4.戦士と黒耀石
「あ、ミオ! こっちこっち」
手を振るヨァルの姿は遠目にもよく目立つ。最寄り駅の改札を通り抜けた水緒は、足早に彼のほうへと近づいていった。
「今日はヨァルなんだ」
「うん、シウは別口の仕事」
この仕事というやつを、麻緒に説明するには少し言葉を濁した。警備員のバイトということにしているが、あながち嘘というわけでもない――警備の対象が、この駅周辺の住宅街という広範囲なだけである。
「……あ、ついでに買い物をしたい。〈アシ・アシ〉の手作りトルティーヤとサルサソース。後はスーパーで挽き肉とかチーズ、トマトとかアボカドとか……」
食費は二人分を納めてもらっているが、育ち盛りの男二人の胃袋はなかなか豪快だ。あっという間にエコバック二つが満杯になる。
「ごめんミオ、袋一つ持ってもらっていい? 右手は開けておきたいんだ」
その理由は帰路について、すぐに理解できた。暗闇に潜む気配にミオの身体が強張る。
ヨァルは上着のポケットから何かを取り出し、右手に握りしめてポツリと呟いた。
『力よ』
声が響くや否や、彼の右手から短剣くらいのサイズの細長い光が漏れ出でる。
襲い来る獣型のツィツィミメに対し、ヨァルは常に短剣の間合いで光の武器を繰り出していた。光の短剣は、惜しいところで全て躱されている。漆黒の獣が野生の勘で間合いをはかり、紙一重で攻撃をすべて躱しているのだ。
『そろそろ、本気で行くか』
挑発するかのようなヨァルの一言。それに触発された獣がヨァルに襲いかかる。またしても紙一重で躱されそう――そう思った水緒の眼前で、ヨァルの短剣の刀身が一瞬で長剣ほどの長さにまで伸びた。
「ギャウンっ!」
光の長剣に貫かれ、獣は雲散霧消する。水緒はヨァルのほうへと駆け寄った。
「――まぁ、うまくいったほうだな。短い間合いで油断させておいて、一瞬だけ武器の射程を伸ばす。相手が賢いほどひっかかりやすい罠だ」
ピキリ、と音がした。ヨァルは右手を開いて、思わず舌打ちする。
「黒耀石が、砕けたか……だいぶ使ったからな」
割れた黒い石を大きさの順に分け、それぞれ決めておいた上着のポケットに入れ直している。
「あの、それが武器……なんですか?」
「そう、大きいほど出現する光も大きい。ただ何回か使うと砕けやすくなっていくんだ。……でも、このくらいの大きさなら、まだ少し使える」
割れた黒耀石の欠片のうち、まだ大きいものをヨァルは差し出して見せた。
「シウなんかは、このくらいの大きさのをよく使ってるね。石の力をなるべく節約して、拳を光らせて超接近戦で相手を殴り倒すんだ。石を有効活用してるのはわかるけど、その代わり時間がかかったりケガが増えたりして、正直こっちも見ていてハラハラするよ」
水緒は思い出した。最初に襲われたときには、確かにシウの右拳が光っていた――
「小さくなった石は……捨てちゃうんですか?」
「いや、こんな小さいやつでも役に立つよ。投擲でぶつける――俺、最初に会った時にも使ってるよ。シウには無駄遣いだって嫌味言われたけどね」
確かに、ヨァルが駆けつける前に光の筋が走っていた。どうやらあれがそうだったようだ。
「奴の言い分もわかるけどさ――膠着状態に入っていたから、狙い撃つのに絶好の機会だったんだ。普通なら躱されるから、無駄撃ちになっちゃうんでやらないけどね」
「そうなんだ……その、黒耀石でしたっけ? 無くなったらどうするんですか」
「いい質問だね、ミオ。そのためにも俺たちは日本にいるんだ――日本はね、黒耀石の産地として有名だから。みんなでいろいろなところから買い取って、備蓄してあるよ」
「へぇ……」
初めて聞く話に、ミオはただただ頷くばかりだった。
「……あ、忘れてた」
「ヨァル、どうしたの?」
「ミオとハグするの忘れてた! そうしたら、もっと楽に勝てたかもしれないのに」
「それは……そういうのは、ちょっと」
「そうだ、こうしよう。駅で会ったらまず最初にハグするって決めておくんだ。それがいちばん効率がいい」
「あのねぇ……」
無邪気に迫ってくるヨァルに、水緒は渋面をつくった。人混みの激しい駅のど真ん中でそんなことをしていたら、誰にどんな目で見られることか。
「――ってまあ、そんなとこで。今日は戦った後の、ご褒美のハグ」
大きく腕を広げて、にこにことヨァルが笑う。水緒は溜め息をついてほんの軽く、彼の肩と背中を触った。




