第十六話 弟の正義
末森へ向かう道は、清洲へ向かう時とはまるで違って見えた。
馬上の景継は周囲へ目を配りながら、昨日までに集めた情報を頭の中で何度も組み直していた。
信勝のもとには兵が集まり始めている。柴田勝家、林秀貞といった有力者も信勝を支持し、津々木蔵人は各家を回って味方を増やそうとしている。その一方で、本格的な戦を始めるにしては兵糧の動きが小さい。
戦の匂いはする。
だが、まだ戦そのものではない。
今なら止められるかもしれない。
そう考えていると、隣を進んでいた弥兵衛が声をかけてきた。
「若様。まだお考えですか」
「はい」
「何を?」
「最初の一言を」
弥兵衛が意外そうに笑った。
「珍しいですな」
「何がです?」
「若様にも、何を言えばよいか迷う相手がおられるのだなと」
「私はいつも迷っています」
「その割には、よく喋られます」
景継は少し嫌そうな顔をした。
今回の役目は、ただ書状を届ければ終わるものではない。信長から託された言葉は短かった。
『一度、兄弟で話をしよう』
それだけだ。
だが、同じ言葉でも受け取る側によって意味は変わる。和解の申し出にも、降伏の勧告にも、時間稼ぎにも聞こえるし、疑おうと思えば罠とも取れる。
何より景継自身、まだ信勝という人間を知らない。
「弥兵衛」
「はい」
「信勝様は、どのような方です」
「私も詳しくは存じませぬ」
「噂では?」
弥兵衛は少し考えた。
「礼を知る。家臣思い。真面目。兄君とは違い、織田家の当主にふさわしい。そう申す者は多いですな」
「悪い評判は?」
「優しすぎる、と」
「それは悪評ですか?」
「乱世では、時に」
景継は黙って前を見た。
優しい。家臣を大切にする。周囲の声にも耳を傾ける。
それ自体は、決して悪いことではない。
むしろ人の上に立つ者には必要なものだろう。
問題は、誰の声を聞くのか。そして、多くの声を聞いた最後に、自分で決められるのか。
景継が知りたいのは、そこだった。
末森城へ到着した景継たちは、すぐには中へ通されなかった。
当然だろう。
信長のそばにいる人間が、この時期に突然訪ねてきたのだ。警戒されない方がおかしい。
やがて案内役の武士が現れ、景継の腰へ目を向けた。
「武器をお預かりする」
「構いません」
景継は素直に刀を渡した。弥兵衛もそれに倣う。
「若様」
「何です」
「随分と素直ですな」
「ここで揉めて何になるのです」
「成長されました」
景継は横目で弥兵衛を見る。
「昔の私は、どのように見えていたのです」
「五歳で他家と野伏せりをぶつけるような方でした」
景継は黙った。
否定できなかった。
城内へ入ると、清洲とは空気が違った。
廊下を行き交う武士は多い。庭先にも兵の姿があり、武具を運んでいる者も見える。
ただし、景継が想像していたほど慌ただしくはない。
明日にも戦が始まる城ではなかった。
やはり。
まだだ。
景継はそう感じた。
そして広間へ通された時、その考えとは別の意味で足が一瞬だけ止まった。
織田信勝の左右に、見覚えのある顔があった。
柴田勝家。
そして林秀貞。
清洲で何度か顔を合わせたことがある。
今は二人とも、信勝の側に座っていた。
分かっていた。
報告でも聞いていた。
それでも実際に目の前で見るのと、紙の上で名前を読むのとでは違う。
柴田も林も、織田家を長く支えてきた者たちだ。
その二人が信長ではなく、弟の信勝を選んでいる。
本当に織田家は割れ始めている。
景継はその事実を胸に刻んでから、広間の中央へ進んだ。
「林道景継にございます」
頭を下げる。
正面に座る若い男が答えた。
「知っている」
景継は顔を上げた。
「私を?」
「兄上のそばに、妙に頭の回る若者がいると聞いている」
織田信勝。
