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最終話 最後の演奏者

骨は崩れていた。

衣服も朽ちている。


だが。

姿勢だけは分かる。


(何年…いや何十年ここいた)


椅子へ座ったまま。

譜面台を見つめるように。


(王のためだけに書かされる)


アランはゆっくり近付く。


(ペェーリル)


(王はペェーリルを重用したんじゃない)

(死なせなかったんだ)

(苦しめる道具として必要だった)


その時。


カラン。


アランは音のした方を振り向く。


演奏台のその上。

何かが転がった。


小さな物。


アランは近付く。

木片かと思った。


違った。

古いペン先だった。


羽ペンの金属部分。

錆びている。


何百年も前の物。

アランは拾い上げる。


その瞬間。

ふと演奏台の表面に目を向ける。


埃の下。

無数の傷。


文字だった。

アランは懐中電灯を近付ける。


読めない。

削られている。


いや。

消された。


誰かが意図的に消したのか。

アランは指でなぞる。


一文字。

また一文字。

指の感覚で文字を特定する。


『注』


アランの目が細くなる。


(レオネルか?)

(書いたが自分で消したのか)

(あれは王の機嫌に注意だったのか)


(虚言なんかじゃない)

(真実を)

(だから処刑されたのか)


ふと奥に目を向ける。


(ん?)


石壁の向こうに懐中電灯を照らす。

まだ下へ続く階段がある。


アランの口元がゆっくりと上がる。


「……まだあるのか」


そう呟く声は、

どこか嬉しそうだった。


アランは迷わず歩き出す。


そして

下へ降りる。

一段。

また一段。

石の階段は続く。


(王はペェーリルの自由を奪い)


(人生を奪った)


壁は濡れていた。


冷たい雫が、

石段へ落ちる。


また一段。


(光の届かない場所)


階段は、

まだ終わらない。


(時間さえ奪われた)


石段はさらに下へと続いていた。


(幽閉され

死ぬまで書かされ続けた)


まるで。

地下へ降りているのではなく。

時代を遡っているようだった。


(ペェーリルは恨みや憎しみ

遺恨を音符に刻み続けた)


やがて――

石段が終わる。


アランは静かに足を踏み出した。


懐中電灯の灯りが、

ゆっくりと地下を照らしていく。


崩れた石壁。

朽ちた木片。

砕けた譜面台。


静寂だけが広がる空間。


その光が、

地下の中央で止まった。


そこには

一本の古いヴァイオリン。


アランは近付く。


一歩。

また一歩。


懐中電灯の光が木目を照らす。


古い。


だが。

保存状態は異様に良かった。


次の瞬間。

アランの耳が何かを捉える。


音。


遠く。

とても遠く。

どこか深い場所から。


誰かが椅子を引くような音。


ギ……


静寂。


そしてまた。


ギ……


アランは耳を澄ませる。


音だけが聞こえる。


ゆっくり。

近付いてくるように。


(何百年も閉じ込められた音の復讐)


知らずにはいられない。

確認せずにはいられない。


(その先にあるもの)


弾かずにはいられない。


アランはゆっくりとヴァイオリンを手に取った。


そして。

譜面台の前へ立つ。


ギ…

音が止まった。


待っていたかのように。


ヴァイオリンを肩に乗せる。

弓を持つ。


そして楽譜を見た。


(この旋律を最後まで弾けば分かる)


懐中電灯の灯りが、

明滅する。


アランは小さく笑った。


(消えたら処刑か)


レオネルの書き込みが、

脳裏をよぎる。


無数の筆跡。

何百年もの演奏者たち。


(演奏されるたびにその音は蘇る)


アランは静かに呟く。


「答えは目の前にある」


弓が弦に触れる。


その瞬間――


懐中電灯の灯りが消えた。


真っ暗な地下で。


誰かが、笑った。


――終

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


この作品は「呪いの楽譜」を描いた物語ですが、

私が本当に描きたかったのは、幽霊ではなく「時間」です。


何十年、何百年という絶望が一音一音へ染み込み、

誰かを呪おうとして作られたわけではないのに、

気付けば音そのものが変質してしまう。

そんな「音の記憶」を描いてみたいと思いました。


そしてもう一人の主人公とも言えるアラン。

恐怖よりも真実を追い求め、

最後には自ら答え合わせを選ぶ彼を書くのは、とても楽しい時間でした。


もし皆さまの耳にも、

どこかであの旋律が聞こえたなら……


どうか最後まで弾かないでください。


本当にありがとうございました。

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