9.夏のお迎え(2)
「じゃ~ん、二人にプレゼント」
麻緒が両手に抱えているものを、一枚ずつ広げた。それは着物――男性用の浴衣だった。
「夕方から地域のお祭りがあるから、これ着て行ってらっしゃい」
「じゃあ、俺こっちがいい! この黒いの」
「ヨァル、黒好きだよねー」
私服も大抵が黒である、この反応は予測済みだった。黒地に灰色でトンボの模様が描かれている。
「トンボは勝ち虫と言って、勝負ごとに強くなるようにという願いが込められているわ」
「では俺はこちらの……青?」
「紺色ね、青と黒の中間」
紺の濃淡でつくられた、大きな格子模様を見渡す。
「これは市松模様と言って、子孫繁栄の意味が込められているの」
「知ってる知ってる、アニメのヒーローが着てた!」
「俺も知ってる」
「……二人とも、アニメ見るんだ」
クールジャパンは国境を越える、そう実感した水緒だった。
二人が麻緒に着つけてもらっている間、水緒は中学の時に覚えたやり方で自分で浴衣を着つけていた。帯も文庫結び――これしか覚えていない――で、なんとか無難に全体をまとめあげる。
「……お待たせ」
和服が様になっている外国人二人を、水緒は並んで見上げた。自分の浴衣は白地で、濃いピンクや紫の朝顔が咲き乱れている。ヨァルがひゅうと口笛を吹いた。
「綺麗だ、ミオ」
対するシウは言葉が出ないようだった。
「あぁ……マオ先生、この花にも意味があるんですか?」
「ええ、朝顔はね。蔓が巻きつくことから”固い絆”を意味するの――ちょっと待って」
麻緒はブーゲンビリアの鉢植えに近づくと、花の房を折り取って水緒のまとめ髪に差した。赤紫の花弁がゆらりと揺れる。
「……これでよし。じゃ、お父さんとお母さんは二人で楽しんでくるから、あなた方も行ってらっしゃい」
「……ミオ、少し待ってくれ。気がついたことがある」
「どうしたの、シウ」
「ユカタにはポケットがないんだな……困った」
「えっと、お金はわたしが貰ってるから、二人は手ぶらでも構わないけど……何かあるの?」
「黒耀石を、持ち運べない」
「あ……着物はね、”懐”にモノを入れられるんだよ。こうやって、合わせ目から手を入れて……」
「……」
手をシウの懐に滑り込ませる間、シウは無言で硬直していた。見上げると、無表情のまま固まっているようだった。
(……あ、あれ? なんか、わたしがセクハラしてるみたい?)
気まずくなって手を放す。心なしか、頬のあたりが熱い。
「ミオ~、俺にも教えて」
「ヨァルは今の、ちゃんと見てたでしょ!」
「ちぇー」
スマホと財布を入れた巾着を持って、水緒たちは夜の神社に繰り出した。昔ながらの屋台の数々が、ところ狭しと並んでいる。
「ミオ、なんかおすすめの食べ物とかある?」
「うーん、一つ買うと分けて食べるのが難しい食べ物が多いんだよね。ということで……おすすめはタコ焼きかな。タコ、わかる? 英語でオクトパス」
「〈プルポ〉だな。メキシコでも食べられるが……変わった形だな」
八つ入りのパックを買って、爪楊枝を三本貰う。神社の木陰で立ち食いした。
「先に言っておくけど……中がものすごい熱かったりするのよ。だから気をつけてね」
「ふーん、そうなんだぁっっつっ!」
言ってる側からこの有様である。水緒は呆れながらも笑うしかなかった。
ヨーヨー釣りも、りんご飴も。子供のようにはしゃぎまわるヨァルは、目移りを繰り返し次第に距離ができてしまう。
「あ……」
「ミオ、危ない」
急に強く手を引っ張られた。身体がシウの方に引き寄せられる。
「人が多すぎる。離れたら危険だ」
「う……うん」
人混みを強引にかき分け、ヨァルの背中を見失わないように追いかける。
繋がれた手は温かかった。




