第十一話 読めなかった一手
天文二十二年。
千代丸、十一歳。
二年という時間は、子供の身体を大きく変える。
背は伸び、木槍を持っても以前ほど振り回されなくなった。弥兵衛との稽古でも、十回に一度くらいなら喉元へ槍を突きつけられずに済む。
だが、この日はひどかった。
「死んでおります」
木槍の先が千代丸の胸に触れていた。
「……今日は何度目です?」
「六度」
「昨日より悪いですね」
「考え事をしながら戦うからです」
弥兵衛が木槍を引く。
千代丸は土を払いながら起き上がった。
「戦いながら考えることは必要でしょう」
「考えることと、目の前を見ないことは違います」
「難しいですね」
「若様は何でも難しく考えすぎなのです」
千代丸は木槍を構え直した。
こうして弥兵衛に叩きのめされる日々は、二年前とあまり変わっていない。
だが、千代丸を取り巻く状況は大きく変わっていた。
九歳の頃から、千代丸は定期的に清洲へ呼ばれていた。
最初は月に一度。
やがて月に二度。
時には数日間、清洲に泊まることもある。
正式な家臣ではない。
役目もなければ、俸禄も受け取っていない。
それでも今では、織田家中で林道千代丸の名を知らない者の方が少なくなりつつあった。
三郎様のそばにいる童。
林道とかいう小土豪の次男。
戦場で妙な策を使った子供。
もちろん、好意的な者ばかりではない。
むしろ快く思わない者の方が多かった。
理由は単純だ。
信長が家臣たちの前で平然と尋ねるからだった。
「千代丸。お前はどう思う」
十一歳の子供に意見を求める。
長く織田家に仕えてきた者からすれば、面白いはずがない。
「若様」
弥兵衛が木槍を肩に担いだ。
「最近、清洲で少々目立ちすぎております」
「私のせいではありません」
「信長様のせいだと?」
「はい」
即答した。
弥兵衛が笑う。
「それを御本人の前でも平然と言われるから、さらに目立つのでございます」
千代丸は黙った。
確かに、それは否定できなかった。
その日の夕方、清洲から使者が来た。
また呼び出しかと思ったが、違った。
「信勝様方の動きが活発になっております」
使者の言葉に、景政の表情が変わった。
広間には景久、千代丸、弥兵衛もいる。
「どの程度だ」
景政が尋ねる。
「信長様に従う小身の家々へ、密かに使者を送っているとのこと」
千代丸の目が細くなった。
「内容は?」
「こちらへ来れば所領を安堵する、と」
景久が鼻で笑った。
「今さら俺たちが向こうへ行くわけないだろ」
「兄上」
「なんだ」
「そう考える者ばかりではありません」
「一度信長様についたんだぞ」
「だからです」
景久が首を傾げる。
「信長様が勝てば問題ありません。しかし負ければ、我らは信勝様にとって敵になります。ならば今のうちに頭を下げておこうと考える家が出ても不思議ではありません」
「裏切りじゃないか」
「はい」
「なら斬ればいい」
いかにも兄らしい。
千代丸は小さく息を吐いた。
「全員斬っていたら、最後には誰もいなくなります」
「裏切らなきゃいいんだよ」
「皆が兄上くらい単純なら楽なのですが」
「何だそれ」
「景久」
景政が二人を止めた。
それから千代丸を見る。
「千代丸」
「はい」
「信勝様方は、次に何をすると思う」
千代丸は考えた。
小さな家々を引き抜く。
信長の力を少しずつ削る。
ならば次は。
「信長様に近い者を狙うと思います」
「殺すのか」
「いいえ」
千代丸は首を横に振った。
「殺せば、その者の一族まで敵に回すかもしれません。それより味方にした方がよい。金、土地、あるいは家族。使えるものを使って寝返らせるでしょう」
弥兵衛が尋ねる。
「林道家にも来ると思われますか」
千代丸は少し考えた。
そして答えた。
「来ないと思います」
景政がこちらを見る。
