スピンオフ・茜編 第2話「現代と異世界のはざまで」
「お待たせしました、カフェオレです」
カウンターにカップを置くと、異世界の客が興味深そうに覗き込んだ。
「おお、これは先日飲んだものとはまた違うな。香りもまろやかだ」
「はい。ミルクを加えることで、より飲みやすくなっていますよ」
そう言って微笑みながらも、茜の心はどこかモヤモヤしていた。
KICHIJOJI COFFEEで働く日々は変わらず楽しい。
異世界の人々にコーヒーを提供し、彼らが驚いたり喜んだりする姿を見るのも好きだ。
でも――
(私、これでいいのかな?)
時々、そんな考えが浮かぶ。
***
「なんか最近、考え込んでないか?」
営業が一段落し、店の片付けを手伝ってくれているエレインが声をかけてきた。
「えっ?」
「最近、よく難しい顔してる」
茜は一瞬言葉に詰まったが、隠しても仕方ないと思い、正直に言葉を選んだ。
「……エレインって、すごいなって思うんだよね」
「私が?」
「だって、剣も魔法も使えて、冒険者として生きてるでしょ? 異世界で生きるために、ちゃんと力を持ってる」
「まあ、そうだな」
エレインは肩をすくめる。
「私は生まれた時からこっちの世界にいるし、それが当たり前だっただけだ」
「でも私は……ただのアルバイトで、コーヒーを淹れてるだけ」
「それも立派な仕事だろ。コーヒーを淹れるのは職人の仕事だ。それがどうした?」
エレインは首をかしげる。
「別に、お前は剣を振るう必要も、冒険に出る必要もないだろ?」
「でも……」
茜は言葉を探しながら、自分の気持ちを整理しようとした。
「私、この世界に来ても、日本にいた時とやってることがほとんど変わらないんだよね」
「それが不満なのか?」
「……分からない」
彼女は曖昧に首を振る。
「陽翔さんはこの店を守るって決めてるし、エレインは冒険者としての力を持ってる。でも私は……ただのバイトのまま。異世界に来たのに、何か変わらなきゃいけないんじゃないかって思うんだ」
エレインは少し考え込んだあと、ぽつりと言った。
「……じゃあ、お前は何になりたいんだ?」
「え?」
「お前は、『今のままじゃダメ』って言うけど、じゃあ何になりたいんだ?」
茜は言葉に詰まった。
「分からない……」
「なら、別に焦らなくてもいいんじゃないか?」
エレインは軽く笑いながら言った。
「だって、私から見ればお前はすでにこの世界で生きてるぞ?」
「そう、なのかな……」
「お前は異世界で、コーヒーを広めてる。それだけで、十分すごいことだと思うが?それに、この街の住人からすれば見た目も考え方も特徴的だ。KICHIJOJI COFFEEの女職人といえば、みんな茜を思い浮かべるくらいには有名だ」
エレインの言葉に、茜は少しだけ気が楽になった。
***
お客さんからの気づき
次の日、KICHIJOJI COFFEEには見慣れた顔の客がやってきた。
それは、前にカフェオレを気に入った騎士だった。
「また来てくれたんですね」
「うむ。あのカフェオレというやつが忘れられなくてな」
彼は嬉しそうに笑った。
「実は、城の同僚にもすすめてみたんだが……」
「え? それって……」
「飲んだことがある者が増えたぞ。『あの店のカフェオレを飲んでみろ』と評判になっている」
「そ、そうなんですね……」
茜は驚いた。
自分が作ったコーヒーを、誰かが他の人に勧めている。
この店のコーヒーを知る人が、少しずつ増えている。
「それにしても……」
騎士はカップを持ち上げながら言った。
「お前たちの店がここにあって、本当に良かったと思うよ」
「……」
茜は、思わず言葉を失った。
(……そうか。私のやってることって、ただのバイトじゃないんだ)
確かに彼女は、戦う力も、魔法もない。
でも、彼女のコーヒーを喜んでくれる人はいる。
彼女の言葉で、興味を持ち、新しい味を知る人もいる。
(もしかして、これが……私にしかできないことなのかな)
ぼんやりと、だけど、何かが心に落ちる感覚があった。
***
「エレイン、私さ……」
その夜、店を閉めたあと、茜はエレインに話しかけた。
「なんとなくだけど、分かった気がする」
「何が?」
「私は、KICHIJOJI COFFEEの一員なんだなって」
エレインは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「そうか。気づくのが遅いぞ」
「えへへ……」
茜は照れくさそうに笑う。
異世界に来ても、自分のやってることは変わらないと思っていた。
でも、この世界でコーヒーを広めることには意味がある。
この世界の人々にとって、それは新しいものなのだから。
「じゃあ、これからはもっと誇りを持って働けるな?」
「うん!」
ようやく、少しだけ、自分の居場所が見えてきた気がした。




