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黒耀の瞳、翡翠の涙  作者: 石崎 英


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17/22

17.父の気持ち

『良かった……間に合った、日食にもセニョール・ケンゴの予定にも……っ!』

 シウが何やらぶつぶつと呟いていた。それを水緒はヨァルと二人で遠巻きに見守る。

「一体どうした、奴は」

「わからないけど……お父さんがどうとか言ってる? 何の関係があるんだろ」

「みんなー、おせち料理とお蕎麦の準備手伝って」

「はーい」

 逢沢家の習慣は他の家と少し違った。年末から既におせち料理を食べるというものだった。「おせちって、そんなに長持ちしないのよねぇ」というのが母の言い分だ。

 しかも暖かいそばではない。大量の天ぷらの盛り合わせの側にやはり大量に盛られた冷たいざるそば。つけ汁だけはいちおう暖かい。「あったかい蕎麦って、切れやすいのよねぇ。長話しながら食べるには向いていないわ」とこれまた麻緒の談。逢沢家はとことんマイペースを貫く家庭だった。


「それで……ケンゴさん、大事なお話があるんですがっ」

 前のめり気味なシウの様子に、単身赴任から帰ってきた堅吾もああ、と押されがちに頷く。

 食事も片づけたリビングのテーブルに、シウは一抱えあるかというダンボール箱を持ってきた。中を開け、緩衝材を取り除いていくと中身の全容が露わになった。それは大きな黒い石だったのだ。

「すごい、綺麗……」

 水緒が驚いたのは、その石に白い斑紋が浮いていたことだった。その形は、まるで花びらのように整っている。

「これは……菊花石だな。根尾谷産かな?」

「その通りです、さすがケンゴさんだ。知り合いに石材の取り扱い業者を紹介してもらって、なんとか手に入れることができたんです」

「ほぉお……」

 皆、一様に石を見つめることしかできなかった。それほどまでに存在感のある石だったのだ。


「菊花石は、日本の観賞用の石の中でも最高級のものだと聞いています。つまり、俺にはこれ以上あなたを喜ばせられる品を用意することができない」

 シウは真剣な表情で堅吾に詰め寄る。

「要件はたったひとつです。この石と、以前見せていただいた黒耀石の置物を交換してほしい――どうかよろしく、お願いします」

 シウは勢いよく頭を下げた。暫しの間、リビングに静寂が漂った。堅吾が恐る恐るその沈黙を破る。

「――頭を上げてください、シウ君と言ったかね。よく頑張って、手に入れたものだ」

 穏やかな堅吾の声がかけられる。

「普通に金額的な話としても、確かに充分価値がある取引だ。だが、私が心を動かされたのはそこじゃない――メキシコ人は、おそらく世界で一番、黒耀石の価値を高く見ている人たちだ。その人に是非にと頼まれたら、そりゃあ断れないさ」

「それじゃあ……!」

「ああ、取引に応じよう」


 *


『――ということで店長、なんとか入手してきた』

『おぉ……うん、そりゃすげえなぁ』

 〈アシ・アシ〉の店内でも威圧感を放つ黒耀石のオブジェに圧倒され、ホセはただただ頷くしかなかった。石材業者を紹介した手前、気にかけてはいたのだがその結果を目の当たりにして、茫然となってしまっている。

 戦士たちの常識ではあるが、戦闘に使う黒耀石は手に持てる大きさや形状であることが当然の条件だ。このオブジェは少しばかり――いや、かなり大きかった。割れば長槍型として使える大きさのものが、一体何人分できあがるだろうか。

『それと店長、相談なんだが』

『おう、どうした』

『セニョール・ケンゴには「娘を嫁に出すような気分だ。よろしく頼む」と言われた。店長ならその気持ちがわかると思うんだが』

『ってぉおおい! さらっと激重なセリフを言われた自覚はあるのか、お前』

『そうか……やはり大事な言葉だったのか』


『……まぁその、何だ。黒耀石の備蓄は今のところ充分にある。だからなるべくなら切羽詰まった時まで温存しておきたいと……そういうことだろ』

『うむ、できればそうして欲しい……』

 言い合いながらも、目はオブジェから離せない。それだけの特別な存在感に圧倒されるものだった。


 *


「――じゃあ、そのまま〈アシ・アシ〉に飾ってあるのね」

「ああ、そういうことになった。見に行きたいならいつでも見れるぞ」

「よかった。わたしは石とか全然興味ないけど、それでも割っちゃうのは勿体ないかもって思える物だったしね」

「仮に今回の皆既日食に使わず乗り切ったとして、次に十数年後、それ以上……ということもあり得る。その時のためにとっておけばいい」

「そうだ、もし世界中の黒耀石がなくなっちゃったとしたら、一体どうするの?」

 水緒がふと思いついた疑問に、ヨァルが応えた。

「いちおう、その時のための代替品を考えてる連中もいるんだぜ。黒耀石の主成分はガラスだから、黒いガラスなら代わりになるんじゃないかって感じで研究を進めてる」

「それなんだがな、いちばん手軽な代用品は……そうだな、色付きのビール瓶になる。あれで殴ればツィツィミメにも効くだろう」

 聞いて、あまり想像したくない絵面だなと思ってしまった水緒だった。

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