第四話 透かし紋
数日後。
ウィルがアランを訪ねてきた。
ウィル
「インクの劣化状態から見て、
書き込みは少なくとも数世紀に渡っている」
「一番古いものと新しいものじゃ、
かなり年代差がある」
アラン
「やっぱりか」
ウィル
「だが、妙なんだ」
「どの書き込みも、
同じ部分に集中している」
アラン
「同じ部分?」
ウィル
「あぁ」
「演奏者は違う。
年代も違う。
使っているインクも違う」
ウィルは資料を指さした。
「だが、同じ数ページの中だけ、
異常なほど書き込まれている」
「最初は俺も、
音楽のことだから分からないと思った」
「だが、いくつか調べてみた。
普通なら、演奏者によって
書き込む場所は違うらしいな」
「指の動かし方だったり、
テンポだったり、
演奏するときの注意点だったり……」
「それぞれ違う」
ウィルは楽譜を見た。
「なのに……
こいつらは皆、
同じ場所から動かない」
アラン
「……」
ウィル
「もっと妙なのはな、
最初の書き込みも、
最後の書き込みも――
内容が、ほとんど変わらない」
アラン
「……どういう意味だ」
ウィル
「何十人もいるのに
全員が、
同じところで引っかかってる」
ウィルは少し黙ってから続けた。
「アラン……。
俺は音楽のことは分からん。
だが、この書き込みを書いた連中、
誰も、曲について書いてない」
アラン
「……」
ウィル
「演奏の仕方でもない。
指の動かし方でもない。
どう弾くかじゃない」
ウィルは、楽譜の同じ箇所を指した。
「全員、ここで止まってる」
アランは、その箇所をじっと見つめた。
「……何がある?」
少し沈黙が流れる。
アラン
「……」
ウィル
「それから
最古の筆跡らしいものを見つけた」
アランの目がわずかに輝く。
「なんて書いてある?」
ウィル
「読めない」
「掠れてる」
ウィルは最古の筆跡と思われる写真を
アランに見せた。
アラン
「これか…」
ウィル
「筆跡の年代は出せる」
「だが、書いた奴らの考えてることまでは
分からん」
「だから、あまり追いかけるなよ」
アラン
「あぁ……」
アランはもう
ウィルの言葉を聞いていなかった。
写真と楽譜を並べる。
古い書き込みの写真。
楽譜。
また写真。
また楽譜。
ウィル
「おい」
反応なし
「アラン!」
反応なし
アランはルーペを取る。
ウィル
「アラン!!」
アラン
「ん?」
ウィル
「聞いてんのか!?」
アラン
「……あぁ」
アランは
ルーペを覗き込みながら答えた。
ウィルは深く息を吐くと
玄関の方へ歩いて行った。
ドアが閉まる。
ウィルが帰ったことも気づかなかった。
———
アラン
「これだな」
写真を見比べていたアランの手が
止まる。
「……」
一枚の写真。
最古の書き込み。
アランはルーペを近付ける。
掠れすぎて
写真では分からない。
アランは楽譜を開く。
同じ場所。
ルーペを近付ける。
(なんか分かりそうなんだけどな…)
目を細める。
アランは立ち上がり窓際へ移動した。
もっとよく見ようと楽譜を光に透かしてみる。
その時、ページの隅。
無数の書き込みに隠れるように、
微かな模様が浮かび上がる。
(……ん?)
アランは楽譜を傾ける。
消える。
もう一度、角度を変える。
浮かび上がる。
(……何だ?)
ルーペを近付ける。
(葉?)
(いや……枝か?)
アランは目を細めた。
(月桂樹か?)
だが妙だった。
紋章集で見た月桂樹とは
どこか形が違う。
ごく薄い。
紙の表面に描かれたものではない。
紙そのものに、何かが隠されている。
———
アランは別のページも光にかざした。
書き込みが邪魔で分かりにくい。
だが、
何かがある。
別のページ
アラン
(これは……根か?)
さらに別のページ。
(……さっきの模様と似ている)
アランはページを並べていく。
一枚。
また一枚。
葉。
枝。
根。
それぞれのページに、
ごく薄く残された模様。
アランは
何時間もかけて丹念に調べていった。
やがて――
(幹……?)
気づけば、窓の外は暗くなっていた。
テーブルの上のコーヒーは、
すっかり冷え切っている。
だが、アランは気にしない。
ページを並べ直す。
そして――
アランは気づいた。
(月桂樹じゃない)
葉。
枝。
幹。
根。
何十枚ものページに隠されていた模様が、
一つにつながっていく。
一本の大樹。
アラン
「……一本の大樹だ」
それは――
紋章の一部だった。
つづく…。
お読みいただきありがとうございます。次回は、第五話「地下第三区画」