年は信長より下。整った顔立ちに落ち着いた装いで、兄のような派手さはない。
それでも人前に立つことには慣れているらしく、景継を迎える態度にも余裕があった。
「噂ほどの者ではありません」
「皆、そう言う」
信勝が笑った。
その笑顔を見て、景継は少し驚いた。
信長とはまるで違う。
相手を試すような笑い方ではない。
自然とこちらの緊張を解く。
なるほど。
人に好かれる。
そして景継は、もう一度周囲を見た。
だから柴田や林も、この人を選んだのだろうか。
少なくとも、ただ周囲に担がれているだけの男と決めつけるのは早そうだった。
景継は信長から預かった書状を差し出した。
信勝はその場で開き、黙って読む。
しばらくして紙を畳んだ。
「兄上が、話をしたいと」
「はい」
「お前はどう思う」
いきなり来たか。
景継は少しだけ言葉を選んだ。
「会われた方がよいと思います」
「なぜ」
「戦えば、人が死ぬからです」
信勝がわずかに笑った。
「随分と当たり前のことを言う」
「当たり前のことほど、戦が近づくと忘れます」
信勝の目が少し変わった。
その横では柴田が黙って景継を見ている。
「本当に十三か」
信勝が尋ねた。
「はい」
「兄上から聞いていた通りだな」
「何をでしょう」
「子供らしくない」
「元服しました」
「十三だろう」
「はい」
「十分子供だ」
またか。
美濃でも似たようなことを言われた。
景継は諦めて話を戻した。
「信勝様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「申せ」
景継は信勝を正面から見た。
「本当に、信長様と戦いたいのですか」
広間の空気が変わった。
周囲の武士たちの視線が、一斉に景継へ集まる。
「無礼であろう」
声を発したのは林秀貞だった。
景継はすぐに頭を下げる。
「承知しております。ですが、それを確かめるために参りました」
「兄君の使者が何を」
「よい」
信勝が林を止めた。
そして、しばらく景継を見つめた。
「戦いたいわけではない」
景継は目を細めた。
「では、なぜ兵を?」
「兄上に、このまま織田家を任せてはおけぬからだ」
景継は黙って続きを待った。
「兄上は、織田家を壊す」
信勝の声は静かだった。
だが、迷いなく出た言葉だった。
「父上の代から仕えてきた家臣を軽んじ、昔からのやり方を馬鹿にする。家臣が諫めても聞かず、自分の考えだけで動く。あのような者に任せていては、いずれ織田家そのものが立ち行かなくなる」
景継は反論しなかった。
少なくとも、信勝たちの目にはそう映るだろう。
信長は古いものだからという理由だけで尊重する人間ではない。必要がないと思えば切り捨てる。
それによって不安を抱く者が出るのも当然だった。
「だから、信勝様が織田家を守る?」
「そうだ」
「誰からでしょう」
信勝の眉が動いた。
「何?」
「織田家を、誰から守るのです」
「兄上からだ」
「信長様は織田家を滅ぼそうとしているのでしょうか」
「そのつもりがなくとも、結果としてそうなる」
今度は柴田が口を開いた。
「景継殿」
「はい」
「殿の近くにいるお主には分からぬかもしれぬ。だが、織田家は三郎様一人のものではない」
低い声だった。
敵意というより、重さがあった。
「先代より仕える者がおる。領内には民がおる。三郎様が己の好きなように振る舞い続ければ、そのすべてが巻き込まれる」
景継は柴田を見た。
この男も、この男なりに織田家を守ろうとしている。
それが分かった。
だからこそ厄介なのだ。
どちらか一方が、明らかに間違っているのなら簡単だった。
「柴田殿のお考えは分かります」
「ならば」
「ですが、まだ起きていないことを理由に、先に戦を起こせばどうなるのでしょう」
柴田の顔がわずかに強張った。
景継は続ける。
