7.星に願いは、叶わない(2)
「えっと……ここだったと、思うんだけどなぁ」
小中学校の教科書が保管されていた場所をガサゴソと漁る。水緒が引っ張り出してきたのは、青いフィルムと紙で作られた円盤――星座盤だった。
「せっかくだし、今日は天体観測に行こう。おすすめスポットがあるよ」
星座盤を抱えて嬉々として語りかける水緒だったが、二人はお互いの顔を見合わせて沈黙した。どことなく歯切れの悪い調子でヨァルが応える。
「んー……いいよ、どの辺?」
「近くの公園だよ。住宅街の中だから、明かりが少なくて星が見やすいの」
なんとなく気乗りしなさそうな二人の顔を、水緒は覗き込むようにして見上げた。
「せっかく年に一度の……しかも晴れの時しか、見られないんだよ? 見なきゃ損だよ」
シウが観念したように溜め息をついた。
「わかった、行こうか」
「天の川――って、スペイン語でどう言うのかな」
「ビア・ラクテアだ」
「そうなんだ。カササギっていう鳥がいてね、それが天の川に橋のように繋がるの。でも雨が降ると、その橋が流されてしまうんだって」
「雨か。トラロックの機嫌が悪いとそうなるのかな」
「トラロック?」
ヨァルの呟きに反応すると、シウが説明する。
「アステカ神話の雨の神だ。チャルチウィトリクエと同じ一族とみなされることもある」
「”あいつらイチャイチャさせるのウザイ”って、そういう気分になった時じゃないのかな」
「あはは。そうかもねー」
星座盤を七月七日、午後九時に合わせて北の方角を向く。
「よし。これで織姫星と彦星を探すんだけど……こと座のベガと、わし座のアルタイル。スペイン語ではどう言うの?」
「同じだ、ベガとアルタイル。こと座はリラで、わし座はアキラ」
シウが答えた。即答だった。
「ふぅん……あ、ベガはあれだと思う。真ん中近くの光ってるのね。アルタイルは……あれかなぁ、もうちょっと端のほうの」
駅周辺に比べると随分と暗いが、ぽつぽつと存在する街灯が邪魔に感じられた。
「天の川は……あんまりはっきり見えないね。これ以上暗くはならないだろうし、仕方ないか」
「じゃ、そろそろ帰ろうか――それとも、ここの方が戦いやすいかな」
「え?」
ヨァルの放った言葉に、水緒は思わず硬直する。
「ついでなんで、アステカ神話の星の話でもしようか――星は、ツィツィミメそのものだと言われてるよ」
ざわっと、空気が動いた気がした。次第に大きくなる、バサバサという物音。
「え……カラス?」
「そう言えば、ミオは見るの初めてかな。鳥の形のやつがいるんだ。小さくてすごく狙いにくくて、倒すのにちょっと手間がかかる」
間違いない。遊具や街路樹に降り立った幾羽もの黒い鳥。
その数は、おそらく五十を超えようとしていた。
「――狙撃する気にもなれない。向こうが仕掛けるのを迎え撃ったほうがいい」
「だな。時間がかかるかもしれないが、待ち伏せでいこう――ミオは真ん中に。俺とシウの背中でも触っていて」
二人は背中合わせに構える。水緒は恐る恐る両腕を伸ばし、そっと彼らの背中をさするように触れた。暗い公園で、翡翠色の光がはっきりと浮かび上がる。
群れの動きは単純だった。一羽が飛び立つと、他も一斉に動く。ただし、個体差で若干のタイムラグがあった。
「”網”を張る。タイミング合わせろ!」
飛びかかる鳥たちに向けて、シウとヨァルは両拳を突き出した。そこを起点に光の格子模様が浮かび上がり、二人の正面を盾のように塞ぐ。
「ギャイっ!」
光の網に絡めとられた鳥の幾羽かが、塵と化す。だがその網は一瞬で消え、遅れて来たタイミングの鳥たちに、二人は腕や足を突かれていた。
「っぐ」
「もう一度……っ!」
再び”網”が展開される。また数羽、二人の仕掛けた罠に鳥が陥る。何度か繰り返すと鳥は一旦退き、また遊具や樹上に止まろうとしていた。
「ってぇ……でも、だいぶ数、減らせてるな」
「……あぁ、作戦は悪くない。ミオのおかげで”網”の威力が絶好調だ」
「そ……そう? 二人とも、大丈夫?」
「勝算は……充分あるよ。問題はあっちの全滅まで付き合うか、向こうがやる気なくして撤退するのを待つかってところ」
「追撃は、やるだけ黒耀石の無駄遣いだからな」
結局のところ、総攻撃の第二陣で勝敗は決した。彼方の空へ飛び立つ鳥の数は、十羽を下回っていた。
「……あーあ。全滅させたかったなー」
「仕方ない。夜明けまで付き合うのは、流石に無理だ」
「……」
水緒は何も言えなかった。二人とも、最初からこうなることがわかっていたのだ。自分の不甲斐なさに涙が滲んでくる。
「ごめん、なさい……わたしが行こうって言ったから」
「謝る必要はない。いつかは戦う相手だった……俺たちは、覚悟を決めるきっかけが欲しかっただけだ」
「大丈夫、〈翡翠ノ司〉がいるかいないかで俺たちの安全は段違いだからさ……ってて」
しばらく沈黙が続いたが、その静寂をシウが破る。
「……ミオ、ヨァルの傷を治してやってくれ。マオ先生を心配させたくないから、ここで治療してほしい」
「治療……大丈夫かな、わたし、初めてなんですけどっ」
「えっと、マリアは撫でるだけって感じでやってるぜ。完全に治すと本人の負担が高いらしいから、少し傷を浅くするくらいで。それだけでこっちは充分助かる」
「わかった。どこ?」
スマホのライト機能で患部を照らしながら、水緒は傷口を撫でた。ここでも翡翠色の光が手のひらから滲み出る。
鳥のクチバシにやられた傷跡は、小さいが深そうで、かなり痛いだろうと想像がついた。ヨァルの手当てが終わり、シウのほうも同じように処置する。
「……いつもは〈アシ・アシ〉に負傷者を担ぎ込むんだけどな、遅いと傷口が悪化してってこともあり得る。やっぱりミオがいてくれると心強いよ」
ヨァルの感謝の言葉に、水緒はぎこちなく笑い返した。この程度のことでしか、彼らに返せるものがないと。苦い思いが水緒の胸中を満たしていた。




