第十二話 狂王とペェーリル 召喚
ペェーリルは
新進気鋭の作曲家としてデビューし、
将来有望とされていた。
柔らかく温かな旋律を
紡ぐことを得意とし、
その音色は王都の人々の心を
優しく包み込んだ。
あるサロンでは、
演奏を終えたペェーリルの周りに
客人たちが自然と集まってくる。
「次の新作も楽しみにしています。」
「あなたの曲を聴くと心が穏やかになる。」
客人たちに囲まれ、
困ったように笑っていた。
照れたように笑いながら
何度も頭を下げるペェーリル。
その、はにかんだ笑顔は
若さと誠実さを
そのまま映したようだった。
そして
ペェーリル自身は
自分の曲が誰かの心を温めることが
何より嬉しかった。
幾つもの演奏会にサロンへの招待。
王都だけではなく、
その名は次第に国中へと広がっていった。
誰もが口にする。
「今、一番聴くべき作曲家だ。」
「次の新作はいつだ。」
その名は、
やがて王宮にも届く。
そして。
王もまた、
ペェーリルという名を知ることとなる。
———
王宮。
大臣
頭を下げて
「陛下、お呼びでしょうか」
王
「最近、面白い者がいるそうじゃないか?」
大臣
「ペェーリルのことでしょうか」
王
「そんな面白い者の曲なら私も聞いてみたい」
大臣
「はっ」
———
それから
数ヶ月後。
ある演奏会で
ペェーリルの新作が発表された。
新作『春を運ぶ風』
その曲が始まると、
会場は一瞬で春の空気に包まれた。
柔らかな弦の音は、
朝露をまとった若葉を揺らし、
軽やかな旋律は、
窓から吹き込む風のように
客席を優しく通り抜けていく。
誰もが自然と微笑み、
肩の力が抜けていく。
曲が終わる頃には、
会場はしばし静寂に包まれた。
そして次の瞬間――
割れんばかりの拍手が響いた。
立ち上がる者。
涙を拭う婦人。
何度も名を呼ぶ客人。
「ブラボー!」
「ペェーリル!」
その中心でペェーリルは、
照れたように笑いながら
何度も頭を下げていた。
その日、
王もまたその演奏を耳にしていた。
拍手が鳴り響く中、
王だけは拍手をしない。
静かに座ったまま、
口元だけがゆっくり笑う。
「……呼べ」
大臣
「はっ」
———
後日。
王宮からペェーリルへ
召喚状が届いた。
王家の紋章が押された封書に、
周囲はざわめく。
「王がお前の曲を気に入ったんだな。」
「これは名誉なことだ。」
「すごいじゃないか!」
「王宮作曲家だ!」
口々に祝福の言葉が飛ぶ。
ペェーリルは照れたように笑い、
何度も頭を下げた。
「まだ決まったわけでは……」
そう言いながらも
その表情には
隠しきれない喜びが浮かんでいた。
そして、数か月後。
ペェーリルは王宮付きの作曲家として
王家へ召し抱えられることとなった。
当日。
王家の大樹の紋章が刻まれた馬車が、
静かに迎えに来る。
近所の人々も見送りに集まり、
「身体に気を付けるんだぞ!」
「また王都へ戻って来い!」
「新しい曲を楽しみにしてる!」
と笑顔で声を掛ける。
ペェーリルは
いつものように少し照れながら笑い、
「行ってきます。」
と、小さく手を振った。
馬車の扉が静かに閉まる。
その日、
王都の誰もが。
それがペェーリルを見た
最後の日になるとは思ってもいなかった。
———
ペェーリルは馬車の中から
離れていく王都を見ていた。
そして
王宮と王都はそれほど離れていない。
暇を貰えればまた王都の人々に会える。
ペェーリルはそう確信していた。
だが
しばらく走ると
道がおかしい。
王都からどんどん離れていく。
ペェーリル
前に座っている迎えに来た侍従に
「あの…王宮ですよね?」
「王家の離宮になります」
「離宮?」
「馬車で半日ほどの場所になります」
ペェーリル
「離宮……ですか?」
侍従は小さく頷いた。
それ以上は何も言わなかった。
ペェーリルは
ほんの少し寂しそうに窓の外を見た。
そして馬車は
森の中へと入っていく。
日差しが降り注ぎ
一層、緑は深く鳥は鳴き、川のせせらぎが遠くから聞こえてくる。
森深く入ると美しい離宮が現れる。
馬車は離宮の車寄せで静かに止まった。
馬車を降りたペェーリルは、
思わず息をのんだ。
森に抱かれるように建つ離宮。
白い壁は柔らかな陽光を受けて輝き、
手入れの行き届いた庭園には
色とりどりの花々が咲き誇る。
風が吹くたび、
木々の葉は優しく揺れ、
鳥たちが楽しげにさえずっていた。
少し離れた場所には、
白いガゼボが静かに佇み、
その向こうでは
小川が陽光を受けて
きらきらと光っている。
ペェーリルは
自然と微笑んだ。
(……ここなら。)
胸の中で小さく呟く。
(ここなら、
きっといい曲が書ける。)
王都の喧騒から離れた静けさは、
作曲家にとって、
何より贅沢な贈り物のように思えた。
侍従に案内され、
ペェーリルは離宮の中へ足を踏み入れる。
高い天井には
繊細な草花の彫刻が施され、
大きな窓から差し込む柔らかな陽光が
白い大理石の床を優しく照らしていた。
磨き上げられた床には
庭園の緑が映り込み、
歩くたび、
静かな光が揺れる。
壁には名も知らぬ画家が描いた
四季折々の風景画。
天井からは
幾重ものガラスを組み合わせた
優美なシャンデリアが下がり、
昼の光を受けて
小さな虹の粒を散らしている。
廊下のあちこちには
白い花を活けた花瓶が置かれ、
窓を開けるたび、
庭園から運ばれてきた花の香りが
ゆっくりと館の中を満たしていく。
豪華でありながら、
どこか落ち着いた空気。
その静けさは、
まるで離宮そのものが
作曲家を歓迎しているように感じられた。
ペェーリルは自然と微笑む。
(ここなら……。)
胸の奥で
小さく言葉がこぼれる。
(ここなら、
もっと美しい曲が生まれる気がする。)
ひとつの扉の前に来ると
侍従
「こちらがお部屋です。」
「こちらが作曲室でございます。」
「必要なものは全てご用意しております。」
侍従
「陛下は後ほどお会いになります。」
ペェーリル
「ありがとうございます。」
荷物を置く。
窓から庭園を見る。
「いい所だなぁ。」
日もかたむき
夕方。
食事が運ばれる。
「陛下には明日ご挨拶でしょうか?」
侍従
「……そのうち」
ペェーリルは数日間
庭園を歩き。
花々を眺め
静かな離宮で新しい曲を書いた。
ペェーリルは、
このような静かな場所を与えてくれた王に心から感謝していた。
つづく……。
お読みいただきありがとうございます。
次回は、第十三話
「狂王とペェーリル 離宮」