「信長様が織田家を壊すかもしれない。だから、その前に兄弟で兵を向け合う。それで織田家が割れれば、結局は自分たちの手で壊すことになりませんか」
広間が静まった。
信勝も、柴田も、すぐには答えなかった。
景継は自分の膝の上で拳を握った。
怖くないわけではない。
目の前にいるのは、信長に背を向けても信勝を選んだ者たちだ。
だが、ここで言葉を濁すために来たわけではなかった。
「私は、信勝様が何を恐れているのか知りたいのです」
「儂が?」
「はい」
信勝が薄く笑った。
「兄上が怖いとでも?」
景継は答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
信勝の笑みが消えていく。
「……本当に無礼な男だな」
「申し訳ありません」
「謝るくらいなら言うな」
「それは難しいです」
一瞬の沈黙の後、信勝の口元にわずかな笑みが戻った。
「怖いのかもしれん」
しばらくして、信勝がぽつりと言った。
景継が顔を上げる。
「兄上は、何をするか分からない。皆が当たり前だと思っているものを、平気で壊す。父上の葬儀ですら、あの振る舞いだった」
景継は黙って聞いた。
「家臣が不安になるのは当然だろう」
「そう思います」
信勝が景継を見る。
「兄上のそばにいるお前が認めるか」
「不安になる理由があることと、信長様が間違っていることは同じではありません」
「では、兄上が正しいと?」
「それも分かりません」
信勝が苦笑した。
「お前は、よく分からぬと言うな」
「分からないものを分かったと言うと、後で人が死にます」
その言葉を口にした瞬間、景継自身の胸に五歳の頃の記憶が蘇った。
自分の策で野伏せりを他領へ向かわせた。
策は成功した。
林道家は守られた。
それでも、一人の子供が死んだ。
あの時、自分は分かっているつもりだった。
「だから、分からないうちは確かめたいのです」
信勝は少しだけ景継を見る目を変えた。
「兄上は、お前のそういうところが気に入ったのか」
「それこそ分かりません」
今度は信勝が声を上げて笑った。
その笑いを聞きながら、景継は思う。
悪い男ではない。
むしろ話しやすい。
礼を知り、人の話を聞き、自分を支持する家臣を大切にしている。
柴田や林が信勝を選んだ理由が、少しだけ分かった気がした。
そして、それこそがこの争いを難しくしている。
信長にも信長の理がある。
信勝にも信勝の理がある。
双方が自分こそ織田家のためだと思っているのなら、戦が始まった時に止めるのは難しい。
「信勝様」
景継は改めて切り出した。
「信長様と会ってください」
信勝の笑みが消える。
「話をすれば何か変わると?」
「分かりません」
「またそれか」
「ですが、話さなければ変わる可能性すらありません」
「兄上は儂を信用していない」
「信勝様も信長様を信用していないでしょう」
景継は少しだけ身を乗り出した。
「ならば、せめて互いが何を考えているのか、自分の耳で確かめるべきです。周囲から聞いた兄上ではなく、信勝様ご自身が信長様を見るべきです」
信勝の視線が、一瞬だけ左右へ動いた。
柴田。
林。
津々木。
その動きを景継は見逃さなかった。
「それで兄上が、儂に従えと言ったら?」
「断ればよいでしょう」
周囲がざわついた。
信勝も意外そうに景継を見る。
「お前は兄上の使者ではないのか」
「はい」
「なら、なぜ儂に従えと言わぬ」
「私がここで従えと言えば、信勝様は従うのですか?」
信勝は答えない。
「従わないと分かっている相手に命令しても、話を壊すだけです」
しばらく景継を見ていた信勝が、ふっと笑った。
「お前、兄上に似てきたな」
景継の表情が固まった。
「……それは」
「何だ」
「少し困ります」
「嫌なのか?」
「かなり」
