21.日を喰らうもの(4)
『とりあえず投擲、狙撃だ! 残っている小石を全部、ぶち当てろ!』
無線での店長からの指示に皆、慌てて投擲用の黒耀石を取り出す。ヒュン、ヒュンッと石が光の軌跡を残して飛び交う。
『七分だ、皆既日食が続くまでの間。それまでに少しでも数を減らさないと、大変なことになる』
大変なこととは、どういうことだろうか。シウら戦士たちが疑問に思う間もなく店長が告げる。
『あれの黒い部分……全部がツィツィミメだ。イツパパロトルは黒い蝶の大群なんだ!』
*
斗降は上空を見つめていた。
間に合うか、否か。自分に残された神の力が、どこまで使えるのか。
〈雨雲よ、来たれ!〉
ナワトル語の祈りが、天に届くだろうか。
暗い空をさらに覆う、雲がたなびく。
*
――わたしは……望んでも、いいの? また人を、愛することを。
「ええ。あなたが眠っている間に、時代は大きく変わったわ。新しい流れが来ているの」
――信じて、いいの? あなたと、あなたの愛する人を。
「そうよ、信じて。わたしたちに力を貸して」
――そう……そうね、わたしは充分、休んだわ。次の時代に、向き合わないといけないのね。
*
七分間。それはあまりにも短かった。黒いドレスの女性はいまだ、上空に佇んでいる。
『くっ……』
投擲は当たっている。ドレスにぶすぶすと、穴が開くような音が響く。間違いなく、数は減っているのだ――ただその数が、あまりにも多すぎるだけで。
ドレスの綻びから、黒い蝶が噴き出し飛び立った。七分間の皆既日食が終わる時。
『……残ったイツパパロトルは、世界中に散り広がる。全てを消し去ることは不可能に近い。部分日食が終わるまでのあと一時間半、できうる限りの手段をもって数を減らすんだ』
絶望的な指令だった。
*
〈雨よ、来い!〉
斗降はふたたびナワトル語で叫ぶ。翡翠色のオーラが全身から放たれる。
ゴロゴロ……と、遠くで雷鳴の轟く音がする。日食の暗黒は去ろうとしていたが、そこを雨雲の灰色が覆いつくす。
ザァ……ザァと、雨粒の降りる音があちこちから聞こえてくる。雨は人にも、ツィツィミメにも、等しく降り注いだ。
「――僕にできるのは、ここまでだ。どうするの? 姉さん」
斗降が水緒のほうを振り仰ぐ。水緒は固い決意を込めて頷いた。
瞳を閉じて、祈りを捧げる。
――戦士たちを助けて。ツィツィミメを抑えて!
暗い曇天に、翡翠色の水煙が立ちのぼった。
雨に濡れた黒い蝶は、翡翠色の光に絡めとられて勢いを失くしている。
シウは思いきり〈跳躍〉した。黒耀石の光で自分の前面に”網”を張ったまま、動きの止まった蝶の大群に体当たりする。眼前で多くの蝶が、焼け焦げるように消えていった。
ガキンっと、石の砕ける音を聞いた。手の中に割れた石を握りしめたまま、シウは拳に光を纏わせ、残っている蝶を殴りつける。最後に手のひらから小石を投げ飛ばし、近辺の蝶を撃墜した。
普段の敵なら避けられてしまうような攻撃も、雨水の戒めが大いに助けになって的中している。
所持している石はまだまだ、大型のものが沢山残っている。あとは根競べだ。シウは力の限り戦い続ける、そう決意を固めた。
およそ一時間半、その戦いは延々と繰り返されたのだった。
ふたたび太陽が、もとの輝きを取り戻す。
残っていたツィツィミメは、小さくなってゆく日陰に、先を急ぐように吸い込まれていった。
同時に雨雲も消えてゆく。空が晴れわたる。
冷たい雨水に晒された戦士たちも、我先にと拠点へ集っていた。
冬の虹が、無機質な街のビル群にかかっていた。




