15.死者の日(1)
〈アシ・アシ〉の店内は、暗かったが明るかった。大小たくさんのキャンドルが照らすもの。それは所狭しと寄せられた大量のマリーゴールドの鉢植えで、部屋全体がオレンジ色に光っているかのようだった。
マリーゴールドの合間合間に、数多くの写真立てが飾られている。その他、お菓子や果物のお供え。何気なく並ぶ、カラフルな骸骨の置物たち。
「ミオお姉ちゃんも、やろうよ。ガイコツに色塗るの」
「うん……わかった」
マリアはハートマークをこれでもかと書き連ねた、一見してなかなかキュートな骸骨を仕上げたようだった。水緒は悩んだのち、いちばん身近にあるものを参考にした。マリーゴールドの花。骸骨の額や頬にオレンジ色を乗せていく。
「本場メキシコじゃ、顔に絵の具を塗って骸骨のメイクをするんだがな。日本じゃ警察さんに睨まれちまうんで、うちじゃこうしてるのさ」
「変わってるって言えば、大昔からこの祭りも大事な部分が変わったらしいよ。どんなことだと思う?」
「さぁ……何?」
ヨァルの振りに水緒は上の空で対応する。心ここにあらずといった風体は、たぶん彼や店長にはバレているだろう。
「ズバリ、生贄がなくなった」
「生贄って……」
「この”死者の日”に限らず、アステカ文明はとにかく生贄を求めていた。近隣諸国に攻め込んでは、捕虜を生贄として捧げていたんだ」
「……そんなの、続くわけないよ……」
「だよね。だからスペイン人に征服された時も、周辺諸国からは助けてもらえなかった。自業自得って言うんだっけ? そういうこと」
ヨァルは肩をすくめるのみだった。
「……俺も生贄なんて考え方が古臭すぎて、ついていけないよ。でも、テスカトリポカに捧げられる生贄は、めちゃくちゃ待遇良かったらしいよ。一年ぐらい前から美味いもの食べて、綺麗な女の子といちゃいちゃして。たぶん、一生でいちばん幸せな時に死ねるんじゃないのかな。せめてそのぐらいもてなしてくれないと、やる気出ないよねー」
ヨァルが何気なくテーブルを見渡すと、シウが静かに呟いた。
「ケツァルコアトルは、生贄を望まない神だ」
「そうそう。他の神が生贄は当たり前でもそういう態度なの、ちょっと腹立つ」
「――まぁ、今じゃそれが当たり前になっているからな。これも時代の流れってやつだ」
店長がまとめて作ったチキンブリトーを、テーブルにどさっと落とすように置いた。夜の巡回を担当している戦士たち用に作ったものだ。ひとつふたつと手に取り、彼らは店を出てゆく。
「ミオとヨァルは、先に帰っていてくれ。俺は少し店長と話がある」
*
『どうした、若いの。こんなオッサンで聞いてやれる内容の話なのか?』
『むしろ店長以外が思い浮かばない。聞いてくれ……自分が強くなれるから、好きになるというのは何か違うんじゃないのか。自分の中にそういう打算があるかもしれないと思うと、うまく相手に踏み込めない』
『そうだな、そういう迷いをちっとも抱かないよりはマシだ。――ただな、世の中には面白い言葉もある。ある護衛の仕事をしていた奴のセリフだ』
ホセがニカっと笑うと、目の前の青年は怪訝そうな顔で見上げてきた。
『護衛の一番の心得は”守ると決めた相手に本気で惚れこむこと”だとよ。どうだ、清々しいまでに公私混同してるじゃねぇか。お前だって、それくらい言い切ってもいいかもしれないぜ』
*
「ミオ~、手、繋ごう」
「あ……えっと、それはちょっと」
水緒がゆっくりと首を横に振ると、ヨァルはふっと微笑んだ。
「最近、元気ないよね。シウと喧嘩でもした?」
「……喧嘩……それはちょっと違うけど。なんか、気まずいというか」
ヨァルはすこし屈んで、水緒の瞳を覗き込む。
「ミオ、俺にしときなよ」
「え……」
「あいつ見てると、こっちもハラハラしてくるんだよ。いつか死にそうで、放っておけなくって。俺にしとけば、もうちょっとしぶとく生き残るよ」
ヨァルの手が水緒の頬に触れようとする。水緒の脳裏には穏やかな声が響き渡る。
――駄目。信用できないもの。
差し迫った叫びではなかった。水緒は再び、ゆっくりと首を横に振った。
「ごめんね、ヨァル――でも、少し元気が出てきた。やりたいことができたかもしれない」
「そっか」
ヨァルは微笑みながら、背筋を伸ばした。
「……決めちゃったのか。あーあ」
そのまま、ふたりで並んで家まで帰った。十一月の空気は肌寒かった。