「なぜだ」
「我らは小さすぎます」
林道家は三百五十石ほど。
兵も少ない。
大きな城も持っていない。
千代丸自身が多少信長に気に入られているとはいえ、それだけだ。
「私一人のために林道家を動かすほど、向こうも暇ではないでしょう」
景政は何も言わなかった。
ただ、ほんのわずかに眉を寄せた。
三日後。
千代丸の読みは外れた。
「千代丸!」
夜。
景久が部屋へ飛び込んできた。
「起きろ!」
身体を起こした千代丸は、兄の顔を見た瞬間に何かが起きたと悟った。
「どうしました」
「母上がいない」
千代丸の動きが止まった。
「……何を言っているのです」
「屋敷にいないんだ!」
すぐに立ち上がった。
母・志乃の部屋へ走る。
いない。
侍女に聞く。
家臣に聞く。
門番にも聞いた。
志乃は夕刻、毎月参っている寺へ向かったという。
供は侍女一人と家臣二人。
だが、誰も戻っていない。
「父上!」
広間へ駆け込む。
景政がいた。
その顔は、千代丸がこれまで見たこともないほど険しかった。
弥兵衛もいる。
「母上は」
「まだ分からん」
「寺は?」
「参ったことも、寺を出たことも確認した」
「では帰り道で?」
「ああ」
景政が低い声で答える。
「消えた」
千代丸の頭が動き始める。
道。
距離。
時間。
人数。
誰が志乃の予定を知っていた。
誰なら襲える。
何が残っている。
「供の三人は?」
景政が黙った。
嫌な予感がした。
「父上」
「一人、見つかった」
「どこで」
「道端だ」
「生きていますか」
景政は答えなかった。
それだけで分かった。
千代丸は一度、強く目を閉じる。
考えろ。
今は感情に呑まれている場合ではない。
「残る二人は?」
「分からん」
「馬は?」
「一頭見つかった」
「荷物は」
「残されていた」
「金も?」
「ああ」
物盗りではない。
金目の物に手をつけず、人だけを連れ去った。
最初から母が目的だった。
なぜ。
誰が。
そこまで考えたところで、数日前の自分の言葉が蘇った。
信長様に近い者を狙う。
金、土地、あるいは家族。
「……私だ」
千代丸が呟いた。
景久が振り向く。
「何が」
「私のせいです」
「何言ってる」
「信長様のそばにいる私を動かすために、母上を狙った」
自分で予想していた。
敵が家族を使う可能性まで、自分の口で言った。
それなのに。
林道家は小さい。
自分にはそこまでの価値はない。
そう決めつけて、可能性から外した。
千代丸の拳が強く握られた。
その夜、林道家の者たちは総出で志乃を捜した。
千代丸も加わろうとしたが、景政に止められた。
「なぜです!」
珍しく声を荒らげた。
「私も行きます!」
「ならん」
「母上が!」
「だからだ!」
景政の怒声が響いた。
千代丸が言葉を失う。
「お前まで消えれば、私はどうすればいい」
父の声が震えていた。
その時になって初めて気づいた。
父も怖いのだ。
当主としてではない。
妻を失うかもしれない一人の男として。
さらに息子まで失うかもしれない父親として。
景政は怯えていた。
「……申し訳ありません」
「屋敷にいろ」
「はい」
千代丸は従った。
だが、部屋へ戻っても何もできない。
ただ待つ。
待つことは得意なはずだった。
敵が動くまで。
好機が来るまで。
自分の時が来るまで。
前の生でも、ずっと待ってきたような気がする。
なのに今夜だけは、一刻があまりにも長かった。
夜半。
門を叩く音が響いた。
千代丸は部屋を飛び出した。
家臣が止めるより早く門へ向かう。
そこには見覚えのない男が一人立っていた。
「林道千代丸殿へ」
男が書状を差し出す。
千代丸は受け取らなかった。
「誰からです」
「読めば分かる」
「母は」
男の目がわずかに動いた。
ほんの一瞬だった。
だが、それで十分だった。