信勝が笑った。
その場にいた柴田の口元にも、ごくわずかな笑みが浮かぶ。
だが、一人だけ笑わない男がいた。
津々木蔵人。
景継と目が合っても逸らさない。
そこにあるのは、はっきりとした敵意だった。
「信勝様」
津々木が口を開いた。
「この者の言葉を信じてはなりませぬ」
景継は津々木を見る。
「なぜでしょう」
「お前に聞いておらぬ」
「私についての話でしたので」
津々木の眉間に皺が寄った。
「三郎様は、信勝様を油断させようとしているだけかもしれぬ」
「その可能性はあります」
津々木が一瞬、言葉を失った。
「……お前は自分の側を疑うのか」
「疑うというより、可能性を消さないだけです。信長様が何を考えているのか、私にもすべて分かるわけではありません」
「ならば、なおさら会う必要などない。罠であったらどうする」
景継は静かに問い返した。
「では、戦えば安全ですか」
「何?」
「信長様と会うのは危険だから兵を挙げる。それなら信勝様は安全なのでしょうか」
津々木の顔が険しくなる。
「若造が。戦を知らぬくせに」
その言葉を聞いた瞬間、景継の中で何かが揺れた。
戦を知らない。
この生では、その通りだ。
だが胸の奥で、別の記憶が一瞬だけ開く。
地を埋める兵。
遠くまで続く旗。
馬の蹄が地を揺らし、何万もの人間が一つの命令で動いていく。
そして。
その中で死んでいく者たち。
景継は無意識に目を細めた。
だが、像はすぐに霧の向こうへ消えた。
「……そうかもしれません」
津々木が怪訝そうな顔をする。
景継は静かに続けた。
「だから、知っていることがあります」
「何だ」
「始まった戦を終わらせるより、始めない方が楽だということです」
津々木は何も答えなかった。
信勝は長い間、黙っていた。
景継も急かさない。
ここで言葉を重ねれば、かえって相手を追い詰める。
やがて信勝が口を開いた。
「三日」
「はい?」
「三日、考える」
景継の肩から、わずかに力が抜けた。
「承知しました」
「兄上にもそう伝えろ。ただし、その間に兄上が兵を動かせば、儂も動く」
「必ずお伝えします」
成功ではない。
だが、失敗でもない。
三日という時間を得た。
その間に信長が動かず、信勝も動かなければ、二人を同じ場所へ座らせられるかもしれない。
まだ間に合う。
そう思った。
退出しようとした時、信勝に呼び止められた。
「景継」
初めて名前だけで呼ばれた。
景継は振り返る。
「はい」
「もし、お前が兄上の弟なら、どうする」
景継は足を止めた。
信勝の立場なら。
兄が家臣たちから理解されず、自分の周りには「お前こそ当主にふさわしい」と言う者たちが集まってくる。
自分なら、どうする。
しばらく考えてから答えた。
「逃げます」
信勝が目を瞬いた。
「逃げる?」
「はい」
「兄上からか」
「いいえ」
景継は首を横に振った。
「周囲からです」
信勝の表情が変わった。
「兄を倒せと言う者からも、あなたこそ当主だと言う者からも、一度離れます」
景継は信勝を見る。
「その上で、自分が本当に何を望んでいるのかを考えます」
広間が静まり返った。
「信勝様ご自身が信長様と戦いたいのであれば、それは信勝様がお決めになることです」
一度だけ、津々木へ目を向ける。
「ですが、周りから『あなたこそ正しい』『戦うべきだ』と言われ続けた末に戦うのであれば」
視線を信勝へ戻した。
「一度、その声が聞こえない場所へ行った方がよいと思います」
信勝は何も言わなかった。
柴田も林も黙っている。
津々木だけが、景継を睨んでいた。
景継は深く頭を下げる。
「出過ぎたことを申しました」
そして今度こそ、広間を後にした。
末森城を出てしばらくしてから、弥兵衛が大きく息を吐いた。
「若様」
「はい」
「寿命が縮まりました」
