第十三話 狂王とペェーリル 離宮
そして。
数日後の夜。
不意に扉が叩かれた。
コン……
静まり返った離宮に、
その音だけが静かに響く。
扉が開く。
そこに立っていたのは、
王だった。
「作曲家。」
ペェーリルは立ち上がり
頭を下げる。
「はい、陛下」
それが初対面だった。
———
王はしばらくペェーリルを見つめる。
何も言わない。
部屋は静まり返る。
やがて。
王。
「曲を書け。」
ペェーリルは少し笑みを浮かべる。
「はい。」
王。
「明日の夜までだ。」
王はそれだけ言うと
踵を返す。
ペェーリル
「……?」
扉が閉まる。
翌日。
一日かけて曲を書く。
胸を張って差し出せる、
最高の一曲だった。
だが、その夜
王は現れなかった。
ペェーリルは苦笑する。
(きっとお忙しいのだろう)
———
さらに数日後。
侍従が部屋を訪れる。
「陛下がお待ちです」
「はい」
ペェーリルは楽譜を持ち部屋を出た。
それが、
地上を歩く最後の日になるとは知らずに。
侍従の後ろをペェーリルは歩く。
長い廊下。
磨き上げられた床。
大きな窓から差し込む夕陽。
やがて。
侍従は階段へ向かった。
一段。
また一段。
降りるたびに、
窓は消え。
花の香りは薄れ。
石壁が姿を現す。
湿った空気。
ひんやりとした冷気。
足音だけが
静かに響いていた。
ペェーリルは小さく辺りを見回す。
(……地下?)
侍従は何も答えない。
さらに下へ。
やがて。
重厚な鉄の扉の前で足を止めた。
ギィ……
鈍い音を立てて
扉が開く。
そこには——
楽師たちが数人いた。
ヴァイオリン。
チェロ。
フルート。
ペェーリルは思う。
(離宮専属の楽師かな)
そして王が一人、
静かに椅子へ腰掛けていた。
ペェーリルは一礼する。
「陛下。」
王は答えない。
そして
初めての演奏が始まった瞬間。
王。
「違う」
演奏が止まる。
地下は静まり返る。
誰一人、
王の顔を見ようとしない。
楽師たちは、
ただ静かに楽器を下ろした。
ペェーリルだけが
戸惑っていた。
まだ始まって五分も経っていない。
王
「私の求めてるものを書け」
「口答えは許さぬ」
ペェーリル
「はい…陛下」
王はニヤリと笑う。
「ここで」
ペェーリル
「ですが、陛下――」
王
「今、言ったはずだ」
「口答えは許さぬと」
ペェーリル
「……はい……陛下」
王は楽しそうに笑う。
———
それからペェーリルは
王が求めている曲を必死に書いた。
だが
王が口にする言葉はいつも
「違う」
「書け」
「前の方が良かった」
ペェーリルはもう何が良くて
何が悪いのか分からなくなっていた。
そんなある日。
王は珍しく上機嫌だった。
鼻歌でも歌い出しそうなほど、
口元には笑みが浮かんでいる。
ペェーリル
(今日は”素晴らしい”とおっしゃってくれるかもしれない)
王のそんな姿を見た
楽師たちの顔が青めている。
(どうしたんだろ?)
(陛下はあんなに機嫌が良さそうなのに)
不思議に思いながら
演奏が始まる。
その時
石壁の蝋燭台の蝋燭が消される。
真っ暗な中
ひとつの蝋燭が灯る。
王が持つ蝋燭が
ゆらゆら揺れている。
王が笑みを浮かべながら、
楽師たちの間を歩く。
そして
あまりの緊張に
演奏ミスをした楽師。
王が笑いながら蝋燭を持って近付く。
「違う」
剣を抜く。
一閃。
……
断末魔の叫びが石壁に響く。
王は返り血を気にも留めず、
再び蝋燭を掲げる。
ゆら……
ゆら……
灯りが次の楽師の顔を照らす。
楽師の手が震える。
弓が弦の上で僅かに揺れた。
王は楽しそうに笑う。
「どうした?」
誰も答えない。
「続けろ」
王は口元に笑みを浮かべたまま、
次の楽師の前へ歩いていく。
蝋燭の灯りが
一人、また一人と顔を照らしていく。
誰も目を合わせない。
誰もが息を押し殺している。
王は灯りを揺らし続ける。
——演奏は止まらない。
いや。
止められない。
止めれば、
次は自分だから
———
ペェーリルは
あまりの衝撃に言葉を失う。
自分が来てしまった場所の
本当の姿を知った。
つづく……
お読みいただきありがとうございます。
次回は、第十四話
「狂王とペェーリル 幽閉」