この男は知っている。
「生きていますか」
男は答えない。
「答えろ!」
自分でも驚くほど強い声が出た。
周囲の家臣たちが息を呑む。
男もわずかに顔を引きつらせた。
「生きておられる」
千代丸の肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。
「渡してください」
書状を受け取り、その場で開く。
書かれていたことは少ない。
場所。
時刻。
そして条件。
一人で来い。
それだけだった。
「駄目だ」
景政は即答した。
「しかし」
「罠に決まっておる!」
「分かっています」
「ならなぜ行く!」
「母上がいるからです!」
また声を荒らげた。
景久が驚いたように弟を見る。
普段の千代丸ではない。
「千代丸」
景政が低い声で言った。
「落ち着け」
「落ち着いています」
「落ち着いておらん!」
千代丸は黙った。
父が正しい。
頭がいつものように動いていない。
「若様」
弥兵衛が静かに声をかけた。
「相手の狙いから考えましょう」
千代丸は目を閉じた。
ゆっくり息を吐く。
一度。
二度。
それから考える。
相手はなぜ母を殺していない。
自分を呼ぶためだ。
ならば目的は自分を殺すことか。
違う。
殺すだけなら、もっと簡単な方法があったはずだ。
清洲へ向かう道で襲ってもいい。
林道領の外へ出た時を狙ってもいい。
十一歳の自分一人を殺すために、わざわざ志乃を攫い、書状まで寄越す必要はない。
ならば。
「……私と話がしたい」
千代丸が言った。
「何?」
景政が聞き返す。
「相手は私に何かをさせたい。だから母上を生かしている」
弥兵衛が頷く。
「何をさせるつもりでしょう」
答えは一つしか思いつかなかった。
「信長様から離れさせる」
千代丸は目を開いた。
「私を寝返らせたいのでしょう」
翌朝。
千代丸が向かったのは、指定された場所ではなかった。
清洲だった。
「母親を攫われた?」
信長の表情から笑みが消えた。
「はい」
「誰だ」
「分かりません」
「信勝か」
「分かりません」
「柴田か」
「それも分かりません」
「何が分かる!」
信長が怒鳴った。
千代丸は黙って頭を下げる。
「申し訳ありません」
「なぜ謝る」
「私が読み違えました」
信長の眉が動いた。
「何を」
「林道家は狙われないと思っていました」
「……」
「小さすぎるから」
千代丸は唇を噛んだ。
「私一人に、そこまでする価値はないと思っていた」
信長はしばらく何も言わなかった。
そして口を開く。
「馬鹿か」
千代丸が顔を上げた。
「はい?」
「お前は馬鹿かと言った」
「……」
「お前の価値を決めるのは、お前だけではない」
千代丸の目が動く。
「敵だ」
その一言が胸に刺さった。
「自分に大した価値はないと思っておれば、敵も同じように考えてくれると?」
信長が鼻で笑う。
「随分と都合がよいな」
反論できなかった。
完全に自分の失敗だった。
「それで、どうする」
「指定された場所へ行きます」
「一人で?」
「はい」
「殺されるぞ」
「それでも行きます」
「母親のためか」
「はい」
信長はしばらく千代丸を見ていた。
やがて、意外なことを言った。
「なら一人で行け」
部屋にいた家臣が驚く。
千代丸も少しだけ目を見開いた。
「よろしいのですか」
「ああ」
信長の口元が上がる。
だが、いつもの楽しそうな笑みではない。
「相手がお前一人で来ると思っているのなら、その通りにしてやれ」
千代丸の目が変わった。
意味を理解する。
「ただし」
信長は続ける。
「お前は母親の居場所を確かめろ。相手の数も見ろ。余計なことはするな」
「その後は?」
「お前の仕事ではない」
信長は近くにいた家臣へ目を向ける。
「こいつが一人で行くことと、こいつしか行かぬことは別の話だ」