景継は隣を見る。
「道三様の時にも聞きましたね」
「若様と一緒にいる限り、何度でも申し上げることになりそうです」
「それは困りました」
「私の台詞です」
弥兵衛は呆れたように息を吐いた。
「それにしても、最後のあれは必要でしたか」
「周囲から逃げろ、ですか?」
「津々木殿の顔をご覧になったでしょう」
「見ました」
「斬られるかと思いましたぞ」
「私も少し思いました」
「少しではございませぬ」
景継は小さく笑った。
それから振り返り、遠ざかっていく末森城を見た。
信勝。
会う前に想像していた男とは違った。
愚かではない。
臆病でもない。
家を守りたいという思いも、おそらく本物だ。
だからこそ、周囲もついていく。
「あの方は、弱い方ではありません」
景継が言う。
「では、なぜあれほど迷っておられるのでしょう」
弥兵衛の問いに、景継は少し考えた。
「自分の正しさと、周囲が望む正しさが混ざっているからではないでしょうか」
「難しいものですな」
「ええ」
景継は前へ向き直った。
信長は、周囲が何と言おうと自分で決める。
信勝は、人の声を聞く。
どちらが正しいという話ではない。
人の声を聞かない主は、独りよがりになる。
人の声を聞きすぎる主は、自分の意思を見失う。
「三日か……」
それまで何も起こらなければいい。
だが胸の奥には、小さな棘のような違和感が残っていた。
津々木蔵人。
信勝が三日待つと言った時の、あの男の顔。
納得した者の顔ではなかった。
その夜。
末森城の一室で、信勝は一人座っていた。
景継の言葉が、どうしても頭から離れない。
周囲から逃げる。
そんなことを言った者は、今まで一人もいなかった。
信勝の周囲に集まる者たちは、皆同じことを言った。
信長では織田家が危うい。
信勝様こそ当主にふさわしい。
あなたが織田家を守らなければならない。
柴田も。
林も。
津々木も。
それぞれが、それぞれの理由で自分を支持している。
信勝自身も、それが正しいと思ってきた。
いや。
正しいと思おうとしてきた。
「……儂は」
その先の言葉が出なかった。
兄から織田家を守りたいのか。
兄に勝ちたいのか。
家臣の期待に応えたいのか。
自分でも分からなくなっていた。
「信勝様」
声に顔を上げる。
津々木蔵人が入ってきた。
「何だ」
「三日も待つ必要はございませぬ」
信勝の眉が寄った。
「景継には、三日考えると言った」
「若造との約束にございます」
「約束は約束だ」
津々木は一度、口を閉じた。
だが、引き下がらなかった。
「では、その三日の間に三郎様が兵を動かされたら?」
信勝は答えない。
「林道景継は話し合えと言いました。しかし、あの者は三郎様のそばにいる人間。信勝様を三日待たせ、その間に清洲が備えを整えるつもりだとしたら」
「景継が儂を騙したと?」
「可能性の話にございます」
昼間、景継自身も同じ言葉を使っていた。
可能性を消さない。
その言葉が、今度は逆の意味で信勝の胸へ刺さる。
「今なら、まだ勝てます」
津々木が低い声で言った。
今なら。
まだ。
信勝は膝の上で拳を握った。
三日待てば、何かが変わるのか。
それとも。
三日待ったせいで、すべてを失うのか。
景継の言葉と、津々木の言葉。
二つの声が、信勝の中でぶつかっていた。
同じ頃。
清洲へ戻る道を進む景継は、馬上から暗くなり始めた空を見ていた。
三日。
わずか三日だ。
それだけあれば、兄弟を同じ場所に座らせられるかもしれない。
戦わずに済むかもしれない。
景継はそう願った。
だが、この時の彼はまだ知らない。
自分がようやく作った三日という猶予が、信勝を冷静にするためだけの時間ではないことを。
戦を望む者にとってもまた。
その三日は、最後の一押しをするための時間になる。




