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黒耀の瞳、翡翠の涙  作者: 石崎 英


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19/22

19.日を喰らうもの(2)

 水緒は思い出していた。死者の日に、斗降に言った言葉を。

「わたしは……自分の気持ちに正直でいたい」

 斗降は黙ったまま、聞いている。

「……でも”彼女”が何かを抱え込んでいるのだとしたら……わたしも、それを分かち合いたい」

 斗降に向かい、ひたむきな瞳で彼をとらえた。

「彼女の本心が知りたい。……斗降くん、力を貸して。わたしは彼女と向き合わないといけないの」


 *


『いいかシウ、お前らはチェス(アへドレス)女王(レイナ)だ。最高の機動力を持つ、最強の駒。――だから、攻撃に突出したらいけねぇ。戦線で孤立しちまう』


『お前らを助けに行こうとしても、俺たちでは間に合わねぇ。だがお前らは、俺たちの危機に間に合うことができる――お前らは防御の要、いちばん危機の場面に駆けつける役だ。それを忘れるな』


『そして、そんなお前らにピッタリの役がある。それはワニの”転がし役”だ。ワニ型は黒耀石の力だけじゃあ立ち向かえねぇ。黒耀石を使わずに、腕力や蹴りでワニ型をひっくり返すんだ。素の力だけじゃうまくいかねぇが、〈翡翠ノ司〉の加護を貰っていれば、誰よりも容易くそれができる』


『それから――とどめの心臓への一撃は、他の連中にまかせろ。いちいちとどめまで差していたら、お前らのぶんの黒耀石だけがあっという間になくなっちまう。念のため、他の連中のとどめがうまくいったことを見届けたら、次の場所に応援に移れ』


『移動中に出会った敵とはやり合うな。高い機動力で引き連れながら、味方の集団がいるところまで誘導しろ。繰り返し言うが、孤立しているお前らを助けてやることはできんからな』


 店長のアドバイスはどれもこれも的確だった。シウは増幅された〈跳躍〉の能力で屋根伝いに飛び移りながら、激しい戦闘の痕跡を高みから見渡していた。何よりもワニ型――異様にでかい黒い塊――を見つけては、それに立ち向かってゆく。

 かつて苦戦したのが噓のように、軽々とワニ型をアッパーカットでのけぞらせ、膝蹴りで地面に沈めた。これが”加護”の力――その差にシウは戦慄する。

 この力を、最大限活かさないと。見渡すうちのツィツィミメらの数が減ったところで、シウはまた建物の屋根に飛び移った。


 *


 時は数日前にさかのぼる。

 水緒は〈アシ・アシ〉の裏方、仮眠用のソファに横になっていた。傍らには斗降がいて、ローテーブルに香炉を設置している。焚いているのはコパル樹脂――メキシコで伝統的な、甘くほんのり柑橘の香りがする香料だ。

 斗降は言った。「こちら側から、声をかけてみましょう。彼女と話ができるかもしれない」

 コパル樹脂の香りが精神を落ち着かせる。水緒は自分の頭がすうっと冴えていくのを感じていた。

 ――深く、もっと深く。

 女神の意識は遥か奥底に感じる。まずは深く潜って、辿り着かなければ。

 海の底は、こんな感じなのかもしれない。時おり泡がコポコポと浮かび上がってゆく。

 暗い、暗い水底に、ひとかけらの光が見えた。段々と強くなってゆくそれは、翡翠色を放っている。

 ――大きい。

 水緒は思わず自分の姿を確認した。普段着のままだった。自分の手足を見つめては、それと見比べる。


 巨大な翡翠色の塊のようなもの。その上から、裸の女性の上半身が見えている。下半身の位置にあたるそれは、とぐろを巻く蛇だった。蛇体は翡翠色の鱗で覆われていた。

 よくよく彼女を見つめていると、人間とは違う部位が目についた。耳のところ、肘、腰のあたりに、魚のようなヒレがついている。水中で揺れる髪は海藻のような濃い緑色で、ゆらゆらとこちらを誘って手を振っているかのように錯覚させた。

 女神チャルチウィトリクエ。異形の姿を持つ存在だった。

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