10.夏のお迎え(3)
「っと……よし。ゴチソウサマ」
大きなりんご飴を一人で完食したヨァル――ちなみに、水緒とシウは姫りんごにしておいた――はご機嫌で、水風船をぽんぽんとつついている。三人とも、充分に祭りの雰囲気を満喫できたようだった。
「そろそろ帰ろう」
暗い夜道を下駄で歩き回る、アスファルトが擦れる音が響く。
「……ところで、あれって結局何のお祭りだったんだ?」
「お盆って言って……死んだ人が戻ってくるって言われている期間なの。本当なら、お寺に行くのが普通なんだけど、この地域は何故か神社。……何でだろう」
「日本人の宗教観は独特だな」
シュル。
耳に届く衣擦れのような音に、ふと足が止まる。
シュルシュルシュル……
異音は次々に続いていた。
「ちょっと待って」
先頭を歩いていた水緒に代わり、ヨァルが前へ出る。水緒がもう少し道路の端に寄ろうとした、その時だった。
シュルルッ……
左足に這い寄る何か。気がついた時は強く足を曳かれていた。
「あぅっ!」
思わず水緒は声を上げた。体勢を崩し地面へと膝をつく。
同時に、鋭い痛みが左膝を走った。声にならない叫びが水緒の喉を満たす。
「ミオ! 大丈夫か」
駆け寄るシウ。水緒は改めて、左足を注意深く見つめる。
黒い細長い何かが、水緒の足に絡みついていた。今しがた傷つけられた左膝に覆いかぶさっていたそれが、ゆっくりと頭をもたげてこちらへ牙を向ける。
「へ……ヘビ?!」
「ちっ!」
舌打ちしながらもヨァルは黒耀石の光刃を、黒い蛇の胴体へとぶつけた。刃は下半身の先をわずかに切ったに留まり、蛇は勢いを変えず水緒の身体を這い上がろうとする。
「ぃやぁ……!」
「落ち着け、ミオ!」
シウは左手で蛇体を鷲掴みにし、わずかに持ち上がった蛇の頭に光る右拳をぶつけた。黒い頭が潰れ、塵と化してゆく。
「蛇型か……まずいな、他に気配は感じるか?」
「いいや、だがちょっと場所が悪い。さっきの広場まで戻るぞ!」
シウは水緒を横抱きにして持ち上げた。心細さで水緒はぎゅっと彼の胸にしがみつく。
明かりの多い広場の片隅で、水緒は左足を確認する。膝頭に強い痛みがあった。
「たぶん毒がある。ミオ、解毒できるか?」
「えぇ……そう言われても、……あれ……」
突然襲ってくる目眩に、水緒の言葉が続かない。
「まずいな……自分自身を治療するのは、難しいのかもしれない」
「どうする?〈アシ・アシ〉まで担いでいくか……」
「――ちょっと、待ってください」
よく通るボーイソプラノに、シウとヨァルは顔を上げる。人混みを掻き分けてきた人影は背が低く、中学生くらいの少年に見えた。
「解毒なら、僕が手伝います」
「……落ち着いて、深呼吸して」
少年は水緒の膝元にしゃがみ込み、手を傷口に当てた。ふわっとした翡翠色の光が、手のひらからこぼれる。
「まずは濁った水を思い浮かべるんだ。雨の後の川みたいな」
少年の声は、とても冷静だった。
「それから、それがゆっくりと澄んでいく。透明になるまで思い浮かべて」
「うん……」
「……どう? 気分は、少しは楽になった?」
「――ええ、何とか」
「それじゃ次は、傷口を塞ぐよ。自分を治すのには少し、コツがいる」
水緒が患部に手を伸ばすと、少年はその上にそっと手を重ねた。翡翠色の光が二人分に、強くなっていく。
「痛みから他人事のように距離を置くんだ。ああ、ケガしてるんだなーって。それがどうかした? ってくらい、平静を装う。自分で自分を騙すんだ」
「……これでよし。後は家に帰って、傷口を洗って絆創膏でも貼っておいて」
「ありがとう……あの、あなたも〈翡翠ノ司〉なの?」
「まぁ……そういうことになりますかね」
少年は立ち上がると、水緒に手を貸して立ち上がらせた。身長の低さに見合わず、随分と大人びた印象を受けた。
「南雲斗降と言います。……そろそろ、戦士の皆さん方に挨拶する頃だと思っていました。これから暫く、よろしくお願いします」




