする」


 官兵衛が頷いた。


「先に手を出すのではなく、海を渡られた時にすぐ動けるようにしておく」


「はい」


「それならば私も賛成にございます」


 信孝は二人を見る。


「もし元親が本当に淡路へ来たら?」


「その時は戦います」


 景継は迷わなかった。


「そこは譲れません」


「……なるほどな」


 信孝は腕を組んだ。


「お前は天下を狙っているくせに、思ったより戦をしたがらないな」


「戦をしたいから天下を目指しているわけではありませんから」


「それはそうか」


「それに」


 景継は四国から中国地方へ視線を移した。


「毛利と話をした直後に、こちらから長宗我部へ戦を仕掛ける必要もありません」


「毛利との話は、まとまったのか?」


「ひとまず一年は、互いに直接兵を向けないことになりました」


「一年か」


「はい」


 信孝は少し考えた。


「なら、その間に四国を見る?」


「四国だけではありません」


 景継は地図を閉じた。


「そろそろ、自分の領地へ戻ります」


「ようやくか」


「随分と長く播磨にいましたから」


「こちらとしては助かった」


「ここからは信孝様のお仕事ですよ」


「分かっている」


 今度の信孝の返事には迷いがなかった。


「播磨は俺が治める」


「お願いします」


 景継は立ち上がる。


 毛利との会談も終わった。


 播磨もひとまず落ち着いた。


 長宗我部とも、今すぐ戦う理由はない。


 ならば一度戻るべきだった。


 林道家そのものにも、やるべきことは山ほど残っている。


 そして何より――。


 楓が待っている。


 腹の中には、自分の子もいた。


     ◇


 翌日。


 景継が播磨を発つ準備を進めていると、一通の書状が届けられた。


「林道様」


「はい」


「信雄様よりございます」


「信雄様から?」


 景継は書状を受け取った。


 送り主は、確かに織田信雄。


 封を切り、内容を読む。


 短い書状だった。


 播磨で信孝を助けていると聞いた。


 柴田家についても話を聞いている。


 その上で、一度直接会いたい。


 そう記されている。


「何と?」


 官兵衛が尋ねる。


「私と話がしたいそうです」


「信孝様のことで?」


「それもあるでしょうね」


 景継はもう一度書状を見る。


 勝家が亡くなり、柴田家が林道家の下へ入ることになった。


 その直後、景継は信孝に頼まれて播磨へ入り、その統治を助けた。


 信雄から見れば、気にならないはずがない。


「どうされます?」


「お会いしましょう」


「すぐに?」


「まず一度帰ります」


 景継は書状を畳んだ。


「楓に怒られますので」


「それは避けた方がよろしいでしょうな」


「官兵衛殿もそう思います?」


「戦より厄介なこともございます」


「経験がおありで?」


「さて」


 景継は小さく息を吐いた。


 播磨を発つ理由が、また一つ増えた。


     ◇


 その頃。


 信雄もまた、一人の男へ書状を送っていた。


 三河。


 徳川家康の前に、その書状が置かれる。


 家康はゆっくりと目を通した。


 柴田家が林道家の下へ入る。


 信孝は播磨で景継の助力を受けた。


 北条とはすでに縁戚となっている。


 そして今度は、西へ目を向けているらしい。


 書状の最後には、信雄の懸念が記されていた。


 ――このまま林道景継の力が大きくなれば、織田家はどうなる。


 家康は書状を畳んだ。


「殿」


 家臣が声をかける。


「いかがなされます?」


「返事を出そう」


「何と?」


「一度、お話を伺いたい、と」


「信雄様とお会いになるので?」


「そのつもりだ」


 家康は静かに答えた。


 家臣が退出する。


 家康は一人になると、もう一度信雄の書状を開いた。


 林道景継。


 中央で秀吉を倒した男は、今度は西へ目を向け始めている。


 ならば、自分が急いで西へ向かう必要はない。


 家康は書状を閉じた。


「今は、見ておけばよい」


 景継が西と南へ目を向ける一方。


 信雄は家康へ近づき始めていた。




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