千代丸は黙って信長を見る。
「一人で行け」
信長が言った。
「そして母親を連れて帰れ」
指定された場所は、林道領から少し離れた山中の廃寺だった。
夕刻。
千代丸は本当に一人で山道を歩いていた。
少なくとも、相手から見える範囲では。
腰にあるのは短刀だけ。
門をくぐる。
「来たか」
男の声がした。
正面に三人。
いや。
見えるのが三人だけだ。
人質を見張る者が必要になる。
逃げ道を押さえる者もいるかもしれない。
最低でも、ほかに数人はいると考えた方がいい。
「母は」
千代丸が尋ねる。
「無事だ」
「会わせてください」
「その前に話だ」
「何でしょう」
男が笑った。
「三郎を捨てろ」
予想通りだった。
「信勝様へつけと?」
男の目がほんの少しだけ動いた。
信勝。
その名に反応した。
だが肯定はしない。
「誰につくかなどどうでもよい」
「では?」
「三郎から離れろ」
千代丸は男を見る。
「断れば」
「母親が死ぬ」
「そうですか」
自分でも驚くほど静かな声が出た。
「怖くないのか」
「怖いです」
「なら」
「ただ、一つ分かりました」
男の眉が動く。
「何がだ」
「あなた方は今、母を殺せません」
男の顔から笑みが消えた。
「何?」
「母を殺せば、私を従わせるものがなくなる」
「……」
「少なくとも私が答えを出すまでは、母は生かしておく必要がある」
千代丸はゆっくり周囲を見た。
「そして母は、それほど遠くにはいない」
男の目が一瞬だけ右へ動いた。
本当に一瞬。
だが、千代丸は見逃さなかった。
右。
本堂ではない。
その奥。
離れのような小さな建物がある。
千代丸は男から視線を外さないまま呟いた。
「なるほど」
男が自分の失敗に気づく。
「何がだ」
「いいえ」
千代丸はほんの少しだけ笑った。
「もう十分です」
山の中から鳥が一斉に飛び立った。
男たちが振り返る。
直後、裏手から声が響いた。
「かかれ!」
聞き慣れた声だった。
「弥兵衛……」
木々の間から兵が現れる。
織田の兵。
その先頭近くに弥兵衛がいる。
そして。
「千代丸!」
もう一つ、聞き慣れた声がした。
千代丸は思わずそちらを見る。
「兄上?」
槍を手にした景久が駆けてくる。
「なぜいるのです!」
「母上が攫われてんのに家で待ってられるか!」
「一人で来いと言われたでしょう!」
「お前は一人で来ただろ!」
「そういう意味ではありません!」
こんな状況なのに、千代丸は一瞬だけ呆れた。
だが同時に、不思議なほど肩の力が抜けた。
兄の顔を見ただけで、ようやく少しだけいつもの自分に戻れた。
戦いは長く続かなかった。
相手の目的は千代丸を脅して信長から引き離すことであり、大軍を置いていたわけではない。
それでも全員が簡単に降伏したわけではなかった。
逃げようとする者。
刀を抜いて抵抗する者。
その場で捕らえられる者。
弥兵衛たちが男たちを押さえる中、千代丸は先ほど男が見た方向へ走った。
「若様!」
弥兵衛の声が聞こえたが、止まれなかった。
離れの戸を開ける。
「母上!」
志乃がいた。
柱のそばで手を縛られている。
「千代丸」
生きている。
顔色は悪い。
着物も少し汚れている。
それでも大きな怪我は見当たらない。
千代丸は駆け寄り、震える手で縄へ触れた。
後から来た家臣が縄を切る。
「母上」
「ええ」
「怪我は?」
「大丈夫よ」
その答えを聞いた瞬間、全身から力が抜けそうになった。
「ごめんなさいね、心配をかけて」
その一言で、張りつめていた何かが切れた。
千代丸は母に抱きついた。
十一歳。
普段なら絶対にしない。
志乃も少し驚いたようだった。
「千代丸?」
何も答えられない。
「大丈夫よ」
母の手が頭に触れる。
「……はい」
声が震えた。
「母上」
「何?」
「よかった」
