6.星に願いは、叶わない(1)
「ミオ、ちょっといいか」
「何、シウ?」
「マオ先生から宿題を出された。タナバタの飾りに書く願い事なんだが……日本語で書けと言われている」
「そんなに大変? 二人とも、すごい日本語上手なのに」
「書くとなると、話は別だ」
眉根を寄せるシウを見て、水緒はふっと微笑んだ。
「書きたい内容は、決まってるの?」
「昔いた〈カオ・サガール〉――孤児院、と訳されるらしいが――そこにいる子供たちが元気でいてほしい、と書きたい。漢字が難しい。これで合っているか?」
「ああ、孤児院は孤の字がちょっと難しいかもね。少し待って、これはね――」
水緒はスマホのメモで”孤児院”と打ってから、ズームで孤の字を拡大した。
「こことこことここ、全部反ってるよね。カーブがかかってるの。書けそう?」
「なんとか……タンザクに書く前に、練習で書いてみる」
そこへヨァルが寄ってきた。どこか得意げな顔を隠していない。
「ふふん、俺はもう書けたぜ? 聞いてくれミオ、俺はヨジジュクゴに挑戦した」
「四字熟語? 漢字だらけじゃない、よく書けたね。どこかで調べたの?」
「スマホは便利だからね――”天国で楽しく過ごしたい”みたいな言葉がないか、頑張って探したんだ。ほら」
水緒が紙を受け取ると、そこに書いてあったのは――
”酒池肉林”
……思わず紙を破りそうになった自分を、水緒は必死で制止した。
「文化センターの入り口に、大きな笹が飾ってある。そこで書いて吊るすように言われた」
「――じゃあ、私も行くよ。せっかくだし私も書きたい」
「いいね、ミオはなんて書くつもり?」
「うーん……お父さんがはやく単身赴任から帰ってきますように、かな。たぶんお母さんと同じになっちゃう気がしてる」
今はお盆と年末年始しか会っていない。母とは電話で頻繁にやりとりしているようだが、それでも彼女が時おり見せる寂しそうな様子は、見ていて居たたまれなくなることもある。
「――そういえば、二人は親とか、どうしてるの?」
言ってしまってから、しまったと水緒は口を閉じた。さっきシウが”孤児院にいた”と言ったばかりではないか。
「俺もシウも〈カオ・サガール〉で育ってるから、親はいないんだ。いる奴もいたけど、事情があって離れて暮らしてることが多いよ。そういう場所なんだ」
広いエントランスに、巨大な笹。その下にある細長いテーブルに、未記入の短冊と筆記用具が置かれていた。
シウとヨァルはあらかじめメモ用紙に書いておいた内容を、慎重に短冊に書き写している。水緒は一発勝負で書こうと思ったが、”単身赴任”の字が間違えそうなことに気づき、スマホで確認しながら書き上げた。
「なんとなくだけど――高いところにつけた方が、願いが叶いそうな気がしてる」
根拠のないヨァルの発言だったが、水緒は頷いた。
「みんな身長の届くところに着けるからね。ヨァルは背が高いもん、そうしたほうがいいと思うよ」
「あ……」
水緒は小さく声を上げた。中学生くらいの男の子が短冊を着けようとしていて、落としてしまったようだ。ひらりひらりと色紙が舞って、水緒の足元に着地する。
「はい、どうぞ」
「すみません……ありがとうございます」
礼儀正しい印象を受けた。ちらっと見た短冊の字も綺麗に整っている。
短冊を着け、少年は去っていった。なんとなく気になった水緒は、彼の短冊を手にして読み上げてみる。
――姉さんが、これ以上悲しまなくて済みますように。
思わず少年が去っていたほうを振り返った。文化センターの出入り口には、もはや人影はなかった。
*
「……昔の中国の話だから、出てくる人物は織女と牽牛――機織りをする女性と、牛飼いをしている男性って意味で名前がつけられてるよ。でも日本では、織姫と彦星のほうが一般的かな」
ひととおり七夕の説明をする。二人の真面目で働き者な生活に感心した天帝が、二人を結婚させる。すると二人は一緒にいるのが楽しすぎて、仕事を放って遊びまわるようになってしまった。怒った天帝が二人を引き離し、一年に一度だけ会えるようにさせたという――
「何ていうか……元祖バカップルって感じ」
水緒が短い感想を終えると、麻緒は苦笑していた。
「そうねぇ、でも私は、気持ちがわからなくもないわ。お父さんと結婚したての頃はそんな気持ちだったたし、今は年二回しか会えないもの」
「俺も、できることなら仕事なんて投げ出して、可愛い女の子といちゃいちゃしたい。ただ、他人がそうしてるのを見たら腹立つと思う」
言い切るヨァルとは対照的に、シウは考え込んでしまっているようだった。
「仕事を忘れるほど楽しい……そんな気持ちになれるものなのか」
「シウくんは真面目ねぇ。案外そういう子のほうが、コロッと参っちゃうかもしれないわね」
麻緒は微笑みながら夕食の準備をしていた。今夜は焼肉パーティーである。ヨァルの願い事が半分叶ったわけだ――もっとももう半分の酒は、日本の法律では禁止されているのだが。
食卓にはホットプレートが置かれ、焼肉のタレ、レモン汁のほかサルサソースが並べられる。肉の焼ける香ばしい匂いがリビングを満たしていた。




