スピンオフ・茜編 第3話「自分の居場所」
KICHIJOJI COFFEEの朝
「おはようございます!」
茜は扉を開け、店内に入るとすぐに準備を始めた。
以前と同じようにエプロンをつけ、ビーンズケースへの豆の補充やカウンターの掃除をこなしていく。
「お、やる気満々だな」
陽翔がカウンターの奥でブレンドしながら声をかける。
「はい! 今日も頑張りますよ!」
言葉に迷いはなかった。
数日前まで悩んでいた自分が嘘のようだ。
「茜、昨日の客、また来てたぞ」
エレインがカウンターの端で腕を組んで言った。
「えっ、騎士の方ですか?」
「そうだ。お前が淹れたカフェオレが忘れられないらしい」
「ふふ、それは嬉しいですね」
店の外を見れば、朝の王都は活気に満ちている。
ここでコーヒーを淹れ、客に提供することが、確かに街の一部になっている。
自分が「ただのバイト」ではないと気づいたことで、何かが変わり始めていた。
***
昼の営業が落ち着いたころ、カウンターで本を読んでいたエレインがふと尋ねた。
「で、茜。これからどうするんだ?」
「どうするって……?」
「お前、悩んでただろ?このままずっとここで働くつもりか? それとも、何か新しいことを始めるか?何か始めるならギルドに紹介するが」
エレインの質問に、一瞬言葉に詰まった。
「……私は、ここで働きたい」
茜はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「異世界に来て、最初は戸惑ったし、自分が何をしたらいいのか分からなかった。でも、お客さんの顔を見ていると……私のやってることって、ちゃんと意味があるんだなって思ったんです」
「ほう?」
「騎士団の人がカフェオレを広めてくれたり、商人さんたちがコーヒーを買っていったり……」
茜はコーヒーポットを手に取り、静かに湯を注ぎながら続けた。
「最初は日本にいたときと変わらない仕事だと思ってた。でも、ここでの仕事は、『誰かにとって新しい価値を生み出す』ものなんだなって」
エレインは腕を組んで、ふむ、と頷いた。
「なるほどな。じゃあ、お前の答えは?」
「私は……KICHIJOJI COFFEEを、この世界で一番の店にしたい!」
エレインと陽翔が、驚いたように目を丸くした。
***
「一番の店、か」
陽翔は腕を組みながら、少し考え込む。
「それ、どういう意味で?」
「王都の人たちにとって、ここが特別な店になったらいいなって思うんです」
「ふむ……」
「ただコーヒーを売るだけじゃなくて、みんなが安心できる場所になったら……そういう店って素敵じゃないですか?」
エレインは微笑みながら頷いた。
「なるほどな。確かに、ここはただの喫茶店じゃない。異世界でコーヒーが広がるきっかけになった店だからな」
陽翔も静かにカップを磨きながら、少しだけ微笑んだ。
「いいな。それなら、俺も努力するよ」
「ありがとうございます!」
茜は嬉しそうに笑った。
***
夕暮れ時、KICHIJOJI COFFEEには常連客が訪れていた。
「カフェオレを一つ、お願いできるか?」
騎士団の常連がカウンターに座り、茜に笑いかける。
「もちろんです!」
以前よりも自信を持って、カップにミルクを注ぐ。
KICHIJOJI COFFEEの一員として、ここで生きていく。
「これからも、よろしくお願いします!」
コーヒーの香りが漂う店内で、茜はそう誓った。




