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黒耀の瞳、翡翠の涙  作者: 石崎 英


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5/22

5.雨の日は傘を持って

 梅雨特有のじめじめとした空気が、肌にまとわりつく。水緒は軽く首を振り、憂鬱な気配を払いのけた。

 濡れた駅構内の路面を注意深く踏みしめながら、灰色の人影までたどり着く。

「お迎えありがとう、シウ」

「ああ」

 返される言葉も態度も素っ気ない。出会い頭にハグを迫ってくるヨァルとは大違いだ。

 ――日本人は親しい関係でも、あまり身体を触らないのが礼儀だと聞いた。無理はしないでくれ。

 そのまま、彼との距離は開いたままだ。今日は傘の分、またいつもよりも遠い。


「……日本の雨は長いな」

「メキシコとは、どう違うの?」

「メキシコのスコールは、短くて強い」

 穏やかで低い声が、ぽつりぽつりと雨のように響く。

「傘をさす暇がない。濡れてもすぐ服が乾くから、みな気にしない」

「ふぅん……」

「傘が必要だと思ったのは、日本に来てからだ……」

 濡れないように、守りたいものが増えたから。ミリタリージャケットの背中がそう語っていた。


「いいか、ミオ」

 こちらではなく道の先を見据えて、彼は言葉を残す。

「迷ったら、まず胸を守るんだ。ツィツィミメが最後に狙うのが心臓だ。腕やカバンを盾にして、少しでも時間を稼げ」

「……はい」

「腕や足の怪我なら、後で手当てできる。だが心臓に深い傷を負ったら、処置が間に合わないかもしれない」

「処置……ですか」

「逃げられないと思っても、諦めるな。少しでも時間があれば、俺が絶対に助けるから」

 シウの言葉はひとつずつ、胸に刺さるような思いが込められていた。思わず胸のあたりに、ぎゅっと拳をつくって聞き入った。


「こんな生活が……いつまで続くんだろう」

 しばしの間、無言が続く。

「……世界中で起きることだ。今は偶然、日本に事件が集中している」

「何か、きっかけがあるんですか?」

「月食だ。ツィツィミメが襲来する合図……それであの夜以降、夜に人が襲われる事件が増えた。俺たちで何とか仕留めているから、次第に被害は少なくなっていくだろう……だが、たぶん完全には無くならならない」

「そっか……それで何十年に一度か、また同じようなことが起こるんですね。キリがないなぁ」

「ああ。だが今が、いちばん気をつけなくてはいけない時期なのは確かだ。充分に慎重になってくれ」


「……それとだな、あまり嬉しくない知らせがある」

「何?」

「来年の一月には、皆既日食が観測できるらしい」

「……それって」

「部分月食とは、比べものにならない被害が予想できる。そのための備えが必要なんだ」

 思わず、水緒は空を見上げる。陽が差すはずのそこは、厚い雲で覆われていた。

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