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第十五話 仮説

その楽譜だけが、

数百年をも生き延びた。


アランは、

旧離宮跡地の場所を調べ終えていた。


遅めの朝のコーヒーを飲み干すと

テーブルの上のクルマのキーを無造作に取る。


そして

楽譜を手に取り玄関を出た。


クルマに乗り込む。


助手席にはあの楽譜。

目的地はもう頭の中に入っていた。


エンジンをかける。

アランは

ゆっくりとアクセルを踏む。


旧離宮跡地へ向かう道は、

思ったより静かだった。


しばらく走ったところで。


アランは

ハンズフリーでウィルへ電話をかける


着信音が鳴る。

一回

二回

三回


「よう、アラン」


ウィルが出る。


「また無茶な頼み事か?」


アランは前を見たまま笑う。

「いや」


「今日は俺の推理を聞いてくれ」


数秒の沈黙。


ウィルが静かに答える。


「……聞こう。」


アランは、

ゆっくりと口を開いた。


「本当にそんなものがあるのか。」


「これから確かめる。」


数秒の沈黙。


ウィルの声が低くなる。


「……よせ、アラン。」


「お前、自分が何を言ってるか分かってるのか。」


アランは笑う。


「だから行くんだ。」


ウィルの声が一気に荒くなる。


「よせ!」


「お前が破滅するかもしれないんだぞ!」


だが。


アランはもう、

ウィルの声を聞いていなかった。


スマホをゆっくりと下ろす。


「アラン!」


「今、どこにいる!」


「アラン!!」


「アラン!!!」


通話は切れた。


———


アランの目の前には、

旧離宮跡地。


かつて王家の離宮だった場所。


今は立入禁止区域として、

高いフェンスに囲まれている。


アランは車を降りる。


助手席から楽譜を手に取る。


風が吹く。


フェンス越しに、

鬱蒼とした木々が揺れた。


アランは口元を歪める。


「……ようやく来た」


迷いはなかった。


フェンスへ手を掛ける。


そして、

躊躇なく乗り越えた。


草を踏む音が響く。


建物の大半は失われていた。


風が吹く。

森がざわめく。


火災の跡。

崩れた石壁。

焼け焦げた柱を見つめる。


アラン


(原因不明の火災……)

(地下には大量の書物と楽譜。)

(長年放置された紙や羊皮紙。)


(湿気と乾燥を何百年も繰り返せば、

劣化した紙や保管材が何らかの原因で出火した可能性もある。)


アランは崩れた石壁へ目を向ける。


(その火災で建物は焼け落ちた。)

(だから地下が見つかった。)


(皮肉な話だ。)

(もし火災がなければ。)


(地下図書館も。)

(この階段も。)

(誰にも見つからないままだった。)


アランはゆっくり石段へ

視線を落とした。


地下から、冷たい空気が流れてくる。


真夏だというのに。

その風だけが、異様に冷たい。


アラン

口元が上がる。


「……答え合わせだ」


そして降り始めた。


一段。

また一段。


石段は長かった。

想像以上に。


王家の離宮というより。


要塞。

あるいは。


牢獄。

そんな印象だった。


やがて。

下へ辿り着く。


石造りの通路。

天井は高い。

壁には古い燭台。


アランの足が止まる。


床。

石畳の上。


薄く。

無数の傷が残っている。


アランはしゃがみ込む。

指でなぞる。


線。

また線。

さらに線。

同じ位置。

何本も。

何百回も。

繰り返し付いたような傷。


ヴァイオリン。

チェロ。

何かを引きずったような跡。


(楽器か)


(あるいは、演奏台を引きずった跡……)


何十年も。

同じ場所を通った。

その痕跡。


(王の機嫌によって。)

(何十人も)

(入れ替わった)


アランは立ち上がると

通路の奥を見る。


暗闇のその先に

重い鉄扉が見えた。


(第三区画)

(おそらく…あそこだ)


アランは近付く。

鉄扉は閉じられている。


アランは扉へ手を触れる。


冷たい。

驚くほど冷たい。


何百年も地下にあった鉄。

そう考えれば当然だった。


そして扉を押した。


重い音。

ギィ……


長い年月をかけて

固着していた扉が僅かに開く。


冷たい空気が流れ出る。

アランは懐中電灯を向けた。


部屋だった。


広い。

思ったよりも。

遥かに広い。


円形。

まるで劇場。

あるいは演奏ホール。


壁沿いには椅子。

中央には演奏台。


その奥に木製の譜面台。

椅子。


そして。


骨。


そこだけ。

まるで時間が止まっていた。


つづく……。


お読みいただきありがとうございます。

次回は、 最終話 「最後の演奏者」

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