それしか言えなかった。
捕らえた男たちを調べると、信勝側の者とつながっていたことは分かった。
ただし、信勝本人が命じたという証拠までは出なかった。
信勝に近い家臣が独断で動いた可能性もある。
誰の命令だったのか。
どこまで上が知っていたのか。
それはまだ分からない。
だから千代丸も、信勝自身が母を攫わせたとは決めつけなかった。
だが、一つだけはっきりした。
林道家はもう、小さすぎて誰の目にも入らない家ではない。
少なくとも敵からは、そう見られていなかった。
その夜。
屋敷へ戻った千代丸は、一人で庭に座っていた。
「ここにいたか」
父だった。
「母上は?」
「休んでおる」
「そうですか」
景政が隣に腰を下ろす。
しばらく二人とも何も言わなかった。
やがて千代丸が口を開く。
「父上」
「なんだ」
「私のせいです」
「違う」
「違いません」
珍しく父の言葉を遮った。
「私は林道家が狙われるはずはないと思った。自分には、そこまでするほどの価値がないと勝手に決めた。それで母上が」
そこで言葉が止まった。
景政はしばらく息子を見ていた。
「千代丸」
「はい」
「お前は神ではない」
千代丸が顔を上げる。
「すべてを読めると思うな」
「……はい」
「お前はこれからも間違える」
千代丸は黙った。
「私も間違える。弥兵衛も、景久も、信長様でさえ間違えるだろう」
景政は静かに続ける。
「だから、読めなかったことを忘れるな」
「読めなかったことを?」
「ああ」
父は千代丸を見る。
「当たった策より、外れた読みの方が人を賢くすることもある」
千代丸はしばらく何も言わなかった。
やがて小さく頷く。
「はい」
翌日。
千代丸は一冊の小さな帳面を用意した。
最初の頁を開き、筆を取る。
そこへ最初に書いた。
己を小さく見積もるな。
少し考えて、その下へもう一つ書き加える。
敵が自分をどう見るかを考えよ。
千代丸は筆を置いた。
これから自分が間違えたことを、ここへ書く。
なぜ間違えたのか。
何を見落としたのか。
次に同じ状況になった時、何を見るべきなのか。
忘れないために。
同じ失敗を繰り返さないために。
この小さな帳面が後に、林道景継という男の誰にも見せない習慣となることを、この時はまだ誰も知らなかった。
数日後。
清洲で、信長は事件の報告を受けていた。
「母親は?」
「御無事にございます」
「そうか」
信長は短く答えた。
ほんのわずかに表情が緩んだようにも見えた。
「捕らえた者については?」
「信勝様方とつながりがあることまでは判明しております。ただ、誰の命令で動いたかはまだ」
「調べろ」
「はっ」
「勝手に動いた者がいるなら、そいつまでだ。さらに上がいるなら、その上まで探れ」
「承知いたしました」
家臣が下がる。
一人になった信長は、しばらく何も言わなかった。
やがて小さく呟く。
「十一か」
林道千代丸。
十一歳。
まだ元服すらしていない童だ。
それなのに、もう敵が千代丸本人ではなく、その家族まで狙い始めた。
信長は目を細める。
「早すぎるな」
口元には笑みが浮かんでいた。
だが、その目は笑っていない。
信長自身が千代丸を人前で使いすぎたことも原因の一つだ。
自分が価値を示せば、敵もその価値に気づく。
当然のことだった。
「ならば」
信長は小さく呟いた。
「もっと早く強くしてやらねばならんな」
その頃。
林道家では、千代丸が何も知らず帳面の二頁目を開いていた。
次に自分が間違えるとすれば何か。
そんなことを考えながら。
千代丸はまだ知らない。
今回の一件によって、信長が一つの決断をしたことを。
林道千代丸を、ただの面白い童としてそばに置く時期は終わった。
これからは。
この乱世で生き残れる人間として、育てる。
信長がそう決めたことを。




