第七話 狂王
アランは手紙を見つめる。
(楽師はいた……作曲家も実在した)
椅子にもたれながら
アランの頭の中は、また回り始める。
(作曲家殿は部屋から出られません)
(出られないのか)
(出ないじゃなくて)
(出られない……)
(幽閉か?)
(王が?)
(何のために?)
アランは手紙を全部読み返した。
何度も出てくる言葉がある。
「作曲家殿」
「地下の先生」
「王のお気に入り」
「あの方」
アランの指が止まる。
(……名前がない)
どの手紙にも、名前が一度も出てこない。
(作曲家の名前がない)
(なぜだ?)
アランは、
もう一度、最初の手紙を開いた。
(誰も名前を書いてない)
(わざとか?)
しかも署名が破れてる。
手紙の
――e
しか残ってない。
アランはスマホを取り出し写真を撮った
最古の書き込みと手紙を比較する。
ルーペで何度も見比べる。
「似てるな……」
右へ流れる筆跡。
長く伸びる縦棒。
特徴的な曲線。
アランの目が細くなる。
「同一人物か?」
もう一度、手紙に目を戻す。
『作曲家殿』
『地下の先生』
同じ人物を指しているように見える。
だが――
名前だけが、どこにもない。
アランは、ふと手紙の束を見渡した。
(名前を隠した?)
(……いや)
(隠したなら、署名まで破る必要があるか?)
アランは、破れた署名に指を添えた。
残っているのは、
――e
だけ。
「……e」
アランはしばらく考え込んだ。
そして――
ふっと、口元を緩める。
(名前が分からなくてもいい)
(この男が、
ここで働いていたのなら――)
(記録は残っている)
アランは立ち上がった。
司書のところへ向かう。
「給与記録や人員記録はあるか?」
司書は少し考える。
「あるかもしれません」
アラン
「どっちだ」
司書
「離宮の正式記録ではなく、
管理文書の類になりますが」
アラン
「見せてくれ」
司書
「探してみます」
暫くすると司書が資料を持ってくる。
アランは受け取ると、
礼を言う間もなく閲覧室へ入っていった。
そして
人員台帳を開く。
楽師 5名
給仕 2名
医師 1名
そして――
作曲家 1名
アランの目が止まる。
だが。
その名前だけが、黒く塗り潰されていた。
アラン
「……」
「わざわざ消したのか」
アランの目が輝く。
(隠したってことは……
そこに何かある)
(……ん?)
(待て)
資料をめくる音が響く。
別の年の給与台帳を開ける。
楽師 7名
さらに別の年。
楽師 3名
アラン
(増減が激しいな)
別年
楽師 8名
別年
楽師 2名
アラン
(入れ替わりじゃない)
(消えてる)
アランは、しばらく台帳を見つめた。
人数の増減。
消された作曲家の名前。
地下第三区画。
そして――
楽師たち。
アランの視線が、
ゆっくりと別の資料へ移る。
『処刑記録』
アランは、それに手を伸ばした。
資料を開ける。
罪状
「王の御前にて演奏を誤る」
アラン
「は?」
別年。
罪状
「王の御前にて沈黙する」
別年。
罪状
「不敬」
理由
「王の求めた曲を
理解できなかった」
アラン
(理解できなかったで死刑かよ)
(基準が無い)
(気分か)
その頃
誰もいないアランの部屋。
閉じられた楽譜。
カーテンは動いていない。
窓も閉まっている。
それなのに――
ページが開いた。
———
アラン
(ウィルに見せるか)
スマホで数枚写真を撮る。
パシャ。
作曲家の欄。
パシャ。
処刑記録。
パシャ。
黒く塗り潰された名前。
何枚も。
何枚も。
閉館を告げるアナウンスが流れる。
アラン
「もうそんな時間か」
アランは給与台帳を閉じ資料を返却する。
———
アランは家に帰った。
コーヒーを淹れソファに座る。
そして。
ノートパソコンの画面には
手紙。
最古の書き込み。
給与台帳。
ノートパソコンを見ながら
アランの頭の中が回り始める。
(名前だけ消されてる)
(なぜだ)
コーヒーを一口飲む。
(王の命令か)
(それとも後世の誰かか)
コーヒーをまた一口。
部屋は静かだった。
異常なほど静かだった。
まるで何かが
息を潜めアランをジッと見ているかのように。
つづく……。
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次回、第八話「消された名前」




