12.物憂い秋(2)
「かんぱーい」
水緒はドリングバーのアイスティーで応えた。駅前のファミレスはお手頃価格でイタリアンを楽しめる、学生たちの強い味方だった。水緒の席には同級生の、大野遥と小滝亜由が一緒についていた。
ボーイッシュですらりとした印象を受ける遥はセンスが抜群で、母親から貰ったという和布の端切れを絶妙な色合いで配置していた。彼女のパッチワークのうち一番大きいものは、手芸部全体の看板になっていたものだ。
大して亜由はとにかく「かわいい!」が口癖の小柄な少女だった。彼女の可愛いもの好きセンサーは如何なく発揮され、彼女のつくるフェルトのミニぬいぐるみはどれもこれも、その”かわいい”のツボを押さえた逸品だったのだ。
「……やっぱりさ、自分でも『あ、いいな』と思うと、それってほぼ間違いなく売れるんだよねぇ」
「わかるわかる! 売れ残ったら自分のにしようと思うやつに限って、さっさと売れちゃうの!」
「……ところでさ、今日来てた水緒の知り合いの人だけど」
「あ、あれはね……ごめんね、売り場の邪魔になってたよね。本っっ当にごめんなさい」
「別にいいってさ! 女の人のお客ばっかりの中ではまあ、なんか浮いてたけど」
「……うちにホームステイしてる、お母さんの生徒なの。日本語上手だから、話せばわかってくれると思うから……きつく言っておきます」
「ふーん?」
遥と亜由は目配せした。何か面白いことを思いついたようだった。
「で、本命はどっちなの?」
「ぶっ!」
アイスティーを吹きそうになってむせ込んだ。見上げると満面の笑みの二人がいる。
「だって、どっちも水緒の気を引こうと一所懸命だったじゃない」
「タイプが正反対そうだし。どっち選んでもお得な感じよね」
「い、いやアレは……そんなんじゃないってばぁああ……」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。水緒は友人らと別れたのち、駅で電車を待つ間、シウとヨァルとでつくったグループにLINEを送った。――今から電車に乗ります、と。ほどなくして「わかった」「了解」と簡潔な回答が返ってきた。
いつもより時間が遅いせいか、スーツ姿のサラリーマンやOLの姿が多い。それらをぼんやりと眺めながら、水緒は先ほどまでの会話を反芻していた。
そんなんじゃないんだけど。
ううん、嘘だ。本当はずっと気になっている。
でも、本気になっていいのかわからない。何故だか、それがよくないことのように感じられるのだ。
――心を許さないで。
耳に響くあの声。それが水緒を縛りつけているかのように、気分が重かった。
最寄り駅の改札を通ると、二人の背の高い人影が待ち構えていた。どちらかではなく、どちらもだったことに水緒は何故か安堵した。
「ありがとう、二人とも」
「うん……何となくだけどさ、今日は二人がいいような気がしたんだ」
「本当に?」
「うん、仲間うちではなるべく二人で行動するのが推奨されてるしね」
「この間の蛇みたいに、一人だと手こずるが二人いると安心、という状況はかなり多いからな。ただ多すぎてもツィツィミメは寄ってこないから、多くても三人なわけだ」
「うん……わたしもね、マリアちゃんや斗降くんにいろいろ教わってるよ。毒の手当てとか、前より役に立てると思う。そこは任せて」
「ああ……それは頼もしいな」
「……それにしても、ツィツィミメっていろいろな動物の形をしてるんだね。犬に鳥、蛇とか……」
「コヨーテもいたぜ。どいつも癖があるけど、一度戦っとくと大体読めてくるんでそのコツを掴むのが大事だな。〈アシ・アシ〉で情報交換して、アドバイス貰ったりしてるよ」
「ねぇ、まだわたしが遭ったことないので、これに気をつけろっていう話はある?」
「……そうだな。俺もまだ遭ったことがないんだが、ひどく厄介なのがいたという話がある。その獣の種類なんだが……」
――ズン、……
何かが響く物音。大きく空気を揺らされた気がした。
――ジリ……、ジリ……
水緒を庇い、シウが前へ出る。暗がりから進み出たものを水緒はうまく視認できなかった。
高さがない。背の低い獣のようで、動きはゆったりとしている。
シウの広げた腕の下から前方を見渡すと、路面に這いつくばって何かが、にじり寄ってきている。
「……確か、ワニ型がいると言っていた」
水緒は絶句するしかなかった。夜の暗がりを水辺のようにして、その大きな爬虫類型のツィツィミメは出現したのだった。




