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第二話 再び

あの日からエスターシュは、

その楽譜を閉じたままにしていた。


しかし

あの旋律が忘れられない。


(あの部分はもう少し遅く…)


いつも考えてしまう。


そして気がつけば

あの楽譜の前に立っている。


いつしか夜になると

弾きたくなってしまう。


毎夜のように楽譜を開く。

そしてエスターシュは奏でてる。


ある夜


どこからか、

微かなヴァイオリンの旋律が聞こえた。


エスターシュは、ゆっくりと顔を上げた。


――誰が弾いている?


そう思った。


次の瞬間。


エスターシュは、

譜面台の前に立っていた。


いつ、ここまで来たのか。

自分でも分からない。


目の前には、あの楽譜。


エスターシュは、しばらく動けなかった。


やがて、ゆっくりと楽譜を開く。


それが自分の意思で

開けてるのかどうかも分からない。


弓を手に取る。


そして――

奏でる。


眠ることもできない。


そんな日々が何日も続いた。


エスターシュは、怖くなり楽譜を

鍵のかかる扉にしまった。


(これで、もう大丈夫だ)


そう思った。


その夜。

エスターシュは久しぶりに眠りについた。


———


それから暫く経ったある日。


サロンでの演奏会。

上流階級独特の華やかな雰囲気。

優雅なひと時。


そんな中、

エスターシュの演奏が始まる。


エスターシュは肩にヴァイオリンを乗せ、

ピアニストとアイコンタクトを取る。


そして

一音目。


ざわめき。


ピアニストと曲が合わない。


動揺が見える。


でも、

エスターシュは止められない。


止めることが出来ない。


冷や汗が出る。

頭では分かっている。


だが、

エスターシュの指が勝手に動く。


その指が弾いているのは

あの楽譜のあの旋律。


———


演奏会の後。


エスターシュはその後、

どうやって家に帰って来たのか思い出せない。


部屋に入ると、しまったはずの

譜面台の上にあの楽譜が置いてある。


エスターシュは

楽譜を鍵のかかる棚にしまった。


そして部屋を出た。


———


翌朝。


確かに楽譜は

鍵のかかる棚にしまったはずなのに、

机の上に出ている。


(きっと、疲れているのだ)


演奏会の失敗。

周囲の視線。

精神的な疲労。


エスターシュは

ふと楽譜を開く。


そこには

見覚えのある筆跡。


自分の字。


だが書いた覚えはない。


”昨日は人前で弾いてしまった”


エスターシュは

声にならない恐怖を感じた。


いくつも鍵を増やしていく。


それでも

エスターシュは安心できなかった。


夜になると、

誰もいない部屋から

ヴァイオリンが聞こえる。


エスターシュは眠れなくなる。


それも。

自分がまだ弾いたことのない部分。


やがて。


昼間にも聞こえるようになる。

食事をしていても。

人と話していても。

耳の奥でずっと旋律が聞こえる。


———


エスターシュはあの旋律を忘れようと

とした。


だが

いつも同じ旋律を口ずさんでいる。


ある日

エスターシュは気付く。


どんな曲を奏でても、

気付けば指は

あの旋律へ戻っていた。


エスターシュは


自分が弾いているのか

誰かが弾かせているのか

分からなくなっていた。


憔悴しきったエスターシュが

最後に気付いたものは


余白の書き込みは、

歴代の演奏者たちのものだと。


そしてページには、

まだ空白が残っている。


彼は震える手で書く。


”終わりはこない“


———


そして――

翌朝。


エスターシュは部屋で亡くなっていた。

譜面台にはあの楽譜。


余白には、

新しい筆跡が増えていた。


———


エスターシュの死後、

彼の遺品は整理された。


楽器。

書物。

楽譜。


その多くは競売にかけられ、

各地の収集家たちの手へ渡っていった。


その中に、

あの作者不明の楽譜も混じっていた。


価値の分からぬ楽譜に、

誰も興味を示さなかった。


ただ一人の収集家が、

他の楽譜とまとめて買い取っただけだった。


それからも。


楽譜は持ち主を変え続けた。


ある者は収集品として棚に飾り。

ある者は演奏を試み。

ある者は理由も分からぬまま手放した。


———


それから

数百年の時が流れた。


とある街で開かれていた

アンティークフェア


古書。

地図。

版画。

古い楽譜。


様々な紙の歴史書が並ぶ中、

一冊の楽譜が

ひっそりと置かれていた。


ある青年が、

様々な古書や楽譜を

歩きながら見ていた。


そして

ある一冊の楽譜に目を止める。


その青年は手に取り楽譜を見る。


豪華な装丁ではない。

革張りの表紙は色褪せ、

角は擦り切れていた。

題名もなければ、

作曲家の名前も記されていない。


ページを開ける。


掠れたインク

小さな文字。

誰かの書き込み。


青年

「おっさん!これも他と同じ?」


店主はちらりと楽譜を見る。


「そうだな……」


店主は少し考えた。


「革張りだから高いぞ」


青年

「そんな理由かよ!」

「まけてくれよ」


店主

「駄目だ」


青年

「ちぇっ」


店主

「嫌なら置いてけ」


青年

「分かったよ、買うよ」


青年は楽譜を抱えると、

人混みの中へ消えていった。


あの楽譜が

再び姿を現した。


つづく…

お読みいただきありがとうございます。

次回、第三話「楽譜の謎」

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