13.物憂い秋(3)
「絶対に、近づいちゃ駄目だ!」
「動きは遅い。よく見ながら撤退するんだ」
二人とも、右手は既に黒耀石の光を放っていた。そのうえで左手で衣服のポケットを探り、小粒の石を取り出そうとしている。
「撤退しながら投擲、それが基本だそうだ」
ヒュンっと、黒耀石の光が空を切る。確かに命中はしたのだが、敵の動きには違いが見られなかった。
「皮膚が固くて、小粒だとあまり効果がないとも」
「あと、心臓狙ってやっと止まったとも言ってたぜ! どうする、仰向けにひっくり返すか」
「もう少し狙撃を続けて、駄目ならやってみる」
ヒュン、ヒュンっと続けざまに石が飛ぶ。光の大きさからして先ほどより大粒の石を使ったようだ。効いてはいるようだが、いくら待っても塵と化す様子はない。
水緒は恐怖で身が竦んでいた。役に立てるよって、さっき言ったばかりなのに。やっぱり足手まといにしかなってない。
――ゥグゥアアア!
ワニの形のその怪物が、大きく口を開ける。その中に黒耀石を一粒放り込むと、ゥグッという唸り声とともにワニの動きが止まった。その隙を見逃さず、シウは腰を屈めてタックルする。首の下を腕で支え、ワニの巨体を持ち上げた。そのままひっくり返して自分の身体ごと地面に叩きつける。
――グゥル……
「ヨァル、頼む!」
うつ伏せになって、渾身の力でワニを抑え込むシウ。ヨァルは近寄りざま、右手を大きく振りかぶった。水緒が今まで見たことのない、槍ほどの長さの光を放ってそれはワニの胸部を貫く。
――ガルルゥ、グゥル……
暴れようとするワニの口にシウは光る両腕を噛ませ、抑え込んでいた。しばらくすると胸部から塵が噴き出し、ワニの巨体は暗闇へと溶け込んでいった……
「……ヤバいじゃん、これ。二人だからよかったけどさ……」
いつも余裕をどこかに残しているヨァルですら、声に絶望の色が滲んでいた。
「――シウ、シウ!」
水緒は倒れたままのシウに慌てて近寄る。ワニに噛ませていた両腕から、大量の血が流れている。
「落ち着いて。とりあえず止血だけ考えて!〈アシ・アシ〉に運ぼう」
*
「遅くなってすみません、それで様子は」
護衛の戦士とともに〈アシ・アシ〉に到着した斗降は、寝かされたシウと横でずっと腕を触ったままの水緒、反対側の腕を触っているマリアの様子を一瞥した。
「最初の処置は終わってるんですね。それでは次の段階だ――このまま自然治癒に任せるか、もう一歩踏み込んだ治療をするか」
水緒は泣きはらした目で顔を上げ、斗降を見つめる。
「……深手を負ったようですね――わかりました。もう一段階、傷の深さを引き上げましょう。両腕に後遺症が残ると、戦力として大きな損失でしょうしね」
「……できるの? 斗降くん」
「三人でやれば、負担も三分割です。なんとか、いけると思いますよ」
「うん……わかった、やり方教えて」
片方をシウの手に、もう片方を斗降と繋ぐ。斗降はマリアと手を繋ぎ、マリアはシウの手に触れている。
「――傷は、塞ごうとするんじゃなくて。身体の奥底から押し上げるイメージで」
斗降の声を聞くと、自然と落ち着いた。ゆらゆらと海に抱かれているかのようだった。
「元気な彼が、ずっと下のほうにいるんだ。それに声をかけて、上がってきてよってお願いして」
シウ。いつも見守ってくれる彼。お願い、わたしの声を聞いて――
「彼に”届いた”って思ったら、引っ張り上げるよ。一、二、三――」
三人同時に息をつめ、それからゆっくりと吐き出す。確かな感触が手ごたえにあった。
「……これで多分、大丈夫です。念のためこの数日は様子見で。まだ調子が悪そうなら、またその時に処置しましょう」
ぐらりと、水緒の頭がかしいだ。そのままベッドの脇にうつ伏せになる。同じタイミングでマリアも頭を揺らしたところを、店長が抱き留めた。
「マリアはもう、おねんねだな」
「すみません、ありがとうございました」
わざわざ夜遅くまで付き合ってくれたのだ。感謝するに余りある。
「明日は日曜か――ヨァル、ミオの親に連絡だ。今夜はうちでお嬢さんを預かるってな」




